中編:デスゲームごはん

「あなたは飲食店の深夜残業について――飲食店以外のスーパーやコンビニでも構いませんが――どう思っていますか?」

 私が面接官を担当するようになったのはここ数年の話で、その当初からこの質問は使いまわしている。部下の世代なら「会話デッキに入れている」とでも言うのかな? そろそろ殿堂入りという名の禁止カード扱いを受けそうだ。

 この質問はまず、面接という場で適切な応答ができるかを確認するためのものだ。それまでの通り一遍の応答で「あ、こいつ駄目だな」と思った人を確実に落とすための確認作業として質問することもある。

「夜遅くにコンビニの明かりが灯っているとホッとしますよね」

 はい不合格。

 どう思っているか、と聞いたものの、面接の場でお前の個人的な感想など求めちゃいない。私が欲しいのは賃労働をする人間としてこれから生きていくうえで、他の業種とはいえ労働に関わる社会問題をどう認識しているかという視座だ。

 じゃあそう質問しろ? いやいや、面接会場で自分の感想が求められていると思い込む自意識過剰くんはその時点で却下でしょ。お前の感想に価値はないんだよ。

「深夜の労働は苦労の多いものですが、そうした人たちの働きで社会は成り立っています。労働者の彼らを尊敬します」

 これもアウト。なぜって、我が社の商品はお前の言う「労働者」階級を搾取することで成り立つものだ。我が社に限らず、この業界に来た時点で低賃金労働者に対する敬意など嘘八百。お前の鼻が伸びていないのは、喋る木偶人形ではないからというだけのことだ。

 そもそもなんだよ「労働者の彼ら」って。思いっきり「自分はそんな底辺連中と違う階級です」という意識が漏れている。建前を取り繕う能力もないなら、企業人としては失格だ。

 でも、とはいえ、この手の連中は何人か最終試験に残すことがある。こういう自然と下流人種を想定し差別できるやつは、業界的にはむしろ適格だったりする。大人としての品格と業界把握の正確さ、そして適性は必ずしも一致しない。

 そういう論外の回答をくれる求職者は、意外と多くない。就活する方も必死だから、面接の作法ってやつはきちんと身に着けている。だからこそ差異を見出すためにとんちみたいなクイズを出したがるんだけど。そこは給料をもらっている我々面接官が無給かつ交通費も出ない就活生を値踏みするのだ。面倒と困難には正面から向き合わないといけない。

「電気代も無駄ですし、客入りの少ない深夜に営業すると食品廃棄も増えるでしょう? 長時間労働も気になりますよね」

 深夜営業をする飲食店に対する反応は、世代によって分かれる。私と同じくらいの世代、つまり三十を超えたくらいになると否定的な意見が多い。コロナの影響で飲食店が深夜営業を取りやめ、その中を生活して「意外と不便じゃないな」ということに気づいたからだ。当時流行ったSDGsという標語はもう通じなくなったけれど、一時の収益のためではなく持続的な社会生活のために個人も企業も留意すべし、という考え方は私の世代の一部には根強く残っている。

「ブラックな企業が経営する店は使いたくないですよね。どうせ利用するなら、ホワイトなところがいいです」

 少し世代が下がると、コロナは終息し深夜営業も再開する。その中で彼らに芽生えたのは店を利用することがその企業を支持することである、という意識だった。あるいはブラック企業の片棒を担ぎたくないという避難感情。消費という行動が持つ意味に敏感なのだ。一方で、企業を支持できるか否かの判定は表層の印象論に終始することが多い。

 我が社もネットじゃホワイト企業の太鼓判を押されている。ホワイトねえ。我が社の扱う商品を考えれば、ブラック企業だって裸足で逃げ出すだろうに。とことん思考が浅い。

「まさか病気ひとつの流行で社会がこうも変わるとはね。予想してしかるべきだが、驚いてしまったよ」

 まさに深夜営業どんとこいの社会を作ってきて、それをまるで自分の非ではない災害で変革させられたのが私たちより上の世代だ。今までの職を蹴ってこんな会社に転職しようとする彼らの心は、そうした変化する社会へどう対応するかという思考の中で出てきたのだろう。もっとも、その意気やよしでも変化に適応できる年齢じゃない。他の業種ならともかく、うちとなるとさすがに無理が過ぎる。大人しく、今までの経験を活かして社会をよくしてほしいと私は思う。

「よくして、ねえ」

 自分で思ったことなのに、自分で笑ってしまう。

 よくする?

