アラフォーOLのデスゲームごはん

紅藍

第一食:深夜のファミレスにOLひとり

前編:残業疲れに夕飯選び

「疲れた……」

 我が社は国内有数のホワイト企業で通っているので九時五時の定時退社が基本だけれど、たまには残業を強いられる日がある。とはいえ頻度は少なく、残業代もきちんと出るとなれば文句はない。

 私に文句を言う権利もないことだし。

 来週に控えた新卒採用の面接試験。その面接官に課される研修とミーティングが残業の原因だ。既定の労働時間内に収めろという話だが、どっこい、私たち面接官は通常業務もあるから、そうはいかない。結局、通常業務が終わった後で時間を取って行うほかない。研修なら録画したものを各自視聴という手段もあるけれど、ミーティングによる質疑応答の内容のすり合わせや、面接官としてのマナー実践講座もあるからオンデマンドは難しい。

 ならばせめて数日に分けて……というのもやっぱり無理がある。スケジュール調整を考えると、一日に詰め込んだ方が楽だ。面接官には手当も出るし、この残業は個人の業務ノルマと関係ない強制的なものだからということで、別日に一日休んでいいことにもなっている。

 絵に描いたようなホワイト企業。まるで社会人経験のない学生がラノベに書いたような優良企業だ。存在するものなのだなあ、意外と。

 たまの残業に文句はない。文句を言う立場でもない。今の仕事に不満はない。それでも夜遅くまで残業をしていれば、お腹が空く。

「おなかすいた」

 言葉にしたところで、実感が増すわけでも気が紛れるわけでもない。ミーティング中に出されたお茶菓子はつまんだが、たかが菓子の少量で空腹が誤魔化されるはずもなし。

「…………まあ、いいか」

 空腹を感じる。それは生きているということで、なにより健康に生きているということだ。ならば残業と同じく、文句はない。

 粛々と、腹を満たすだけだ。

 最寄り駅で下車するまでに、思考を巡らせる。今晩の夕食は、明日の予定次第で変わる。少し悩んで、コートのポケットから取り出したスマホで私は部下にLINEを飛ばした。

『明日休んでいい?』

『駄目です』

 ちっ。私の部下を三年も務めると上司が体調不良である可能性は真っ先に排除しやがる。私が不思議と病気の類と無縁なのはよく理解しているようだ。やるじゃないか。

『私には休む権利がある』

『明日は黄泉路課長が用事で尋ねてくるって言ってたじゃないですか。すっぽかされたらあの人怒りますよ』

『いいよあいつは放置しておけば。どうせ例の解雇の件でしょ。私パワハラの片棒担ぎたくない』

『パワハラて。あながち間違いでもないですけど。部下に肩代わりさせるのもパワハラでは』

『君は良いんだよ』

『よくはねえよ』

『冗談はさておき。あいつの相談って法律関係だと思うよ。じゃあ私より君が適任じゃん。元法科生』

『でしょうね。そういうことならいいですよ。その代わり長年の就活経験を活かしてしっかり面接官やってくださいね』

『このやろう』

 お互いに触られたくない傷を触ったところで連絡を終える。……三年程度の就活経験なんて、面接官の役に立つとも思えないけどね。でも人事部でもなく出世コースにもいない私が面接官をやっているのは、実際その経歴があるからだし。

 駅で電車を降りる。

 さて、明日は休みとなった。翌日も仕事というのなら家にあるもので適当に軽く済ませておくところだが……休みというのなら話は別。

 いい加減、三十代も半ばになると代謝機能が落ちて太りやすくなる。女性は特に……らしい。まあ私太ったことないし。なんなら兄二人の方がぶくぶく太っている。運動はまったくしないのだけど、頭を働かせればカロリー消費量は十分トントンになる。

 それでも就職後は、食事にいくつかルールを課して太るのを防いでいる。定時上がりの日は間食をしない。夕食後はやはり間食をしない。食事以外で糖分を多量に含む飲料を飲まない。酒は飲まない……などなど。

