後編:食べるということは

 デスゲーム基本法。

 小難しいことを抜きにして肝要な点だけを語るなら、日本は二十年前にデスゲームを合法化した。

 無論、個人が勝手にデスゲームを開催できるわけじゃない。先進諸国と比べ経済的衰退が目立った日本が、起死回生のために打った一手。つまり新規事業の開拓のための法整備である。デスゲームはそれを企画運営する企業を国が認可して初めて可能となる。

 基本法成立前から準備されたモデルケースとしての実質的公営企業、遊戯公社。デスゲーム合法化に先鞭をつけたアメリカからの黒船、デッドインク。そして一切気取られることなく水面下で準備を進め、基本法成立と同時に突如として現れたBR社。

 他にもいくつかの企業が立ち上げられたが、デスゲームの運営というノウハウのない困難な事情にしくじり倒産。結局当初から存在するその三社が、日本におけるデスゲーム運営会社として今日まで続く。

 それはともかく、食事である。

 長くてうっとおしい髪は食事の邪魔。ジャケットのポケットに入れていたシュシュで適当にくくって後ろに流した。ついでに耳に装着したワイヤレスイヤホンの具合を調整。

 手を合わせて。

「いただきます」

 ファミレス人気盛り。チーズinハンバーグ、目玉焼き、唐揚げ、ソーセージ。エビフライをトッピングして、おともにはライスとポタージュのセット。

 まずはポタージュスープから。スプーンですくい、一口。トウモロコシの柔らかい甘さが身に染みる。言ってしまえばただのコーンポタージュ。きっと業務用のやつ。それでも馬鹿みたいに平べったい皿に注がれると特別な何かに思えてくる。粉末のカップスープと違って、粉っぽさもなく滑らかな口当たりがいい。

 ポタージュはあくまで前菜。まったくの空腹でいきなり肉を食べると胃が驚く。今回はポテトを先につまんでいたけれど、本来はスープでお腹を満たし、主菜へ挑む準備運動とするものだ。

 ん?

 じゃあなんでハンバーグ諸々と一緒に来たんだろう。普段は先にポタージュが運ばれていたような。

 まあいいか。深夜の営業。従業員も疲れててんてこまいだろう。料理の運ばれる順番なんて気にしない。

 私も飲食店での業務経験あるし、苦労は分かる。こう表現すると社会経験豊富そうに聞こえるけど、要するにフリーター期間が長かっただけだ。

 ひとつのことを長く続けて褒められるのは、小学生まで。大人は手に着けたものを一定期間続けるのが当たり前。世知辛い世の中だこと。もう少し緩く生きるのが許されたっていいのにね。

 ポタージュを平らげ、皿を脇に移動させる。

 一方、スマホ画面にはデスゲーム特集の番組が映し出されている。

 デスゲーム会社は各動画配信サイトと契約し、デスゲームを放送している。デスゲーム黎明期は独自のプラットフォームを立てて利用料をせしめようと頑張ったが、それは失敗。デスゲーム会社の仕事はデスゲームの企画と運営であって、放送までは手が回らない。こういうのは既に事業を確立したところへ投げるのが正解だ。

 私が今見ているのは、BR社の春シーズン開始前特番。本番のデスゲームまでに視聴者の気持ちを高めるための助走みたいなもの。

 BR社はこういう、きめ細やかでユーザーフレンドリーな姿勢が評価されている。まあ、逆にうっとおしいということでデスゲーム本編だけを粛々と流す遊戯公社の方が好みだという人も多いけど。私も大きい声じゃ言えないが、こういう特番を延々流されるのは趣味じゃない。

 でも仕事なので、一通り目は通す。

 そういう意味だと、今回の特番は当たりだ。短編デスゲーム特集。おすすめのデスゲームが紹介されているから、気になったのは後でチェックしよう。

 しばらくゲストパーソナリティの駄弁りが入る様子だったので、視線を画面から本日のメインディッシュへ移動させる。

 鉄板の上に載って熱々の肉料理。

 これこそ眼福の光景だが、残念。

 昨今のファミレスは、鉄板の簡素化が図られている。

 鉄板はある。だがそれは薄く、あまり熱も感じない。ソースの焦げる音も匂いも感じないくらいのぬるさ。いやまあ、私は猫舌気味だからむしろ温度としてはちょうどいいのだけど、ねえ。