 むしろ悪くしてきたのに。今更彼らの世代が何をしたところで、それは尻拭いでしかない。マイナスをゼロに戻す作業だ。性犯罪で捕まった加害者が自分の経験を利用した講演サークルを立ち上げるようなおぞましさが漂う。

 まあ、世代論に意味はないのだけどね。私たちの先代が今の社会に先鞭をつけた。それを形にしたがの私たちの世代で、盤石にしたのが下の世代だ。バトンを渡され、順当に次へ手渡した。放り投げることはいつでもできたのに。その時点で全員が同罪だ。

 それに。

 私は最悪になった今の社会が生み出したものによって生かされている。

 だから私は、現状維持を望む。

 悪辣に。

 武器商人は戦争のない世界など望まない。兵士の持つライフルに一輪ずつ花を挿したところで儲からないし、まさか履歴書に鉛玉を売っていましたなど書けるはずもない。私も、社会が変われば失職し、十年近いキャリアはエントリーシートに書けなくなる。きちんと仕事をしていたのに、大学を出た後フラフラしていたことにするしかない中年女の出来上がりだ。

 もっとも、今の日本はそんな心配をする必要がないくらい、下劣にできていて、ゴキブリみたいな私は気楽に過ごしている。

 ゴキブリだのなんだの、飲食店で考えることじゃなかったな。まあ、私はゴキブリ平気だし気にしないけど。

「さてと」

 ノートを仕舞い、タブレットをもう一度取り上げる。

 今一度、メニューと向き合おう。実りのない就職活動に捧げた日々を思えば、夕食選びなど大した難易度じゃない。

 私がノートで質問を確認していたのは、思い出すためだ。ファミレスに対し私が持つイメージを。

 さっきの質問は求職者、つまり仕事を探す大人の視点の回答が期待されている。とはいえ、ファミレスはファミリーレストランなのだから、人によっては子どものころから思い出のある場所でもあろう。無論、面接の場で幼いころの記憶を語られたら普通に落とすけど。それでも、私の記憶を呼び覚ますきっかけにはなる。

 深夜のファミレスは、私にとってどことなく惹かれる世界だった。

 小さいころ、家族と夕食を食べたファミレス。しかし少し大人になって、どうやら深夜のファミレスにたむろするのが面白いらしいみたいな、そういう話を聞くことになる。

 集団幻覚。まさしく下駄箱の中のラブレターと同じ。テレビの中の芸人がひな壇で語る話。あるいは音楽番組のアーティストの回顧。夜のファミレスでドリンクバーだけ頼んで粘りながら、みんなでいろいろ話したって。

 私にとってそれまでファミレスは、夕食を食べる時間帯に訪れ、夕食を当然のように食べる場所でしかなかった。朝どころか昼に行くという発想もない。ましてや深夜など。

 深夜のファミレスでたむろする。なんかそれは、面白そうだ。

 もっとも、私はそんな経験ついぞしなかった。友達がいなかったというのもあるけれど、コロナの影響で深夜営業が自粛ムードだったので。営業時間が夜遅くまで延び、経済的にも余裕が出たころには、今度はそんなはしゃぐ年ではなくなった。

 それでも、あの頃漠然と抱いた深夜のファミレスの特別感は、今でも残っている。だからか、夜遅くの外食は自然とここに来てしまう。

 食べる料理の決め手に欠いて困ると分かっていても、ここに来る。

「…………ハンバーグにするか」

 少しだけ、方向性が定まる。

 ファミレスに来ると、子どもの頃は決まってハンバーグを食べた。鉄板に乗った熱々の肉が、私にはどんなご馳走よりも輝いて見えた。まあ実際ソースで輝いているしね。

 気づけば私は永遠にハンバーグを食べる気分じゃなくなってしまった。いつから……かは覚えている。日時も場所も、何があったのかも。

 それでも食べられないわけじゃないし、嫌いというわけじゃない。そして私にとってファミレスといえばやはりハンバーグなので、さんざん悩んでここに着地することは多い。

「とはいえ」

 気分じゃないのも事実だし、ハンバーグだけというのは避けよう。

 ミックスグリル。

 ハンバーグ、チキンステーキ、ソーセージ。

「うーん?」

 あれ、この組み合わせだっけ?

