第8話 後からやって来た自覚

 基くんにゲイだと見破られて誘われた会費制倶楽部『M only park 』に入会した僕。何処で分かったのかと聞いてみた。

 「うーん……実は、初めて先生がバータイムにいらした日、ですかね」

 と、なんとも恐ろしい答えが返って来たではないか!

 「そんなに僕って分かり易かった?その……どの辺が?」

 返答内容によっては今後の参考になることだし助かる。

 「そうですね……違和感という感じかな。先生が葵を見て、あまりにも普通に接していたもので……ちょっと」

「普通?」普通は普通に接するだろうと思うけどな。

 「どうして普通だと変なのかな?」

 「あー……そうですね。初めてのお客様は、アイツをご覧になると大概引かれるんですよ。うっ、と身構えるというか立ち止まりますね。田舎だからだとは思いますけど。先生は最初から慣れているように見えました」

 「……立ち止まる……か」 

 うっ、鋭い。実は大学時代はオカマバーの常連だったです。

 そうだよな。僕はに会えると思ってここに来たわけだから……。

 「何が立ち止まるの?」

 急に葵くんが後ろから声をかけた。

 僕は心臓が急停止しそうになる。

 今は店内にお客さんは数名しかいない。静かだから話し声が聞こえてしまうかな、とも考えたけど、僕はどうしても基くんに聞きたくて仕事中なのに呼び止めてしまった。

 日曜ブランチは早めに来ている。ランチタイムはやはり混むのだ。僕は落ち着いて食事を摂りたい。朝のティータイムのお客さんが去った後は割合空いているので、そこを狙って食事を済ませ、後はコーヒーをゆっくり飲んで、と算段していた。飲み終わる頃にはだんだんランチ客がやって来る。

 「初めてのお客様はお前をご覧になると、立ち止まるどころか立ちすくむという話だ」

 「ちょっとぉ人を化け物みたいに言わないでちょうだい」

 口を尖らせた葵くんも可愛い……ん、僕は何を?

 「あら、センセはそんなことなかったですよねぇ?むしろアタシに見蕩れてましたよねぇ?」

 「えっ!?」そうだったか!?

 「んなワケあるかアホ」

 基くんのフォロー?突っ込み?が入って有り難い。

 え、でもでも葵くんがに気付いてた??基くん、この子は鈍いって言ってなかったっけ!?

 僕は横目で基くんを見た。

 基くんは微妙な顔つきで首を小さく横にずらした。

 僕は全身がかあっと熱くなるのを感じて、何を焦っているのかと自分に言い聞かせた。

 「そんなことより、センセ、食後のお茶はどちらになさる?」

 ?……あ、リップサービスか社交辞令かセールストークかからかいか?はあ、びっくりした! 

 「……今日はチャイでお願いします」甘いものが欲しい。

 「お砂糖は?増し増し?」

 「普通でいいです……」

 「ですってよ、基」

 「はい、少々お時間頂戴しますね」

 「はい……」

 この間、基くんに要らぬご指摘とアドバイスを頂いてから、僕は葵くんを意識し過ぎてしまって心臓の鼓動が止まらない……あ、止まったらアウトか。動悸だな動悸。しっかりしろ、自分。


 僕はまだ自分で自分が分からなかった。葵くんはいい子だと思う。人懐っこいし、優しいし、丁寧に話を聞いてくれるし、明るいし……ころころ表情が変わって可愛いし、親切で面白いところもあって……。

 僕は、葵くんが好きなのか?

 それって、どんな種類の好き?

 ……おいおい、中学生でもあるまいに。アラサーを越えたんだぞ?四捨五入すれば三十になるけど……。

 もう少しで誤答を無視して全問正解にしてしまいそうになった。

 漢字百問の解答チェックは今の僕には少々辛いよ……止そう。学生たちはもっと辛いんだ。受験生を担当している講師たちはそれ以上に辛い思いをしている。推薦で合格した生徒や前期試験の結果が出た生徒がいる一方で、センター試験の結果が悪く早くに浪人を決めた生徒もいる。

 これからどんどん合否結果を報告してくる塾生が増えることだろう。それに伴い志望校を直前に変えたり二次募集や繰り上げ合格など、条件やご家庭の経済状態によって、まさしく十人十色、千差万別だ。対応する対策室の教務長兼室長は、この時期胃薬と睡眠導入剤は手放せないと言っている。

 「いいか、今回の失敗や成功は長い人生の中でほんの一瞬なんだ。時間は止まっていない。これからどんどん君たちの前には頭を悩ませる分岐点や試練や快楽を伴う人生のリトマステストや振り分けのあれこれがやって来る。だから一喜一憂はしても、後ろばかり振り向くな。前ばかりを見つめるな。。今を大切にして生き抜け!」

 室長、いいこと言ってるなあ……。

 

 今を大切にして生き抜け……。

 ……うん、僕にも響いたよ。

 今の僕を大事にしよう。

 今の僕、は?

 ふっ、と動悸がおさまった気がした。

 僕は、今の僕は……?

 葵くんが好きだ。ただそれだけ。

 僕はようやく自覚した。

 

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