 ルールとは言い条、半分以上は自然と身に着いた習慣であり、私の好みでもある。だから守るのに苦労も苦痛もない。その上でさらに、私は私を許すタイミングがある。

 金曜日。それからイレギュラーな日程が生じた日。このふたつに限り、すべての食事に関するルールは守らなくてよくなる。

 金曜日は一週間の勤務の労いとして。今日のように強制的な残業があり、かつ明日が休みという日もやはり、労いと気分転換に食事制限は解除する。

 制限を守るコツはひとつ。許されるタイミングを作ること。禁酒法時代のアメリカは酒を永遠に制限しようとした結果、密造酒の売買とそれに伴うマフィアの台頭を許した。反省したアメリカは殺人を禁止にした際、一年に一度だけ殺人が許される日を作った。その結果、残る三六四日の間、人々は大人しく我慢できるようになった。許される一日が目に見えるから、我慢ができる。

「いやそれ映画の話だろ」

 いけ好かない同僚にそれを言ったら、映画の話だと見抜かれた。

「そう映画。今や予言的とさえ称される伝説の映画」

 私の好きな映画のひとつだ。予言的……なんて大仰な誉め言葉が似あうような大層な映画じゃないし、そこが好きだったんだけどね。

 この二十年で、ある種の創作物はその多くが予言的だと言われるようになった。そのうちの一本だ。

 それで話を戻して。

 夕食である。制限なし、何を選んでも良しの好き放題状態となった私は無敵だ! ……と言いたいけれど、そうは問屋が卸さない。

 自由とはむしろ不安で不安定なものだ。選択肢が無限にあるということは、手がかりがないということ。何を基準に行動していいのかさえおぼつかない。今晩の夕食すら、ままならないのだ。

 そこで私は条件を絞るために、あえてオフィスのある横浜から電車に乗って自宅のある町まで戻ってきたわけである。地理的に制限を課して、選択肢を減らそうとしたのだ。私が住んでいる町はそりゃあもう地元に比べれば都会だけれど、関東圏としては平均的なベッドタウンに過ぎない。自然と、選択肢は狭まる。

 まあ終電を気にしてご飯を食べたくないというのもあったけれど。

 時間……そう時間である。長時間に及ぶ残業の結果、現在時刻は十時過ぎ。そもそも店の多くは開いていない。これによりさらに選択肢を絞ることができる。

 そして極めつけは……。

「あれも、確認しないとなあ」

 ひとつ、やらないといけないことがある。

 仕事……に関係はするけど、厳密には仕事じゃない。明日やってもいいけど、どうせご飯を食べながら適当に済ませる程度のことだから、今夜中に片付けておこう。

 ならば、決まる。

 駅前のハンバーガー屋、ではない。くつろぎながら用件を片付けるに少し忍びない店構えだ。

 自宅までの道中ぽつぽつとあるラーメン屋、は論外。ラーメンを食べながら何かできるほど私は器用じゃない。メガネも曇るし。しかもこのあたりのラーメン屋は午後九時くらいで閉めるところが大半だ。ラーメン屋のくせに健康的な営業時間で動きやがって。

 居酒屋やバルが何件かあるけれど、お酒は飲まない。趣味じゃない。何度か飲んだことはあるけれど、あれの何が美味しいのか、酔っ払って何が面白いのか分からなかった。

 ならば、あそこだな。

 悩んだ末の結論としては味気ないけれど、外さない安定感と安心感。仕事に疲れた心身を癒してくれるベストなスポット。

 深夜のファミレスこそ、今夜のご飯にふさわしい。



 春も近いながら未だ季節は冬。澄み渡る清冽な夜空に負けない輝きを放って、その店は構えている。

 ただのファミレスだ。

 個人経営の有名店ではないし、お高い系の店でもない。大手チェーンの、どこにでもある普通のファミレス。

 普通で平凡、どころかともすると貧相。それがむしろいい。プレッシャーを感じないのは、私にとってポジティブな評価点である。大抵の飲食店にとってマイナスのポイントが、私には好ましい。

「ふう……」

 店内に入ると、柔らかい明かりと暖かな空気が迎えてくれる。ピークは過ぎたとはいえまだ寒い日に、心地いい室温だ。小さい店だと人が入るたびに外気が流れ込んで寒い思いをするけれど、ファミレスの堂々たる店構えならそんな不快を感じる心配がない。