 そしてなにより、鉄板の下。

 木製の台座部分が耐熱プラスチックに変更されている。あの重厚感はなく、そのせいか、どうしても押し出しが弱い。なよっとした感じがある。

 とはいえ、文句も言えない。鉄板を運ぶにせよ洗うのせよ、あれは重すぎるだろう。軽くして従業員の負担を減らせるならそれがいい。ステーキやハンバーグの専門店ではきっちり使っているのだから、雰囲気込みで楽しみたければそこを利用するしかない。

 時代とともに変わるもの。子どものころ大きく見えたものが小さく見える寂寥感。一抹の寂しさを覚えるのも、ファミレスの醍醐味だ。

 ナイフとフォークを手に取る。いつもどっちの手でどちらを取るのがマナーなのか忘れるが、結局左手にナイフ、右手にフォークで落ち着く。

 まずいきなり、本丸を落とす。

 ハンバーグの端を小さくナイフで切る。もうほとんど削るように。

 そんなことするから、当然、中のチーズは出てこない。

「…………」

 いいさ。ハンバーグはこれくらい雑な扱いをしてやるくらいが適切だ。

 一口、食べる。

 美味い。

 ハンバーグが不味いはずもない。

 それでも……。

「……はぁ」

 やはり気分ではないのだ。口に広がる肉汁とデミグラスソースの濃厚な味わいとともに、どうしても記憶が戻りそうになる。

 フォークでライスをすくい、口に入れる。ハンバーグとライスを飲み下し、それからカルピスレモンを飲む。

 メロンの甘ったるさとまた違う、さわやかな味わい。カルピスの飲みやすさを残しつつ、口の中をリセットするほどよい酸っぱさ。

『それではデスゲーム特集。まず最初に紹介するのはワインテイスティングです』

 ああ、これかあ。

 自称美食家を集めてグルメに関するデスゲームをやるやつだ。ワインテイスティングは五つのワイン樽を用意し、その中のひとつに一滴だけ、汚水を混ぜる。さて汚水の混じったワインはどれでしょうという簡単な問題だ。

 ワイン樽の中に一滴でも汚水が混じれば、それはもうワインではなく汚水なのだ。ならばワインと汚水の区別くらい、つくに決まっている。

 もっとも、このゲームのポイントはテイスティング以外のところでいかに見分けるか、にある。ワイン樽のシャッフルの様子を見て区別をつけるのか、樽の傷で確認するのか。なまじ舌に自信があり、このゲームがテイスティングだと明言されると味覚以外での確認方法が盲点になる。

 そうやって四苦八苦する参加者を見て楽しむのがこのゲームだ。

 簡単な攻略法に気づかず舌に頼ろうとする美食家が面白いのか、あるいは偉そうなことを言っているやつが追い詰められているのが楽しいのか。この手のゲームは手堅い人気ジャンルだ。もっとも、ゲームが成立するほど特定の専門家を集めるのは手間だし、長編ゲームに仕立てるのが面倒という裏事情もあるけれど。

 

 視聴者は専門家がその専門性ゆえに隘路に陥るのを面白がるけれど、無知な者は無知ゆえに同じ結果に行きつく。知らないからこそ、きちんと味わえば違いが分かるのだと思ってしまう。馬鹿と天才は紙一重、じゃあないけれど、真逆の立場でスタートしたものが同じところに行きつくというのは、よくある話。

 ソーセージをフォークで突き刺し、齧り付く。確かな弾力と歯ごたえ。固いのではない。食いごたえのある、肉を食らっているのだという実感がある食感。噛むごとに、空腹と疲労でへろへろだった体に力がみなぎるようだった。

