第四食:慣れない酒に酔うべからず

前編:状況開始

 私は都心のオフィスビルがどの程度の家賃を要求するのか、把握していない。その必要がない。ビル一棟どころか一階層、ワンフロアの家賃すら一社員である私が知っている意味がどこにもない。

 政治家がカップ麺の値段を知らないことを問題視する声がある。それは妥当な批判だ。反対に、政治家の仕事にカップ麺の値段など関係ないと嘲笑う声もあるが、そちらは的外れだ。

 政治家にとって相場感覚というものは必要だ。厳密なカップ麺ひとつの値段までは把握しないにしても、どの程度の価格帯なのかというざっくりとしたスケール感くらいは持っておくべきだ。それを一般的に庶民感覚と呼びならわす。

 たかが一社員で今後も独立の意志もない私にオフィス家賃のスケール感など知る由もないが、はたして、天原はその相場感覚を持った上で利用しているのだろうか。

「ここか」

 作戦の決行は朝八時とした。夜遅くは案外、この周辺のオフィスビル群が機能しているため、人の目を避けて事態の収拾をつけるのが苦労するだろうという『バーガーサーカス』からの助言だった。逆に朝は通勤の喧騒の中、多少の騒ぎとごたつきは誤魔化しようがあるという。

 まあ、駅のホームから飛び降り自殺する人間が出ても悼むより先に迷惑がる国民性の国だ。朝の通勤騒ぎに乗じるというのは合理的な発想だろう。

 無論、この時間帯に天原がオフィスにいることも確認している。というよりは、オフィスにいるよう、こちらからおいた。

「こんな都心の一角のビルとは……。天原は随分気合を入れてますね」

 隣で白い息を吐きながら、四辻がやや緊張したような面持ちで言った。

「準備は?」

「全部つつがなく完了していると、先ほど連絡がありました、室長」

「そうじゃなくて。四辻の覚悟は?」

「一応」

「ならばよし」

 準備ができてなくても引っ張っていくつもりではあるけれど。とはいえ、本人の心づもりができているなら、その方がいい。

「じゃあ行こうか」

 オフィスビルに入る。ピカピカに磨き上げられたガラスドアを通過すると、受付とエレベーターホールが顔を覗かせた。まだ受付の人間はおらず、あたりは森閑としている。複数の企業が入るオフィスなので、ここでセキュリティに止められるようなことはない。

 エレベーターで十五階へ上る。

「室長は緊張してますか?」

「いいや」

 黄土にもよく言われることだが、私はこういう鉄火場にあまり緊張しない性格らしい。単に自暴自棄になっているだけなんじゃないかと思うのだけど。緊張しないということは、気を張り詰められない、集中が必要な場面でスイッチが入っていないということなのだから、あまりいいことではない。

 それでもあえてポジティブに捉えるなら、やはりデスゲームを生き延びた経験が大きいのだろう。記憶こそないし、ただの運で生き残っただけだが、それでも生き延びたという結果は背中を支えるに足る、のかもしれない。

 十五階などすぐに到着する。エレベーターを降り、細い廊下を抜けて天原がいるオフィスの入口に立つ。

 念のため。

「準備は?」

『問題なく』

『こちらも』

『いつも通り』

 耳にはめたイヤホン越しに、緊張感のない彼らの声が聞こえる。

「じゃあ、やろうか」

 ノックはいらない。

 扉を開き、中に入った。

「待ってたぞ、紙花花しかばな室長」

 オフィスはまだ機能していないこともあり、ただのだだっ広い空間だった。机ひとつ、椅子ひとつ用意されていない。

 その室内に、天原は腰巾着の出野内とともにいた。

 しかも。

 私たちを待ち構えているかのように。

「なっ……」

 四辻が驚きの声を上げる。

「……ふむ」

 天原と出野内の横には、三人の兵士が控えている。顔は歴代大統領やシスター、ホラー映画のキャラを模したゴムマスクで隠して伺えない。ジャージやスウェット、パーカーの上からタクティカルベストを着ており、明らかな半グレである。