 深夜のファミレスは人がいない。客も従業員も。利用客が人数などを書き留めるボードは閉じられ、レジにも人はいない。従業員の案内は必要なく、ただ入って空いている好きな席に座ればいい。

 で、どこに座るか。私は隅っこの席がいいのだけど、一応、独り身の女性としての警戒心を持たなければならない。人目に付きにくい席に着くと、ありていに言えば面倒が起こりうる。

 深夜のファミレスを利用する客はどうしてもガラが悪くなりがちだ。そりゃあ、こんな夜遅くにファミレスでたむろするのだからそういう連中に決まっている。ここはベッドタウンで利用客の大半は私と同じ、残業に疲れたサラリーマンだからまだ平和だけれど。当然、中には夜遅くまで遊び歩いている馬鹿もいる。

 そういうのに絡まれると面倒だ。まあ幸い、私はそういう経験あんまりないけど、先輩後輩問わず女性社員の人たちによく注意を受けるので、それなりに気にしている。面倒は、被らないにしくはなし。

 そういうわけで私の座る席は決まってここ。ドリンクバーのあるカウンターの正面だ。人通りが多く、従業員の目にも付きやすい。絡んでくる馬鹿は人目を気にしないだろうから、これで予防できるとは考えにくいけど、ドリンクバーが近いのは便利だしいいか。

 人のいないファミレスではスペースをゆったり使える。四人掛けの席に鞄とコートを置き、一度座って息をつく。

 スマホを取り出し、ファミレスのWi-Fiに接続しながらテーブルの片隅に置かれたタブレットを取り上げる。この店はタブレットで注文を取る方式だ。店員を呼ばなくていいし、「春野菜の爛漫サラダ」だの「チーズinハンバーグエビフライソーセージグリルBセット」だの長ったらしくて舌を噛みそうなメニューを言わなくていいのは助かる。

 Wi-Fi接続したスマホでまずはアプリを開く。このファミレスを展開するグループの公式アプリで、もちろん目的はクーポン。地元にいたころはこんなもの使わなかったけれど、今では「どうせ利用できるなら」という感覚で使うようになった。こういうのを大人になると言うのかもしれない。

 とはいえ、めぼしいメニューのクーポンはない。いつも通り、ドリンクバーだけ入れておくか。注文時にクーポンの番号をタブレットへ打ち込む方式なので、会計時に手間取らずに済むのはありがたい。

「何を食べるかな」

 ファミレスっていろいろなメニューがあるから、どうしても迷う。

 このファミレスは同じグループが運営する系列店である唐揚げ屋と連動しているらしく、唐揚げ中心の定食メニューがある。それにしようかと思ったけれど、ドリンクバーを既に入れてしまったので定食は合わない。却下。

 軽食類も見てみる。こういうのをいくつか頼んで、と思ったけれどうーん。そういうの面倒だなあ。ピザ、パスタ、ドリア。おいしそうではあるけれど、残業をこなして激烈な空腹に襲われている今、正直こんな軽い食事じゃ満足感が薄そうだ。

 丼ものもなあ。このファミレス丼ものが弱いんだよなあ。ネギトロ丼は無理。私は生の魚介類食べられないし。なんでこの季節にあるのか分からないうな丼もダメ。生じゃなくてもそもそも魚介類あんまり好きじゃない。同じカテゴリになぜか放り込まれて肩身の狭そうな牛チゲ鍋は半玉うどん入りでボリューミーそうだが、残念。辛いのが嫌なので救ってはあげられない。唐辛子一個分の辛さ表示だし多分大丈夫だとは思うけど、外食産業の辛さ表示は信用できないからなあ。

 結局、選ぶのは肉類のどこかから、ということになる。

「…………」

 通常のハンバーグからチーズin、目玉焼きトッピングなど燦然と輝くハンバーグ類のページを見ることなく飛ばして次のメニュー。しかしハンバーグの呪縛からは逃れられない。ファミレスは鉄板といえばハンバーグを載せずにはいられない人たちが商品開発をしているので。魂が男子小学生なのかこいつらは。