 ソーセージは一息に食べ切る。ライスを食べ、口の中に残ったスパイスの味と油をリセット。カルピスレモンも一口飲んで、次。

 この人気盛りには、唐揚げがふたつ載せられている。ソーセージや目玉焼きと違って、唐揚げは定食もあるし数を用意しやすい事情でもあるのだろう。まあ、そんな台所事情はどうでもいいとして。

 当該ファミレスと同じグループの系列店があつかう唐揚げは、定食メニューということもあり基本は和風だ。この店のメニューも和風の唐揚げ定食が並んでいる。じゃあ鉄板にハンバーグなどの洋食メニューを盛るこのグリルと唐揚げの相性は悪いのだろうか。

 答えは否。

 よほど醤油や出汁で味をつけない限り、唐揚げが和洋の河岸かしを決めることはない。料理界の小早川秀秋。和洋いずれに転ぶかしれない贅沢者がこいつだ。

 それを言い出すなら、唐揚げのバリエーションにはノーマルのほかに甘タレや大根おろしだけでなく、ハニーマスタードやヤンニョムチキンすらある。最初から、どんな味付けにも変われるようレシピが調整してあるのだ。

 ゆえに当然、しっくりくる。鉄板に載せられ、ハンバーグに掛けられたデミグラスの余波を受けても。味はしっかりと決まる。

 千変万化、しかし無色にあらず。人間こうありたいと思うような万能さと万全さ。

 唐揚げは大きいが、ナイフで切るのもおかしな話なので、フォークで運び歯で嚙み切る。二口で食べてしまう。柔らかい中に、噛むごとに味が広がる確かな存在感。唐揚げが嫌いな人はそういないというのも頷ける。

「さて」

 鉄板料理にはメインとなる肉以外にも、付け合わせがある。この店は全般的に枝豆とコーンのミックスと、フライドポテトが少々である。

 ポタージュに加工されていないトウモロコシは好きじゃないんだよなあ。

 生臭さがあるというか、噛むごとに口に広がる汁気が嫌というか。じゃあなんでポタージュは食べられるのかというツッコミを待つ羽目になるが、それはあれ、トマトが嫌いでもケチャップは問題ないのと同じ。

 特定の加工方法によってむしろ好みの味になるということは珍しくない。私にとってはトウモロコシもその類だ。

 まあ食べるけど。この程度、残すほどのことじゃない。

 スプーンですくってすべて掻き込む。ライスを口に運び飲み下し、カルピスで舌に残る味を消した。

『続いてのご紹介はこちら』

 特番では次のデスゲームの紹介に進んでいる。

『耐荷重トラップトリップ。百円ショップの商品を使った、コラボ企画は人気ジャンルのひとつです』

 百円ショップのカラビナと登山用品のカラビナを混ぜ、それを見分けるという簡単なゲームだ。自分でこれはと思うカラビナをハーネスに取り付け、それで宙づりになる。百円ショップのカラビナは体重を支えられるほどの頑丈さはないので、間違えれば砕けて参加者は落下死、である。

 百円ショップの商品ときちんとした登山用品。区別はつきそうだがなかなかこれが難しい。ましてや自分の命を預けるとなればなおのこと。

 このゲームの参加者は誰だっけ? 覚えていないけどいいか。私は百円ショップコラボの企画は興味ないし。

 今の食事の方がよほど重要だ。

 さてメインディッシュ。気分ではないハンバーグだが、しかしグリルに盛られ、メインとして出てきたのだからこちらも主賓として扱わねば礼儀を失するというものだろう。相応の態度で臨ませてもらう。

 さっき削ったけど。

 今度は真ん中からナイフを入れ、二つに割っていく。

 中から、肉に包まれ溶けたチーズが顔を覗かせる。

 チーズの溶ける様は何度見てもいい。肉料理の中にぶち込むという豪快さと、それを成立させる繊細さの際どいバランスも見事。なにより基本茶色のグリルにおいて、乳製品の白色は映える。