 私が後ろを振り向くと、入ってきた扉からさらに二人、兵士が顔を出す。扉を塞ぐように立ち、私たちの退路を閉ざした。

「ど、どうなってるんですか!」

 慌てたように四辻が私に耳打ちする。

「今朝は天原だけがここにいるという話だったでしょう! 出野内はともかくこの兵士は?」

「さあ?」

 適当にはぐらかす。

 兵士たちの様子で特筆すべきは、手に持っている武器だ。それはサブマシンガンだが、NATO系列の比較的新しい軍用装備である。つまり密輸入されやすい旧共産圏製の古い武器ではない。四辻はどうやら銃に詳しくないらしいので気づいてないが、見る人が見れば彼らがただの不良ではなく、バックにそれなりの組織がいると分かる代物ということである。

「驚かないのか?」

 天原が挑発するように聞く。

「仕事だからな」

「いよいよデスゲームを作る会社なのか人を殺す会社なのか分からないな」

「今更だろ」

 見ると、天原と出野内は隣の兵士からそれぞれ拳銃を受け取って、私たちに向けていた。

「これはリリーデンからの贈り物だよ」

 聞いてもいないのに、天原は手の内をべらべらと喋り出す。

「やつの本職が銃器の営業販売だというのは知っているだろう? 彼が俺に接触してきたんだ。表向きはBR社への投資を検討しているという素振りだが、お前たちを見限って俺を擁立することにしたらしい」

「ま、所詮は硬直した老害組織の限界ってやつだな!」

 出野内も随分テンションが高い。隣のおっさんも老害と呼べるだけの年齢なのはスルーするらしい。

「リリーデンさん、何を考えているんだ……」

 一方こちらは慌てている四辻。

「室長、逃げますよ! 部隊に連絡を」

「無理じゃないかな」

 見て分かる通り後ろは塞がれている。人数的な不利はもちろん、相手は銃を持っている。そして扉の向こうも何人構えているのやら分からないように見える。部隊を今呼んだとして、彼らが救出に来るまでに私たちがハチの巣にならない保証がどこにもない。

「つまり、私たちは天原を殺すつもりで来たが、それを読まれて逆に網を張られていたと?」

「その通りだ。ふん、腐ってもデスゲーム経験者は多少落ち着いているらしい。それとも時間稼ぎか?」

「どうとでも思え」

 私はジャケットの内ポケットを探る。

 そのとき。

 出野内がずかずかとこちらに歩み寄り、上から銃の台尻を振り下ろした。

 金属製の固い台尻が私の左側頭部を打ち据えた。一瞬だけ、視界が明滅する。

「頭が高いぞ貴様!」

 どうにも大仰な言葉が腰巾着から飛び出す。

「お前……お前たちがこの五年間、天原部長や俺たちにしたことを忘れたとは言わせないぞ!」

「…………ああ」

 視界の歪みが徐々に落ち着いていく。様子からして、出血はしていないらしくて安心した。血がスーツに着くと面倒だったから。

「俺の仲間たちを随分殺してくれたな!」

「誰も死んでないだろ。会社は辞めたけど」

「未来ある若者がお前らみたいな老害のせいで職を追われたんだ! お前たちのような既得権益が自分の利益のために若い芽を摘むから、この日本は駄目になるんだぞ!」

 まるで学生運動華やかな時期の同志みたいなことを言う……いや違うか。老害だのなんだの、やつの語彙は今どきに過ぎる。既得権益については否定しづらいが、私はまだ中年で老いてはいないのだけど。

 それに既得権益というのなら、勝ち組大企業の社員である出野内自身そっち側の人間だし、こいつがぶら下がっている天原自身がその象徴のような男だというのに。

 つくづく、言葉足らずだ。

「それがお前の悪意か?」

「はあ?」

「SNSの呟きをかき集めてAIが学習したみたいなこと言いやがって。要するにふんぞり返ったおっさんに付き従って自分もその権力を一緒に振り回しているような感覚を味わいたいだけだろ。お前のやっていることは今の日本じゃ大半の人間がやっていることだ。それをなに自分が新時代を築く先進的な人間みたいなフリしてんだ」