 …………ハンバーグかあ。

 嫌いじゃないし食べられないわけでもないが、気分じゃない。ハンバーグは永遠に私の気分じゃない。ハンバーガーならむしろ好物……ってわけでもないか。私が好きなのはファストフードのジャンクなやつであって、手料理感あふれる肉厚のパティを挟まれても「気分じゃない」になるだけだろう。

「んー……」

 デザートを見る。

 単品メニューを見る。

 ドリンクメニューを見る。

 戻って定食メニューを見る。

 丼ものを見る。

 その気もないのにアルコールメニューを見る

「あー………………」

 いかん。

 ドツボにハマった。

 自分で外食しようと思い立ち、自分で率先してファミレスに来たくせに、いざ食べる段階になってメニューの決め手に欠く。

 それはもう決定的に。

 もうなんでもいいような気がするし、かといってなんでもはよくないという考えもある。

 …………ハンバーグを見たせいだ。

 普段の夕食なら構わない。気分じゃなかろうがなんだろうが適当に飲み込んで終わりにしてしまえる。でもわざわざファミレスまで来て、そんな粗雑をしたくない。

 部下や同僚がいれば彼らに選択権を放り投げられるのだけど、自分一人の外食はこれがあるから厄介だな。

 特にファミレスは。ハンバーガー屋ならハンバーガーを、ラーメン屋ならラーメンを、牛丼屋なら牛丼を。専門店はそこへ行く=それを食べる、だ。行動と選択が直結する。ゆえに迷わない。ところがファミレスは、扱う料理のジャンルが様々であるせいで、こうなる。

 ファミレスに夕食を選定する際、時間と地理的条件、食事中にするべきことを加味した。しかし食べる料理は文字通り加味しなかった。だからいざメニューを選ぼうという段になって、そこを決める基準をごっそり取り落としていることに気づく。

 こういうことがあるから、フェミレスは選ばないようにしようと利用するたび思う。にも関わらず、こうやってまた来てしまう。裏返せば、料理の選定という面倒以外はむしろ高評価なのだ、私にとってファミレスは。

 深夜のファミレスは。

 悩んでも埒が明かない。ひとまず注文リストに入れていたドリンクバー、それからメインディッシュを決めるまでのつなぎとしてクーポンにあった単品ポテトを確定する。財布とスマホだけ小脇に挟んで席を立ち、飲み物を取りに行く。

 ファミレスが大手のチェーン店である以上、ドリンクバーだってどこにでもある普通のものだ。しいて言えば、いくつかオリジナルドリンクを供するサーバーがあり、コーヒーマシンがあり、お茶を淹れる器具が準備されているくらいか。それだって、ファミレスによってはあって当然のものにすぎない。

 私はもういい加減年だから、まさかドリンクバーで飲み物を混ぜるなどという愚かしい遊びに興じることもない。そもそも幼いころだってそんなことは一度もしなかった。そういう遊びをしている人を見たこともない、のは、単に私が一緒にファミレスに行くような友人を持たなかったためだろう。ドリンクバーで飲み物を混ぜる行為は、だから私にとっては下駄箱の中のラブレターと同じものに過ぎない。あくまで物語のお約束としての描写、あるいは昔はそういうことをしたという大衆の集団幻覚。

 じゃあ年相応にウーロン茶でも、とはならない。せっかくドリンクバーを頼んでおいてお茶を飲むほど落ち着いても枯れてもいないのだ。グラスを取り出し、氷を入れ、ドリンクバーにセット。

 私が選んだのはカルピスのメロン味だ。

 カルピスのメロン? と思うかもしれない。そんなものを? それじゃあウーロン茶を飲むのと大差ないのではないかと。せっかくのドリンクバーでらしくないのではないかと。しかし実のところ、カルピスのフレーバーは安定的に入手できるとは限らない。期間限定だったり、突然消えたり、原液の状態でしか入手できなかったり。

 私は原液を水で割って飲んだり、そういうのは得意じゃない。絶対に味が薄くなる。インスタントの味噌汁すら、今使っている汁椀の模様を目印にしているからどうにか作れているようなものなのだ。あの目印が無かったら、どこまでも薄いミソスープが完成する。