 さらに二つに切り、ハンバーグを四等分に。隣の目玉焼きも四つに切った。こちらは半熟ではないが、衛生管理上やむをえないところである。私が以前働いていたファストフード店でも、ハンバーガーに挟む目玉焼きはきっちり火を通した。

 ハンバーグの上に目玉焼きを載せ、フォークでひとまとめに突き刺す。それを口に運んで、しっかりと味わった。

 やはり美味いのだ。どうのこうの言っても、ハンバーグが不味いわけじゃない。チーズと目玉焼きに彩られたハンバーグはさらに。

『やはりデスゲーム目玉企画はこれ! ガンサバイバルです!』

 特番はさらなる企画の紹介に移る。

 ガンサバイバル。

 言うまでもなく、参加者に銃を持たせて戦わせるシンプルながら人気の高いジャンルだ。複雑なルールがない分、視聴者の年齢層や趣味を選ばない。なにより銃を普段持たない日本人が銃を持って戦うのだ。いろいろ、起きて当然。

 まったくの銃の素人から、我こそはガンマニアと自負するやつまでいろいろ参加者をそろえている。実は面白いのは、素人にやらせるより生半可な知識のあるガンマニアに殺し合いをさせる方だったりもする。

 戦争ごっこが好きな馬鹿に銃を持たせ、殺し合いに放り込む。それこそチーズinハンバーグ目玉焼き載せみたいなものだ。つまらないわけがない。

 とはいえ、あれは大変だからなあ。私も分かるが、ゲームとして見物になる程度にはレクチャーを受けざるを得ないという事情がある。素人感を損なわず、かといって誰も銃を撃てすらせず終わらない程度にはまとめないといけない。

 かなり手間のかかるゲームなので基本は長編、シーズンのメインコンテンツとして扱われることが多い。ただ今回紹介されたのはガンマニアを参加者にした、ハンドガンだけを用いる簡単なゲームのようだ。参加者も少ない。

 一時期、日本でも銃刀法を改正してアメリカ並みの銃社会にしようと本気で議論したことがあったけれど、このゲームを見るにその計画は頓挫して正解だった。ガンマニアに実銃を持たせれば、三日後には誰かを撃っている。それくらい連中の攻撃性は高い。

 自分には人を撃ち殺す権利があると思っている。さながら白人が黒人を撃ち殺すように。

 それはともあれ。

 料理も大半片付いたところで、トッピングしたエビフライに取り掛かる。もうここまで来るとトッピングの必要なかったかなと思うくらいお腹も膨れてきたが、肉ばかりのところに魚介類は良いアクセントだ。

 生の魚介類は嫌い。火を通していても嫌いなものもある。でも好きなものもある。エビフライはそのひとつだ。トウモロコシと同じこと。

 タルタルソースがあればなおよかったし、なんならトッピングにあったはずだが頼むのは止めた。鉄板の上の味が大変なことになってしまうのが目に見えた。素材本来の味と塩コショウ、そしてデミグラスだけでいただく。

 ぷりぷりの食感。これまで食べてきた肉と異なる淡泊な味わいと風味。実にいい。

 ついでに付け合わせのフライドポテトもいただく。最初に頼んだものと被ってしまったが、それは言いっこなしだ。

 皿に盛られたポテトと鉄板に盛られたそれでは、味わいも違う。あくまで塩の味付けに、個人の自由でケチャップをつけられた前者と、油とソースを吸わざるをえない後者。くたくたになったポテトは、労いとともに口へ入れる。熱い鉄板に置かれ、油を吸わされ、大変な苦労だな。

 ポテトにとっての花形たるファストフードになることもできず、片隅でオマケのように縮こまるだけの人生。引導を渡してやるべきだ。

 社会の荒波に飲まれてクタクタになったポテトにシンパシーを感じたあたりから、ハンバーグへの「気分じゃない」心地が薄れてペースが上がる。

 ナイフで切ってフォークで突き刺し、口に運ぶ。大きなテーブルにいまいち決まらなかった、ライスやジュースの置き場所もはっきり定まり始めたことで細々したもたつきもなくなる。

