第9話 オンリー会員、オンリー日
僕は年度末は僕なりに多忙を極めていたので、会員制倶楽部には四月から正式に入会することとなった。
「基、アンタ鼻が利くわねぇ。アタシちょっと見直したわ」
「ひとを警察犬みたいに言うなアホ」
……僕は薬か犯人か何かですか。
葵くんは、僕が自分とナチュラルに会話が出来ていることは、僕が何らかの対人業に従事しているからだろうと思っていたそうだ。
うん、それは合っている。未成年ばかりだけど。受験生を受け持たない塾講師だから、父兄の方とは殆ど接点はないけどね。
「ふぅん……田部井センセがねえ?」
「意外でしたか?」
「人に慣れていたのねぇ。職業柄だったのねえ……今思うと」
僕は基くんを見てしまった。
彼には自己申告済みなんだ。僕は葵くんのような子が好みらしくて……。いや、事実僕は葵くんを……いや、どうこうなりたいとかじゃなくて、好きなんだと自覚したわけで、って中学生か?この歳になって……。
基くんの表情は読めない。ポーカーフェイスかと思いきや、仏頂面が素であって、そのまま接客をしていて……くるくる表情が変わる葵くんと正反対で、あまり表情筋が活躍しないタイプだった。全く読めない。
日曜ブランチは、今日はとても早く来てみた。こんな風に基くんと葵くんを独占出来ることが嬉しいなんて、子供みたいだと思う。それだけ日常生活にストレスを感じ、蓄積していたのかな。基くんもゲイだと分かった今は特に、この空間は何ものにも代え難い。内縁の妻くんと同じくらい大切になった。僕の癒し。新しいオアシス。
あれ?オアシスと言えば。
「今日は
源さんこと源作さんは、定休日の月曜を除くほぼ毎日、
帰りが遅いと何か食べてやしないかと、奥さんや息子さんのお嫁さんが迎えにやって来ることもある。僕はその時、ここを探していた時に教えて頂いた女性に再会した。源さんの息子さんのお嫁さんだったのだ。いつもならば、まだカウンターの端っこの指定席で、コーヒーの後のエア一服をしているところだ。酒も煙草も強制的に止めさせられたそうだ。妄想で喫煙している姿を見ていると少々気の毒になる。いつもはこの時間帯は源さんの貸し切り状態になっているそうだ。
「今日はお留守番があるからって早めに帰られたの」
「留守番ですか……」
「ああ、従兄弟さんの三回忌法要だって言ってたな」
「従兄弟の?」
「遺影に『俺の酒が飲めねぇのか!』とか言われているようでいたたまれないんですって。法要後に会食もあるでしょう?食べられない、飲めないじゃ周囲にも気を遣うようだし」
あ、糖尿病か……お料理が結構出るし、お酒も必須だからな……。
「後でコーヒーの匂いがする線香と酒を手土産に墓参りでもするさ、って言ってたわよ。コーヒーも好きだったみたい。そんな香りのお線香もあるのねえ。お花の香りならば色々あるのは知ってたけど」
そうか……その従兄弟の人も、源さんと同じくお酒やコーヒーが大好きだったんだな。
「病気によっては塩分控えめとか生野菜が食べられないとかアレルギー症状を起こすから特定の食材がタブーとかあるから、外食は無理があるよな……」
基くんが腕組みをして渋い顔をした。
「あのねぇ、個人情報保護法に引っかかるかもしれないけどさぁ……昨日のランチタイム後に見えた老夫婦、覚えてる、基?」
「ん……あ、ラストのお客様だな」
「奥様がねえ、お会計の時にこぼしてたの。結婚する時に『どんなに家計が苦しくても、月に一度は外食すること』って約束していたのに、私が胃の手術を受けたものだから、主人に約束を守らせてやれないのが心苦しいの、って」
「うーん。なんか切ないですね……」
葵くんは本当に残念そうな顔をしているので、僕は口を挟むべきではないけれど……つい言ってしまった。
「でしょう?切ないし悲しいわよねえ。せっかくお二人とも長生きされているんだから、月イチの外食くらい楽しみたいわよねぇ~」
「月に一回ですか……あの活動みたいですね」
「ああ、オンリー会員のヤツね?」
葵くんが嬉しそうに頬を緩める。仲間が増えたので嬉しいらしい。
「オンリー会員……あ、only parkだから?」
「そうです。会員をオンリー会員、バータイムを貸し切りにしてイベントをやる日をオンリー日と呼んでます。あ、先生、今月末に花見会があるんですけど、下見がてら参加されませんか?月末はまだお忙しいですか?」
基くんがカレンダーを見ながら聞いて来た。そっか、僕の正式参加は来月だから……。
「あっ、そうよセンセ、顔出しだけでもちょっとくらいいいじゃない?お花見しましょうよ!」
「……え、地下でお花見?」
無理がなくない?
「んふっ。その頃ならば、
なんだか、楽しそうだな。この二人の他にあと数名のゲイの人が集まるんだ……。僕は受験生を受け持たないから、新年度早々職場環境はそんなに大変じゃない。だから準備もそれなりだ。
「正式入会は来月だけど……参加させて頂けるなら、お邪魔してもいいでしょうか……」
「もちろん!」
二人が同時に言葉を発した。
うん、妬けてしまいそうなほどに……。なんて言ったらいいのかな。息ピッタリ。
基くんに嫉妬してしまいそうだった。
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