 ゆえにドリンクバーで遇されるカルピスのフレーバー違いは、ファミレスで飲むに値する一品と言える。私にとっては。

 カルピスを手に戻る。座ったところで、厨房から従業員が出てきた。

「ご注文のポテトになります」

「…………」

 きつね色に揚がったポテト。あくまで単品、メインが食べられなくなるほどの山盛りではなく、むしろ少し物足りなさを感じるくらいの量。まさにつまむに適当な一皿だ。

「いただきます」

 直接、手で食べようとしたけれど、それは止めてと。カトラリーはあらかじめテーブルに置いてある。箱から箸を取り出して、まず一本を食べる。揚げたてのホクホク。塩も適度に効いている。

 そこへすかさず、カルピスメロンを飲んだ。

「うん」

 落ち着くな。しょっぱいポテトを甘ったるいジュースで流し込むと、気持ちが楽になる。メニュー選びに難儀していた心が少し和らいだ。

 そういえばと思い出し、ポテトを食べながら鞄からノートを取り出す。仕事上のメモなどを記したもので、私の目的はさきほどの残業の内容にある。

 面接官としての業務は既に何度かこなしたことがあるので、研修や講座の内容はノートに取る必要もない。しかし面接官同士であらかじめ就活生に出す質問のすり合わせをしなければならず、こればかりはきちんと記録しておく必要があった。

 運も実力のうち。就活生にとっては質疑応答を適切に進行できる面接官を引き当てるのも大事な社会人としての能力。そう仮定したとしても、面接官側が試験の公平性を確保する努力をまったく怠っていいわけではない。

 質疑応答の内容は、基本的に面接官同士で相談して決めており、これに準じたものを尋ねることとなっている。そうしなければ、面接結果の良し悪しを計るのも難しいという事情もあった。

 まあよっぽどのことがない限り、変な質問はしないけどね。採用した新卒くんはいずれ面接官の部下になるのだから、私たちは一緒に働ける人間かどうか計る質問をするに決まっている。五分程度の簡単な自己紹介をしてもらい、履歴書の記述と自己紹介の照合。志望動機を尋ね、我が社や業界全体のイメージや展望について語ってもらい、その中で自身がどういう働きをしたいか聞く。

 我が社は設立二十年程度の新興会社だけど、成長企業として人気が高い。求職者の数は新卒だけでも相当なものだから、それだけの質問で用意された面接時間はオーバーすることがほとんどだ。

 しかし、面接時点で興味を引くほど際立った人材にはさらなる質問をする可能性がある。あるいはあまりにスムーズに進行し、制限時間を余らせた場合にも。そのための質問こそ、面接官同士で調整する必要があると言える。

「一時期流行ったよねえ。面接で変な質問するの。君はされたことある?」

「いえ、とくには」

 面接官の中では私が最年少だから、そういうことを聞かれやすい。決して私の就活キャリアが長いからではない、決して。

 いやマジで。私が長いこと就活していたのは、経歴を見れば分かるから知っている人は知っているけど。それこそ人事の人たちくらいのもので、後はそもそも同僚の詳しいキャリアなど知らない場合の方が多い。

「あれですよね。百円の缶コーラを千円で売る方法を答えろ、とか」

「そうそれ。よくビジネス書の題材になったなあ」

「あの手の質問が流行ったのは私が高校生くらいの時期ですよ。もう二十年は前です」

 二十年! 言ってて自分でびっくりした。

 当時の就活生はそんな馬鹿らしいとんちクイズの対策までする羽目になってご愁傷さまというところだが、少し世代の下る私たち高校生はあほらしいと白けていたのが実情だ。

 意味のないクイズを面接で出すために、一冊二千円はするビジネス書を買いあさるスーツ姿の客を本屋で見たときは、マジにこんな社会で働きたくないと思った。

まだ経済的自立の重要性を知らない、本当のガキの頃の話だ。

 閑話休題。そんな昔はどうのとか今はどうのという年寄り臭い世代論争のためにノートを開いたんじゃない。私が思い出したのは、すり合わせた質問のひとつ。他ならぬ私自身が「これを聞こう」と案を出したものだ。

 その質問は至極簡潔。

 飲食店の深夜営業についてどう思うか、だ。

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