 特番の内容へあまり意識を向ける必要がなくなったというのも大きい。既にデスゲーム紹介の部分はあらかた終わってしまい、後はゲストの会話だ。いちいち目線をスマホに落とす必要がない。

 ふむ。

 確認したものの、別に大したことじゃなかったな。予想はしていたから食事中に片手間で確認したんだけど。とはいえ、基本的な動きは把握しておかないとが、ね。

 一度ペースが上がればあっという間に料理が片付く。

 食後のコーヒーでも持ってこよう。そんなことを思ってスマホを仕舞おうとしたところで。

 テーブルの上に影が落ちた。

「ん?」

 正確には、私の座るテーブルの正面に誰かが来たことで、照明の光が遮られて影ができたのだ。

 従業員ではない。それはすぐ分かる。バイトの大学生だって、客の意識へこんな無遠慮に入り込むことはない。

 つまり。

 顔を上げる。

「おねーさん、ちょっといい?」

 イヤホンを耳につけているが、ちょうど見ていた特番を切り上げたので声は聞こえる。

 脳みそがスポンジでできていそうなやつの喋り方だった。

 私がこの店で最初にドリンクバーへ向かった際、ちらりと目にした若い男二人組。

 ああ。

 そうなるのね。

「夜遅くお疲れさん。残業長かったの?」

 馴れ馴れしく話しかけてくる男二人組の見た目は、不良のそれだった。染髪、ピアス、カラコン、まあその他諸々。大学生がはっちゃけているというよりも、さらに逸脱した格好と言えば分かりやすいだろう。ある程度オフィシャルな場に出る機会のある人間ならできないほどの逸脱。つまりこいつらがそういう社会の人間であることの証だ。

 人を見た目で判断してはいけません、なんて言うけれど、得々とそう語る大人は『人は見た目が九割』みたいなタイトルのビジネス書を平然と読んでいたりするのだ。面接で求職者のリクルートスーツにいちいちケチをつけつつ、自分はアイロンがけしていないワイシャツをジャケットで隠す。自分に甘く他人に厳しく。それが今の社会でいうちゃんとした大人の基礎基本だ。

 私はそういう大人になりたくないと思って生きてきたし、今もって自覚としてはそうなっていないはずだ。とはいえ、こんなやつらにその矜持を発揮する価値があるはずもない。

 二人組の片方、私から見て右側の男は両手を後ろに回しながらこちらを覗き込んでくる。左側の男は勝手に正面の椅子に腰かけた。

「俺らと遊ばない?」

「明日も仕事があるんだけど? お前たちみたいな不良には分からないだろうけど、平日に人は学校に行くか仕事をするものなんだよ」

「そういう決めつけはよくないと思いまーす」

 端的にうざい。

 もう少し時間を稼がないといけないってのが面倒だ。まったく、つくづく明日は休みに――――。

 と、思いきや。

 

「お前ら、遊戯公社の雇った半グレだろ」

「え、は?」

 唐突に私が本題を切り出したことで、連中は面食らっていた。その反応は図星、ということだ。

「アラフォーのOL捕まえておねーさんもないものだし、ベッドタウンのファミレスでナンパはもっとないな。お前らくらいの年頃が夜遊びするなら都内にいくらでもいい場所あるだろ。目的は別にある」

 そもそもここはベッドタウン。高校はともかく大学がない。こいつらくらいの若者が遊び歩く場所じゃない。

 夜遊びする若者、それ自体は何の不信感もない。だが、置かれる場所が違えば違和感が大きくなる。いくらミックスグリルと言い張っても、鉄板の上に天ぷらを置いたら場違い極まりない。

「注文していたのはドリンクバーとポテトだけ。一見遊ぶ金を節約している若者という様子だが、違うな? ファミレスで仕事ついでに食事をしても、それは経費じゃ落ちない。だから安い料理で誤魔化していた。所詮半グレだものな、まさか領収書切って遊戯公社の名前を残すわけにはいかないだろ」