 さっき、もっとなんか豪勢なの見た気が。

 ページをめくると、見つけた。

 ハンバーグ、唐揚げ、目玉焼き、ソーセージ。

 ミックスグリルではなく、人気盛りという身も蓋もない名前なのが潔い。

 さらに。

 ミックスグリルのハンバーグはまったくのプレーンであるというのが難点だった。トッピングはできるものの、種類そのものを変えることはできない。

 ところがこれは、チーズinハンバーグである。

 人気盛りという自称は自信過剰じゃあないな。

 セットは、ドリンクバーを頼んでしまったからライスとポタージュのセットを。

 それから。

 エビフライもトッピングしてやれ。

 これでよし。

 メニューを決め切った満足感に肩の力が抜ける。

 ああ、このまま眠り込んでしまいそうになる。

 まあ、空腹が常に意識を刺激するから本当に眠りはしないけれど。

 メニューが決まれば待つだけだ。またカルピスメロンを飲み、ポテトを箸でつまむ。気分を変えて、小鉢に入れられたケチャップとマヨネーズをつけて食べる。

 ポテトは冷めても美味い。むしろ冷めてからの味こそがポテトの本番だ。料理は出来立てこそが至高という考えは、食事という行為そのものへの無理解と無思慮から生じる浅はかな価値観に過ぎない。部下の年代なら「解像度が低い」と称するものだ。

 ファミレスのポテトは、それこそドリンクバーと一緒に頼み、ゆっくりつまみながら駄弁るお供にするものだ。冷めてからの味こそが本領発揮。ここで味が落ちるようならそれはポテトとして三流もいいところ。その点、この店のポテトは及第点。実によろしい。

 スマホを取り出し、アプリを開く。動画配信サイトのものだ。私がファミレスを今日の夕飯に選んだ理由はここにある。

 ちらりと画面に映る時刻を見ると十一時近い。この店は深夜二時まで営業しているから、閉店時間を心配する必要はない。休み前の贅沢くらい、時間に追われたくはない。

 ワイヤレスイヤホンのケースを取り出し、蓋を開く。ペアリンクを接続し、イヤホンを耳につける。無くさないようケースを戻し、ぐっと体を伸ばす。

 画面を操作して目的のものを出しつつ、カルピスを飲んだ。気づけば飲み切っている。立ち上がり、次の一杯をもらいに向かう。

「……でさー」

「ああ、うん」

 少し遠くの席の、会話が聞こえた。イヤホンをしているとはいえ、耳栓じゃあないから、雑音は届く。今はまだ、動画も再生しておらずイヤホンは沈黙しているし。夜中のファミレスは人が少ないから、さして騒がしくしていない雑談の声も聞き取れる。

 グラスに氷を足してサーバーに置く。会話は注意を向けずとも内容を十分把握できた。

「この前の見た? 遊戯公社の。傑作」

「あれな。NPO法人の代表集めて殺し合いってやつ。普段きれいごと言ってるやつが喚いてるの見るのマジ最高」

 私が次に選んだのは、カルピスレモンである。またカルピス。でもそれでいい。

 ドリンクバーは自由だ。

 しかも選択肢の限られた、居心地のいい自由。

「やっぱデスゲームは遊戯公社だよなあ。参加者の選定がいい。そりゃ、デッドインクが一番コンテンツ多いけど、アメリカの会社はなあ。やっぱ日本人向けの方がいいし」

「日本企業だとBR社はどうなんだよ」

「あれは駄目だ。デスゲームやってる癖に優等生ぶってるのが気に入らねえ。そもそもあそこの代表女だろ。やっぱ女にデスゲーム企画させると駄目だわ」

 席に戻る。そのとき、ちらりと会話の主を視界に収めた。

 若い男二人組。年は二十代前半。テーブルに置かれた品はドリンクバーとポテト。あと大きな布製ナプキンをややくしゃっとさせつつ、テーブルに置いている。ひとりの耳にはライムグリーンの何かがついているが、遠く見えない。私ド近眼だし。