 出野内から邪魔されたが、今度こそ内ポケットから取り出す。

 天原は私が銃を出すのかと警戒したようだが、あいにく、私が取りだしたのはただの煙草だ。黄土の持っていたのと同じ銘柄。

 一本取り出して、火をつける。

「他人の褌で相撲を取りたい。虎の威を借りたい。それ自体は平凡な悪意だ。だけど平凡でも、誰もが抱く悪意だ。それ自体を否定はしない。でも、だったら」

 煙を吸い込んで、吐き出す。

「せめて自分の言葉で喋れよ。どこかで聞いたようなことばかり言いやがって。お前はチャットボットか?」

 デスゲームを企画運営し、多くの参加者を見てきた。

 参加者の多くは、生き残るために必死にゲームをする。だがそれは単なる生存欲求だけに基づく行為ではない。

 金が欲しい。

 名声を得たい。

 あいつを殺したい。

 そういう悪意や害意をゲームで抱き、それによって彼らは行動する。そこには彼らの個性があり、意志があり、オリジナリティがある。

 誰も他人の言動を模倣して自分を演じたり偽ったりはしない。そんなことが攻略につながらないと、よく知っているから。

「天原に取り入って金が欲しい。会社で他の同期より出世したい。デスゲーム業界を飛躍させる寵児になりたい。自分が特別だと証明したい。すべてお前が望んだ悪意だ。お前が生み出した害意だ。なら自分の言葉と行動でそれを語れ。老害だの既得権益だの、そぐわない言葉を使うな見苦しい」

 自分の悪意と向き合ってこなかったのだ、こいつは。だからしっくりこない、適切ではない言葉選びになる。大企業とはいえ設立から二十年程度のBR社が老害なはずもなく、遊戯公社を差し置いて既得権益呼ばわりされる道理もない。こいつはただ、他の誰かが言っていた『悪そうな何か』を思いつく限り並べているだけだ。

 そこにやつ自身の悪意はない。

 悪意もまた意思なれば。

 己の思いを他人の言葉に託すやつのくだらなさなど、わざわざ説くまでもないな?

「グダグダ言ってんじゃねえ! 殺されたいのか!」

 出野内が銃を向ける。こっちは怒りで我を忘れているようだが、一方の天原はどうにも落ち着かない様子をし始める。

 もしかしたらと、思い始めたか。さすがに年の功だな。

「そもそもの話、だ」

 煙草を弄びながら、私は言葉を続けた。

「お前たちの周りを囲む兵士。そいつらがいくら半グレだとしても、さっきの行動はおかしいな」

「……なに?」

「私はジャケットの内ポケットから煙草を出したぞ? これがもし銃だったらどうするつもりだ? 私はすかさずぶっ放しただろうな。無論、すぐにそこの兵士たちが反撃するだろうが、それまでに二発くらいは撃てる」

 天原も出野内も、防弾ベストは身に着けていない。そして兵士は彼らの前には立っていないのだ。もし私や四辻が隠し持っていた銃を撃とうとしたら、二人を守れない。

「半グレでも――いや半グレだからこそ分かっているはずだ。私が何かを取り出そうとしたら、それが銃だろうと煙草だろうと、さっさと撃つべきだ。銃弾が一発でも放たれたら、それで誰かが死ぬかもしれなんだからな」

「何が言いたい?」

「その兵士たち。顔を隠しているが本当にお前たちの仲間か? タクティカルベストで着ぶくれしているから体格で判断がつかないだろ」

 天原はぐるっと兵士たちを見回す。アウトロー映画の強盗のようにマスクを被った兵士たちの顔は当然分からない。あるいは、ただの鉄砲玉と思って顔など最初から覚えていないかもしれないが。

「ハッタリだ!」

 出野内はこちらに銃を向け、引き金を引いた。

 だが。

「あ?」

 それが当たり前であるかのように、弾丸は発射されない。

「なぜだ!? 弾は入っているのに!」

「マガジンの確認はしていたのか。それは結構。だが素人に撃針の確認は無理だったらしい」

 その銃は改造されている。弾丸の雷管を叩いて火薬を爆発させるためのパーツが抜き取られており、弾が込められていても発射ができないようになっている。なんなら安全のため、内部の撃発機構とトリガーの接続も切られている。