 こいつらはドリンクバーを頼んでいたくせに、私が来てから一度も飲み物を取りに来ていない。いくらイヤホンをしていたとて、私の席はドリンクバーの正面なのだから、連中が動いていたら気づく。

 そして連中は、私に気づかれないためにこそドリンクバーを取りに行けなかった。

「テーブルの上に布ナプキンを置いていたが、この店は客がセルフで取れる場所に紙ナプキンしかない。カトラリーの入った箱に敷いているから、備えがないわけじゃないが。つまりお前たちは従業員に頼んで布ナプキンをもらった。それをテーブルの上に置いていた。何のために?」

 決まっている。

。それは今、お前が後ろ手に隠している」

「クソがっ!」

 男が背後に回していた手を動かし、こちらに銃を向ける。

「だから言ったんだ! さっさとやっちまおうって!」

「うるせえ! 殺しても俺らの得は少ねえだろ! 拉致って犯すって一緒に決めたじゃねえか!」

 絵に描いた三下ムーブだな。

「おいアマ! なんで俺らが半グレだって分かったんだ! しかも遊戯公社の!」

「いや全然分からなかった。今お前が種明かししてくれて助かったよ」

 ここまでは引っかけだ。ある程度の推測はしていたが、確証なんて全然ない。とはいえ、人の食事を邪魔してナンパ仕掛けたんだ、半グレ呼ばわりは甘んじて受けれてもらわないとな。

「それと、心当たりがあったことだし」

「ああ?」

「つい最近、遊戯公社の馬鹿が抱えていた半グレ集団を丸ごと消したからな。恨みを買っている自覚くらいある」

 デスゲーム基本法においては、デスゲームの参加者は自らの意思によってのみゲームに参加できるという取り決めがある。みんな大好き自己決定の自己責任というやつだ。

 とはいえ、自分の意志で何かをできることなんて、この社会じゃほとんどない。スーツを着てくたびれた私にしても、銃を向けてくる彼らにしても、望んで今の場所に立っているわけではない。

 それでもまったく不本意というわけではなく、半分くらいは望んでこうなった以上、責任を負わなければならない。あるいは、まったく不本意でも責任は負わされる。

「デスゲーム運営会社は実力行使のための人員を秘密裏に確保している。みんな知っていることだ。公然の秘密というやつでね。目的は様々だけど、遊戯公社の場合は参加者の徴発のために動員しているケースが多いよな?」

 なにせつい半年前、内部告発があったばかりだ。デスゲーム優勝者に既定の報酬が支払われなかったという問題が明るみになった。そこから芋づる式に八百長だ賄賂だもうたっぷりと。

 権力者の不正は見逃すのが日本人のマナー。しかしデスゲーム愛好家は死を目前にした人間のリアルが大好きで、ゆえにこそ不正は見逃せない。政治家とカルトの癒着は看過できても、デスゲームの不正はスルーできなかった。おかしな話だけど、漫画好きが作者の性犯罪は見逃せてもトレース疑惑で延々盛り上がれるようなものなのかもしれない。

「だからてっきり、最初は私を拉致してデスゲームに参加させるつもりなのかと思っていた。口ぶりからしてそんな回りくどいことをする余地なく殺すのが目的だったらしいな」

 だったら私がファミレスに入った時点で銃を乱射すればよかったのに。のために生け捕りの必要があるにしてもそれは同じこと。

 十中八九、ターゲットにそれっぽいこと言ってから行動に移すかっこつけをしたかったんだろう。

 なんでこういう連中は、自分をかっこよく見せるために本末転倒を起こすのかな。

「余裕ぶってるんじゃねえぞ!」

「そうだ! 俺たちの仲間が待機して……」

「もちろん把握している。耳のワイヤレスイヤホンは通話のために着けていたんだろう。ファミレスに二人でたむろするのに、イヤホンで耳を塞ぐのはおかしいもんな。音楽を聞くためではなく、通話のために身に着けていたのは理解している」

