第11話 女子高生の謎

 「……では、皆さんは将来の社長さん……?」

 あれ、皆さんが静止画像になってしまった。僕はなんと言葉を繋げたらよかったのだろう。

 「えっ、あら、まあ、それ?やあっだぁ、センセ、それは和兄だけよぉ~!アタシと基にはそれぞれ兄がいるから、そっちは大丈夫なの」

 あ、そうなんだ……。

 「僕……いや、俺は別に本橋の社長は真奈美ちゃんでもいいと思っているんですけどね」

 「ん?私は前から本橋自分のところへは就職しないって言ってるじゃない、和弥くん?」

 真奈美さんが振り向きながら加わる。

 どういうこと?

 「まあ、お掛けください。こちらをどうぞ」

 基くんが差し出したファンシーなお皿には、これまた可愛いミニカップケーキが乗っていた。

 「ずるい。基くん、こんな可愛いのがあったら先に言ってよ」

 真奈美さんが口を尖らせる。外見はサッパリとボーイッシュなのに、やはり女の子、可愛いものに心を奪われるものなのかな。

 「真奈美ちゃんはシメのブラックコーヒーと一緒にあげるね」

 「ッス。期待してます」

 ん?ッス?この子、どういう子?

 「可愛いなあ。トッピング?がドライフルーツなんだね。どれを頂こうかな……」

 僕は迷う。優柔不断ではないと思うんだけど……熟考かな。

 「お好きなものをどうぞ。あっちにはこれを持って行ってくれ、葵」

 「はいよ」

 「俺もこっちで飲むかな?隣、いいですか?」

 本橋さんが僕の横に立つ。

 「えっ、お構いなく、じゃなくて、どうぞどうぞ」

 うーん……僕は案外人見知りなんだけどな……。カフェにもバーにもお邪魔するようになってだいぶ経つけど、未だにカウンターでひとりランチ、ピン飲みが殆ど。時々常連さんと顔を合わせても挨拶程度しか言葉を交わせない……。まあ、賑わう時間帯は極力避けるようにしているけどね。元々は他人とあまり打ち解けないようにしていたからか、癖か処世術なのかな。ゲイバレは避けたかったし。

 両隣が葵くんの従兄弟(妹)になってしまった。うう、緊張する……。基くんが心なしか笑っているように見えるけど、気のせい、だよね?

 「葵くんが田部井さんのことをセンセと呼んでましたが……医師か弁護士とか?」

 「えっ、いえ、違いますが」

 「和弥くん、それって御法度みたいなんだって。会員どうしであまり詮索しないよう言われてるけど」

 「えっ?あ、そうなんだ?すみません。俺、部外者なもので。この会には時々遊びに来させてもらってる程度なもので。真奈美ちゃんは会員だっけ?」

 「うん」

 僕は正直に話していいものか考えあぐねてしまい、二人の会話をただ聞いていた。

 「ちょっとお、まなみんは準会員でしょっ。この未成年がぁ」

 「でも会員規約が書いてあるパンフレットは貰ってるよ。アレ、会員用でしょ。守ってるし」

 「まあそうだけどもぅ。まだアルコールが許されてないからねぇ。あ、基、アタシにビールお願い」

 え、葵くんが真奈美さんの隣に座ってしまった!つまり、僕の隣に……。

 「なんだよ。今日はお前もそっちか?あっちはいいのか?」

 あっちとは、桜の枝が飾ってあるテーブル席のことだと思う。三名が静かにグラスを傾けている。二十歳代かな?皆若そうだ。他の会員さんは遅れる来るのかな?

 「いいのよ。今日はみーくんの失恋を慰める会なんですって。和兄、近付いちゃダメよ。宜しくね」

 「ん?うん。わかったけど。……何故かな」

 「妻も子供もいて幸せそうな異性愛者ストレートは今は目障りな対象らしいからよ。和兄のこと、気にしてたもの」

 ……あ、僕にもそれは理解出来る。最初、本橋さんとご挨拶をした時の左手の薬指を眺めてしまった。葵くんと仲が良さそうだから、葵くんと不倫関係でも?とか、リングは女性避けのカモフラージュかも? と勘ぐってしまったな。

 ……そうか、妻帯者か……。

 少しホッとしたので、可愛いカップケーキを頂くとしよう、と手を伸ばす。うう、いつもより近くに葵くんがいると、なんか緊張してしまう。嬉しいけど……。なんだよ。中学生みたいじゃないか。いいトシして。独り恥ずかしさに耐える。少し動悸がしているのはアルコールのせいにしよう。

 真奈美さんがどうしてゲイオンリーの友の会(趣旨は合っていると思う)に入会しているのかは謎だけど、余計な詮索は規約にもある通りタブーだから、僕はそれ以上考えないようにしよう。

 当の真奈美ご本人さんは、ケーキを頬張りつつ、チラチラと葵くん越しにこちらを見ていた。僕の隣の本橋さんを見ているのかもしれないけれど……。

 「あらセンセ、今日はちっとも減ってないじゃないの?具合でも悪くて?」

 「えっ」

 僕はいつもと変わらないペースで飲んでいるつもりなんだけどな。

 「田部井さんはイケる口なんですか?」

 両隣から問われても緊張しているせいか、言葉が直ぐに出ないよ……。

  「なんでこんな所に女子高生がいるのか不思議なんでしょ?」

 「えっ?」

 ちょっと、三人で僕を見ないで欲しいな……見るなら彼女を。

 「あ、それは俺も思ってた。理由を聞いてもいいのかな。部外者なんだけども。あ、会員でもタブー?」

 本橋さんが身を乗り出して来た。

 「あら、まなみんの特別参加に際しては、オンリー会員には一応お断りというか背景は伝えてあるからいいのよ?ね、まなみん」

 ……三人が僕の方へにじり寄り、距離を縮めて来る。僕を挟んで会話をしないで欲しい……なんだかややこしそうな理由が有りそう?

 彼女はうんうん、と頷く。口にケーキがいっぱい詰まっている。満足そうにジュースも飲み込む。

 ふう、と可愛らしため息をついて、無邪気な笑顔でとんでもない言葉を吐いた。

 「ねえ、田部井さんて、攻め受けどっち?」

 隣の葵くんは飲んでいたビールに激しくむせ、本橋さんは意味が分からずに「?」といった表情を浮かべている。

 僕はと言うと……質問の意味は分かるが、それよりは攻め、の反意語は守る、なんだよ、と国語科講師の性が前面に押し出されてしまう。誰だよこんな女子高生が攻め受けなんて普通に使うような環境を作り上げたのは……。

 「ちょ、ちょっとまなみん!やぶから棒にんなコト口にしなさんな!てか、センセに失礼でしょう!」

 咳き込みをこらえながら葵くんは何故か僕の方を覗う。や、だから、見るなら彼女の方をね。

 「あ、その前の質問があったか。ごめんなさい。えっと、田部井さんの初恋っていつ?その時にゲイって自覚したんですか?」

 ……なんとまあ、ど直球過ぎる傷のえぐり度満載な質問をスーパーナチュラルに投げてくれるお嬢さんなんだろうか。

 ちょっと、皆さん、何故に注目されているのでしょうか。個人情報の保護は?タブーはいずこに? 

 真奈美さんをちらっと横目で見やると、真剣な顔で僕を見つめていた。


……真面目に応えるべきか。そうだね。それならばこちらにもご協力願います。

  「皆さんは?幾つの時に初恋を経験しましたか?」

 そう。これは正しい答えだったのだ。


 

 

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