第10話 人生の分かれ道
一年前のあの日。
もし、あの時、あのバスの中で学生たちが
もし、あの時、僕が学生たちの会話に耳を傾けていなかったら。
もし、あの日、ここを探そうと僕がアパートから出なかったら?
源さんの家の若奥さんに会わなかったら?彼女が太郎くん(犬)の散歩に出掛けていなかったら……?
……今、僕は
この会員制倶楽部に誘われた時、葵くんの趣味らしい可愛いメルヘンチックなイラストの小さなパンフレットを頂いた。最終ページには会員規約みたいな文面があった。
ここは出会いの場ではないこと。
金銭の貸借や何事にも勧誘活動はしないこと。
個人情報を詮索しないこと。
また、この会の外での個人情報のやりとりは自己責任で行うこと。入手した個人情報は外部には漏らさないこと。
恋愛問題は自己責任の問題であり、会員に迷惑等をかけた場合は退会処分とすること。
……僕たちは諜報活動でもするの?
葵くんと基くんて……何者なんだ?
と、パンフレット(小冊子だけど)を読んだ時にそう思った。それとも、これは常識なんだろうか。
本日は様子見なので、会員間では挨拶程度にしか自己紹介をしていない。分かるのはせいぜい名前くらいだ。葵くんは、会員を殆どニックネームで呼んでいて、もしかしたらそれって本名を記憶に留まらせないようにしているのかな?と穿った見方をしてしまう。
しんちゃん、わくちゃん、みーくん、かず
詮索するなと言われても無理があるよ、葵くん……ヤケに親しそうなんだけど。その人と……。まさか葵くんの恋人……?不倫相手なのかな……?
基くんに聞いてみたいけど、個人情報を詮索するなと会員規約に書かれているし、僕はまだ正式入会してないし。
なんだか、恋愛感情が錯綜していて僕は浮き足立っているなあ……久しぶりに味わう感覚に、嬉しいやらもどかしいやら。
会員の中には葵くんや基くん目当ての子とか、いるだろうし……僕みたいにね。ああ、近い。近いよあの二人……。
「先生、何か良からぬ想像をしてませんか?」
カウンターで、テーブルに飾ってある桜の枝越しに二人をチラ見しながらビールを飲んでいた僕に、基くんが話しかけて来た。会員はあと数名来店するらしいけど、まだ見えていない。
「えっ、良からぬ想像?」
ってつまり筒抜けなんですか、僕の思考は?桜を愛でていただけです……って説得力皆無だな。
「和弥さんは、葵の従兄弟なんですよ。で、この店の取引先の営業さんなんです」
「従兄弟……?じゃ、基くんも?」
「いや、あっちはアイツの父方の従兄弟。俺らは母方の従兄弟なんで」
「母方の……?って、あれ、葵くんと基くんて苗字が同じじゃなかった?」
ん?個人情報を詮索しちゃったか?
「オンリー会員ならば踏み込んで事情を話してありますから、先生にもお話ししますよ。実は……」
カランカラン、とその時、ドアベルが鳴った。
「今晩はー。遅れましたー」
女の子みたいな子が入って来た。
え?女の子じゃないか?って……まだ高校生くらいじゃないか?
「あらぁまなみん、パパのお許しが出たのねぇ~よかったわ!」
まなみん……?やっぱり女の子だよね?
「うん、
「今晩は、
「バナナジュース!すっごくあっまいやつ!基くん、ケーキはある?」
「あるよ。バナナマフィンと苺ショート」
「やった!両方ください。シメはブラックコーヒーでお願いします」
「はい。ちょっと待ってて。あ、おしぼりとお冷やは」
「セルフでやるから大丈夫」
「了解」
やけに親しそうだな……ただいま日曜の夜七時半。いいのかな?父親が許可したらしいが。他の会員さんにぺこりとお辞儀をした。中には手を振って応える人もいる。皆さんとは面識があるのか?ここはゲイオンリーじゃないのか?
「今晩は」
ショートボブの、トレーナーにGパン姿のボーイッシュな女の子は、僕の一つ隣に腰掛けた。カウンターテーブルにおしぼりとお冷やをしっかり確保して。って、場所を知ってるの、君?
「こ、今晩は」
「新人さん?」
え、新人さんて!?君、会員なの!?て、まだ高校生くらいだろう!?え、女の子だよね?まさか、男の
「葵くん、こちらの方が困惑気味だから説明ヘルプ!」
僕が返答に詰まっていると、凄い突っ込みがなされてしまった。
えっ、えっ、僕ってそんなに分かり易いでしょうか?
「あ、センセ、丁度よかったわ。紹介します。和兄もちょっと来て」
え。えと、さっきその人は、確か本橋さん、て言っていたような……?
和兄こと本橋和弥さんが葵くんと一緒に近付いて来る。僕は椅子を降りて、立った。すると女の子(だと思うんだけど)も立って、二人の側へ近付いて行く。
「センセ、紹介しますね。アタシの父方の従兄弟の本橋和弥と、本橋真奈美です。アタシの父親は本橋から
「は、初めまして。田部井渡です」
「こんにちは。女子高生ですけど、宜しくです」
あ、やっぱり女子高生なんだ!
「先ほどは詳しくご挨拶出来ませんでしたが、僕は本橋から杉崎へ修行に来ているような者でして……時々遊びにお邪魔しています宜しくお願いします」
「あっ、こちらこそ、宜しくお願いします」
……ん?本橋から杉崎へ修行……?今さっき、葵くんがお父さんが杉崎へ婿養子って言ってなかった……?
「田部井さん、もしかして葵くんと基くんの苗字を知らないのですか?」
真奈美さんが葵くんを見る。
「あっ、そうだったかも!センセ、アタシたちは杉崎葵と杉崎基って言うの」
???
「葵、さっき俺が話そうと思ってたんだ。丁度真奈美ちゃんが来たタイミングだったから言えなかった」
基くんがケーキやジュースを運んでやって来た。
「え、えっと?」
基くんが真奈美さんの注文の品をテーブルに置いた。
「はい、召し上がれ」
「やりぃ!有難う基くん」
真奈美さんは座り直してバナナジュースを飲み始める。
「頂きます。んまい~あまぁい~これこれ」
もうこの子は目の前のことに夢中らしい。僕はもういいのかな。
「……あのね、アタシの父も基の父も同じ婿養子なの。でね、母の父親から杉崎の会社を継いだワケなんだけど……」
杉崎?会社を継ぐ?婿養子?
あ、葵くんのお父さんは和弥さんと真奈美さんと同じ「本橋」か?
「会社?」
「俺たちの父親が杉崎を二つに分けて、本社は俺の父が、支社は葵の父が継いだんですよ」
「でね、和兄は本橋から
僕はこんがらがって来た。飲み込みは早い方だが、ちょっと複雑過ぎないか?
「修行……?」
「実は本橋も事業をやってまして。今、おじさんの
「え、そうなんですか……」
なんか、つまり?皆さん社長のご子息方ということ……?
……え、何この人たち……。
僕は身近で社長令嬢やご子息と直に知り合ったことがなかった。
学生時代には同級生にチラホラ存在していたけれども。
……なんかイメージが違うような人たちだという印象があるなあ……。会社経営?え、時期社長さんなのか……?
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