 連中を遠目で見たときに、やつの耳についていた蛍光色の何かの正体がそれだ。ここまで近づかれれば分かる。

「しかし、だったら思い至らなかったのかな。私の耳に装着されたイヤホンも、誰かと通話しているんじゃないかって」

「てめぇ!」

 男が銃をこちらに掲げる。手に力が入り、今にも引き金を引こうという挙動。

 が。

「はしゃぐのはそこまでだ」

「え?」

 横合いから声を掛けられ、男は一瞬、固まる。

 その刹那。

 いつの間にか横に立っていた黒づくめが、持っていたライフルのストックで男の手を弾く。

「な――――」

 もうひとりの男が立ち上がろうとするが、背後から忍び寄る別の黒づくめに首根っこを掴まれ、引き倒された。

「クリア」

「クリア」

「その『クリア』って言い方止めません? イキった軍事オタクみたいに聞こえますし」

「いやトーシロー連中の方が俺らの真似してるんですけどね」

「そうは言っても真似された時点で――まあいいや」

 仕事仕事。

「状況報告」

『クリアです。連中の別動隊を抑えました』

『別動隊って言っても、ファミレスの駐車場でくだ巻いてただけですけどね。おかげで見つけやすかった』

 イヤホンから通話が次々に飛び込んでくる。

「こちらの被害は?」

『特になし。弾の一発も撃ちませんでしたよ』

「それは残念ですね。備品費、余ってるんですけど」

『余らせておけばいいのでは?』

「来月には年度が切り替わって予算が更新されるんです。そのとき、備品費もリセットなんで持ち越しとかできないんですよ」

『ふーむ。予算ってのは俺らみたいな荒事専門には理解できませんね』

「私も分からないですよ。でも経理部からある程度使っておかないと来年度の予算を減らされかねないと言われてまして」

『それは大変。どうします?』

「どうしたものか」

 そんなことを呑気に話していると、厨房の方からどたどたとスタッフが何人も現れる。まあ暴れたのでそらスタッフが来るだろうとは思ったけれど、まさかこの深夜帯にそんなたくさんいると思わなかったので驚いた。

 スタッフ陣の中でも年かさの上司らしい人が近づいてきた。

「お、お客様! いったいこれは」

「失礼しました。こちらの面倒にお店を巻き込んでしまって」

 立ち上がり、荷物をまとめる。黒づくめに指示して、半グレを縛って運び出させた。

「彼らは遊戯公社の雇った半グレです。この店を拠点にデスゲームの参加強要を常習的に行っていたようです」

「強要……ああ、ニュースで見ました」

 これは話が早い。

「ではお客様は、警察か何かで?」

「いえ。遊戯公社の不祥事に警察は動かないでしょう。そこで我々の仕事というわけで」

 ふむ。

 こういう場面で身元を明かすのはどうかと思うが。身分を示して口封じをした方がいいか。一応、連中の不始末をこちらで処理したという体裁だし。

「むしろ警察に動かれると面倒です。そちらも、ご自身のお店を半グレのたまり場にされるのは本意ではないでしょう」

「それは、そうですね」

「はい。ですから警察にはご内密に。こちらで他の連中も近づけないよう処理しておきます」

「それはありがたいのですが……あなたがたは」

 ジャケットの内ポケットからケースを取り出し、名刺を一枚引き抜く。

「重ねて失礼を。自己紹介がまだでした。私はBR紙花花しかばな花実はなみと申します」

 うーん。

 この自己紹介。未だに慣れないなあ。自分の名前にこんな大層な肩書がついているというのがどうも落ち着かない。

 それでも事実だから、こう名乗るほかない。

『室長。移動準備完了しました』

「了解」

 イヤホン越しに私が裁量権を持つ実行部隊『バーガーサーカス』に指示を出す。

 公社の使っている半グレと違う、そこそこ本格的な武装集団だ。これ、一応我が社のオフィス警備部の所属という扱いなのだけど、どういう手品で公に隠しているんだろうね。

 さっきも普通にライフル持ったまま店内に入って来たし、それは従業員にがっつり見られている。私からすれば冷や汗ものだが、彼らはそれで問題ないという態度だ。そして実際問題ない。