 それにしても、デスゲームの内容と性別って関係あるのかね。その手の話を私の周りじゃ聞かないから考えたことなかったな。でもネットじゃデスゲームの企画者が誰かっていうのはいつも話題になることだ。漫画家の性別が気になるように、企画者の性別が気になる視聴者もいるのか。

 そもそも企画者の名前を公にしているゲームの方が少ない。遊戯公社もBR社も、よほど個人としてネームバリューがない限りは公表しない。テレビ番組のプロデューサーがいちいち一般視聴者から注目されないのと同じことだ。逆にデッドインクはお国柄ってやつで、企画者に限らずスタッフの名前はクレジットされがちである。

 やることがなくて、ポテトをまたつまむ。この調子だと料理が来る前に全部食べ切ってしまいそう。

 と、思いきや。

 軽薄で拍子抜けする音楽が厨房の方から聞こえてくる。

 そちらにちらりと視線をやりつつ、私はスマホの操作を再開した。

 少しすると、大きな円筒形のマシンが厨房から出てきて、ゆっくりこちらに向かって進んでくる。

 そのマシンは円筒形の内部がラックになっており、その中に料理を載せている。スクリーンを上部に取り付けられ、そこには媚びたような猫耳が生えてもいた。

 無人ロボの反乱、ではなく。

『料理を持ってきたにゃあ』

 このふざけた存在は配膳ロボットである。そりゃ、そうでなければ料理なんて載せてないけどさ。

 いつからかファミレスの多くではこんなロボットが導入されるようになった。人件費のカットが目的だ。結局従業員に戻す店も多かったけれど、ここではまだ使っているようだ。

 コストカットが謳われたロボットだけど、いざ使ってみるとランニングコストと維持費の高いこと。当初の試算より、諸々値上がりしてバイトを使うのとトントンだ。第三次世界大戦は無人機の戦いになるなんて滔々と語っていた軍事ジャーナリストが、東欧侵略に際しロシアが政治犯や懲役犯を大量動員して大外ししたのと同じ。

 ロボットより人命の方が安上がりだ。この愛くるしい配膳ロボの電気代は削りようがないが、バイトは最低賃金を下回っても工夫次第じゃ働かせられる。とはいえ日本は外国人労働者にそっぽを向かれ、今もその状況は改善していない。働いてくれる安い命がないのなら、ロボットに頼るしかない。

 立ち上がり、料理と伝票を取る。こいつ、猫の顔をつけることで愛くるしさを装っているが、威圧感が半端ない。一般的な成人女性より高背の私でさえ、この機械のデカさは見るたびビビるほどだ。

 猫の顔とボイスは技術が洗練されていない当時、避けられない不具合などが発生しても利用者がストレスを感じにくくするための工夫だと聞いたことがある。普通のロボットなら適切に動いて当然という印象を受けるけど、猫なら変な動きをしても「猫だし」で納得できる。まさにナイスデザイン、なんて評した人はこのロボットを直に見なかったに違いない。あるいはファミレスの席に腰かけた状態で見なかったか。立って並んでも大きさからくる圧迫感が凄まじいのに、座った状態ならその迫力はターミネーターと遜色ない。

 このロボットが暴走し人間に襲い掛かるパニックホラーを撮ったら売れる。

『ご利用ありがとにゃん』

 間抜けな捨て台詞とともにロボットは帰路に着く。いちいちあれに恐怖するのがこの店の難点だなあ。

 それはまあ、さておき。

「よし」

 料理が届いた。

 今晩の食事。ミックスグリル。ライスとポタージュセット。エビフライトッピング。

 そして。

『BR社主催、冬季デスゲーム企画、アーカイブセレクション!』

 イヤホンから、本日の用件も聞こえてくる。

 スマホ上では映像が目まぐるしく切り替わっている。

『今日は平日の気分転換。サクッと見られる短編デスゲームの特集です』

 デスゲームを鑑賞しながらの食事と行こう。

 人が死ぬのを見ながら食べるごはんが、一番おいしいんだって。

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