「そして問題は、なぜ私がそれを知っているか、だな?」

「まさか!」

 天原が銃を投げ捨て、そのまま走り出す。腐っても元エリート官僚。伏魔殿たる省庁で生き抜いただけのことはあって、咄嗟の生存行動に迷いがない。

 しかし、とっくに決着はついている。

 兵士のひとりが天原の進路を遮り、取り押さえる。

 出野内は後ろで別の兵士に取り押さえられ、二人してオフィスの床に這いつくばることとなった。

「リリーデンさんに頼んでお前に武器を流したのは私だ」

 地面に這いつくばっている天原に上から声を投げる。

「男ってのは銃が好きだな。与えると使いたくて仕方なくなるらしい。お前の作戦なら数を頼みに私たちを囲んでタコ殴りにすればいいのに、銃を使いたがるからこうなる」

「救援だ!」

 天原が叫ぶ。

「お前たち! 早く来い! 状況はもう開始しているぞ!」

「状況開始って、お前はただの定年退職したおっさんだろ。どうして指揮官気取りなのかねえ」

 スマホを取り出す。

「この部屋に盗聴器を仕掛けていたのは見事。こちらの動向を外に伝え、万が一にはそうやって救助を呼ぶこともできる。だが残念、お前の手下はみんな殺したよ。……実際どう?」

『作戦通り、全部やっときました』

 ワイヤレスイヤホンの接続は既に切っている。スマホのスピーカーから私の部隊の連絡が飛び交う。

『地下駐車場に控えていた敵部隊十名制圧終了。目撃者なし。撤退します』

『隣のビルにいた狙撃班はクリア。こっちから室長の顔がよく見えるぜ』

『BR社渉外部オフィスにたむろしてた三人は処理しました。清掃班を呼びます』

 そしてこちらのオフィスの扉が開く。

「扉の前で張ってた二人は殺した」

 入ってきたのは黄土だ。両手に半グレの死体を持って引きずっている。

「連中、新しい銃は過ぎた玩具だったらしい。安全装置の外し方も知らなかった」

「だろうね。半グレなんてトカレフで十分なんだよだから」

 吸い終わった煙草を携帯灰皿に落とし、新たに取り出した二本を咥える。

「吸う?」

「いや。運動の後はやらねえんだ」

「ふうん」

 一本を戻して、一本に火をつける。

「さて、じゃあ後はこいつらだな」

 床に並べられ、後はまさに調理されるのを待つだけのマグロのような状態の天原と出野内だけが、残された。

「そ、そういう作戦なら先に言ってくださいよ!」

 四辻が大声を出した。彼がこんなに声を張り上げるのは珍しい気がする。

「言ってなかったっけ?」

「聞いてませんよ!」

「ああそうだった。言ってないんだった。四辻が素直に焦ってた方が天原たちを騙せると思って。だって四辻って演技下手そうだし、作戦知ってたらあからさまに顔に出てたでしょ」

 ゴムマスクを被った兵士たちが肩を引くつかせる。今のはウケたようだ。

「こ、この性悪女……!」

「ああ痛いなー。さっき馬鹿に殴られた頭が痛いから大声出してほしくないなー」

「このやろう!」

 閑話休題。

「というかよくも殴ってくれたなこのボケ」

 出野内を踏みつぶし、五回ぐらい頭を蹴り飛ばした。

 それもさておき。

「それで、どうすんだ?」

 黄土が聞く。

「どうするも何も、殺すでしょ」

「本当に殺して大丈夫なんだろうな。お前それで一度、情報源になるやつ殺して後が大変だっただろ」

「一年以上前のこと蒸し返さないでほしいんだけど」

 あのときは大変だったけど、結果オーライというか、普通なら繋がらない人材につながったんだし良しとしたい。

「その辺は確認したよ。社長も殺していいって」

「こ、殺さないでくれ!」

 命乞いをしたのは出野内だった。天原は半ば諦めているのか、それともここを脱する策を練っているのか無言だ。

「他のやつらは退職させるだけで終わらせただろ! なら俺も……」

「人を殴っといてそれが通ると思うなゴミ」

 もう一回蹴り飛ばす。

「とはいえ、私も社長も鬼じゃない。そこの黄土はお預けもできないキリングマシーンだけど」

「おいこら」

「いや実際その二人素手で殺したでしょ。銃声しなかったもん。私がリリーデンさんに頼んで用意してあげたマグナムどこやったのよ」

 黄土が室内に引きずってきた二人は頸椎を折られて死んでいる。黄土が捻って折ったのだ。なんかこいつ首をねじ折るのに異様な執着があるんだと思う。こいつがそれ以外の方法で殺したの見たことないし。