 デスゲーム会社には小銃火器を装備した戦闘員を一定人数雇える法律があるとか勘違いしているんじゃないだろうか、目撃者全員。まあ案外、自分たちから遠い業界のルールって分からないものだしなあ。

「お会計は、ごたつきましたし、後日また。今回の件で損害もありますでしょうし、そちらの返済も合わせてということで」

「は、はあ……」

「それでは失礼します。美味しかったですが、厄介をしてしまいましたし、二度と客としては現れないつもりですのでご容赦を」

 この辺、夜遅くまで営業している店少ないんだけどなあ。重苦しい肩書が増えて給料も良くなったし、いよいよ引っ越しを検討してもいいかもしれない。

 店を出る。外では部隊の人たちが警護として待っていてくれた。半グレ連中は全員縛り上げたが、まだ追加の敵襲がないとも限らない。

「私は帰るので、タクシー呼んでください。徒歩圏内なので誰かついてきてくれてもいいですけど」

「いえ室長。今晩は帰らない方がいいかと。尾行がついていた場合、自宅を知られます」

「そこまで警戒します?」

「それなりには。室長も我が社の幹部クラスになってもう三年なのですから、少しは自覚と警戒心を持ってください。深夜にひとりで出歩くなど……」

「はいはい」

「はいは一回」

「はーい」

 などと適当なやり取りをしつつ、駐車場まで歩く。そこには部隊の所有するバンが二台と、半グレの持ち物らしい軽自動車が二台停まっている。

「ともかく、今晩は我々とセーフハウスへ。明日はお休みだと聞きましたから、日が出たら自宅にお送りします」

「分かりました」

 ああいや。

「せっかくなのであのバカども、片付けましょうか」

 私は半グレ連中の軽自動車を指さした。

「今日できることは明日に残すなと言いますし」

「お、それ社会人っぽいっすな」

 軽自動車の周りに集っていた黒づくめたちが思い思いに口を開く。

「室長の口から出るとは思いませんでしたけど」

「室長なら明日できるのに今日やるの? とか言うかと」

「九時五時どころか半日で電池切れてる室長らしくないやる気ですね」

 こいつら私のことなんだと思っているんだ。

 いやまあ、裁量権あるといっても直属の上司というわけではないから、軽口くらいは甘んじて受け入れるけどさ。

「十年も社会人やってますからね。明日に仕事を残すと苦労するのは明日の自分だと学習したんですよ」

「それで、連中はどう始末を?」

「ファミレスにご迷惑をおかけしましたし、派手にやって半グレどもに警告をしておかなければなりません」

 さて、どうしたものか。

 あ、そうだな。

「この前公社の半グレを片っ端から始末したとき、連中が根城にしていた工場を抑えましたよね。あれ、使えます?」

「たぶん使えるんじゃないですか? 何するんですか」

「いえ。せっかくの夕飯を邪魔してくれやがったんで、こちらもをしないとと思いまして」

 そうと決まれば、だな。

「スナイパーは現状維持。ファミレスに半グレの仲間が来ても撃たずに写真だけ撮って記録しておいてください。後で身元を洗って他の仲間を引きずり出します」

『了解』

「軽自動車二台に四人分乗して、連中を先に連行してください。工場についたらブレーカーを上げて装置の稼働準備。連中が拷問に使ってましたから、たぶん動くはず」

「了解。行くぞ」

「あと誰かお使いを任されてくれますか。必要なのは玉ねぎ、パン粉、タマゴ、塩コショウ。牛乳、チーズ。あとナツメグもできたらで。調理器具は、いらないか食べるの私たちじゃないし」

 それじゃあ残業開始。

「おいしいハンバーグを公社のみなさんにお届けしますか。せっかくなのでチーズ入りのやつを」

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