 それで見かねて聞いたら「あんな豆粒みたいな銃弾で人が死ぬとは思えない」というのでリリーデンさんに頼んでマグナム拳銃を用意してもらった。デザートイーグル357マグナムモデル。本当は50口径がいいのだが、威力と実用性のバランスを考えるとこれがベターだという。

「あるぞ。今日は風が強かったからな。部屋を換気するとき資料が飛ばなくて便利だな」

「あれは文鎮じゃねえよ」

 拳銃の割に重量はある方だけど。

 まあそれはいいとして。

 兵士のひとりに命じて、用意した銃を取り出してもらう。それは平均的なリボルバーだ。

 リボルバーを二人の前に置く。

「今からデスゲームをしよう」

「デスゲーム、だと?」

 天原が顔を上げる。

「そう、デスゲーム。私たちはデスゲーム会社の社員なんだから、デスゲームをするのはおかしい話じゃない」

 二人を床に座り直させながら、説明を続ける。

「大して言葉はいらないな? デスゲームと言ってリボルバーを取り出したなら、やるのはロシアンルーレットと相場が決まっている」

 シリンダーに弾丸をひとつだけ装填し、交互に撃つ。シンプルなゲームだ。

「天原と出野内で勝負をしろ。生き残った方を見逃してやる。未だに嫌がらせをする遊戯公社や、今後天下りする馬鹿どもに実体験を話してもらった方がBR社としても都合がいいからな。最初からどっちかは生かす手筈なんだよ」

 二人は互いの顔を見合った。

「順番は好きに決めろ。お前たちの命だ。細かい取り決めはお前たちが自由に調整して構わない」

 ただし当然、サドンデスはなしだ。銃から弾が出ればゲームセット。

 つまりこのゲーム、後攻が圧倒的に有利。

 それに気づいているのか、天原は銃を取らない。出野内をこの窮地まで引っ張った負い目もあって、動きかねているというところもあるだろう。

「…………っ!」

 逆に出野内は、BR社の社員である。三年目のまだまだ若手とはいえ、既に多くのデスゲームを見てきた。そして何より、一度は自分がデスゲーム採用試験を超えた身だ。

 ゆえにこういう場面、行動は早い。

「うわあああっ!」

 出野内は銃を取ると、引き金を引く。

 天原に向かって。

「…………」

 しかし。

 弾は出ない。

 出野内は続けざまに引き金を引く。

 出ない。

 出ない。

 出ない。

 出ない。

 出ない。

 出ない。

 出ない。

 出ない。

 出ない。

「……え」

 既にシリンダーは一周と半分回った。このリボルバーは六連装だ。リボルバーの中には八連装やそれ以上の装弾数を誇るものもあるが、出野内が撃とうとしているリボルバーの装弾数はそう極端に多くないのが明白。

 にもかかわらず、引き金を引いてもまったく弾は発射されない。

「デスゲームだと偽って無益な殺し合いをさせるのって、けっこうつまらないんだな」

 思わず素直な感想が口を突いて出た。

「悪趣味だなお前も」

 黄土が私を非難するが、それは筋違いだ。

「それっぽいムーブをしてみたんだけどね。しっくりこないな。別にいいじゃん、これから死ぬやつの行動なんてどうだって。こいつらの死に様なんて興味ないし」

 煙草をふかし、灰を落としてから私はその場を離れた。

「じゃあ後よろしく。適当にハチの巣にしたら死体は放置でいいよ。あえて大事にして他の馬鹿どもの見せしめにする算段は社長ともうつけてあるから」

「了解」

 兵士たちが銃を構える。

「待っ――――」

 私は黄土と四辻らとともに、オフィスを後にする。

 銃声はくぐもって、ほとんど聞こえなかった。

 このオフィス、防音性いいな。BR社が今後手を広げるときに、オフィス候補として覚えておこう。

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