第6話 二人の関係と僕の関係

 「ふー、お腹いっぱい食べてしまった。美味しかったです。ごちそうさまでした。お会計をお願いします」

 「はぁい」

 「葵、田部井さんにちゃんと話しておけよ」

 「あっ、そうね、ってアンタが言ったっていいでしょうにもう~」

 「?」なんだろう,と思ったら、表の看板に偽りあり、という話だった。なんでもお客さんの要望で、開店当初に決めた営業時間がカフェタイム、バータイムとも三十分ずつ後にずれているらしい。そろそろ直さないと、と業者に依頼したけど、ゴールデンウィーク明けにならないと着手出来ないと言われたそうだ。

 「あっ、そうそう、そのゴールデンウィークはねぇ、ウチは一日おきに営業しますので宜しくです」

 「一日おき……?」

 「ええ。曜日や定休日関係なく、四月二十九日と、五月の一日、三日、五日を通常営業しまして、間はお休みさせて頂いてます」

 葵くんはカレンダーを見ながら説明してくれた。本当だ。間の日付に赤丸がくれてある。

 かき入れ時じゃないのか?毎日営業しなくてもいいのか。まあ、僕は外食オンリーじゃないし、出勤日もあるからシフト表と照らし合わせてみよう。

 それにしても、この二人の関係はなんだろう。お互い名前を呼び捨て。しかも「お前」「アンタ」と、なんだか熟年夫婦のようだ。

 会計を済ませると、小さなカードを渡された。バータイムにはなかったポイントカードだった。

 ……うん……また、来るけど。なんだか嬉しいな。カードにポイントがたまると、飲食代から五百円を引いて貰えるそうだ。千円でスタンプ一個か。全部で幾つあるのかな。子供のようにワクワクしている自分がおかしかった。


 ゴールデンウィークのシフト表が出た。僕はほぼ毎日が午前中の集中コースに入っていた。午後はフリーだった。直前までは出ないなんて、コースだけが決まっているだけなんだな。生徒は講師を選べないんだ。家庭持ちの講師たちは予定が立たないのではないか、と要らぬ心配をしてしまう。気の毒に。

 僕はこの様子ならばバータイムに行ってもよほど深酒をしなければ翌日の授業に差し支えがないかな……。今年も実家への帰省は無理そうだ。仕事を大義名分にして帰省を避けられるのは助かる。

 

 後で常連さんに聞いた話によると、連休中は店の周辺の人たちがそれぞれ旅行や里帰りなどで岬には足が向かなくなるらしく、いっそのことずっと休もうかと思ったそうだ。でも、逆に祖父母宅へ遊びに来た子供たち家族と手軽に近場で外食を済ませたいとの意見が上がり、近くのファミレスには車がないと不便な土地柄もあって、岬が徒歩圏内でとても重宝なんだそうだ。それならばと隔日営業を選んだらしい。

 ああ、この前の団体さんみたいなお客さんかな。営業日が前もって分かっていれば予定も立つものだし。地域密着型なお店なんだな。

 最初は葵くんがああいう人だから、僕は親近感と懐かしさで岬へ通うきっかけになったけれど……今は違うと思う。出されるお酒や料理が特別美味だ、という訳でもないけど(美味しいけどね)、葵くんと基くんとお客さん込みの空間がとても居心地がいい。僕は本当に運がいいな。

 連休中にリピート率が高かった僕に、葵くんが興味を示して来た。

 「田部井さんてご家族は?家庭内サービスとかいいの?」

 バータイムではいつにも増してお客さんが少なかった。葵くんは暇そうにグラスを磨いていた。

 「僕は独り者の独り暮らしです」

 「ふぅん。この辺にお住まいなの?」

 「うーん、少し離れているかな。来る時はそこのバス停で降りるけど、帰りは十五分くらい歩きますから」

 「あらぁ、じゃ、今はいいけど冬は酔いが覚めちゃうわねえ」

 「はは。気が早いな。そうですね。葵くんは?」

 「アタシ?アタシも独りもんよ」

 「基くんと一緒に住んでいるの?」

 「ギャッ!危なっ!」

 もう少しで持っていたグラスを落としそうになる。

 「すみません。基くんは別にご家庭があるんですね」

 「やぁっだぁ、田部井さんたら何を仰ることかと~もう~アタシとアイツが一つ屋根の下に住むなんてぇ!」

 ヒューヒュー!と背後のほろ酔い客から口笛が飛んで来た。会話を聞き耳立てて聞いていたのか……。

 だって、彼らは誤解を招くような会話をよくしているんだ。日曜ブランチの日、僕は珍しくお昼近くまで寝過ごしてしまいランチタイムスレスレで飛び込んで、カフェタイム終了まで残っていた時があった。

 基くんは後片付けをし始めたんだけど、葵くんは「ちょっと洗濯物を取り込んで来るわね。後、お願い」と言って帰宅したんだ。基くんは基くんで「今日は早めに来いよ。予定が狂うからな」なんて……確かその日はバータイムの営業はなかったはずなのに。何か二人で出掛けるのかな?とか、なんだか二人がお店だけではない付き合いというムードというか、本当に営業中も阿吽の呼吸で息ピッタリで。

 「田部井さん、アタシも基も独りもんよ。だけど家は別々にあるの。なんか妙な誤解されてるでしょう?大昔からよく言われてたわぁ。そんなこと有り得ないのに~!」

 「えっと……凄く仲がよさそうなので……」

 葵くんがさらりと言ってのける。

「あら、だってアタシたち、生まれた時から一緒ですもの」

 「はっ?」僕もグラスを落としそうになる。焼酎がもう少しで零れてしまうところだった。まさか兄弟とか!?

 「あーおーい、そんな言い方をするから誤解されるんだ、このアホが」

 基くんもひと仕事終えてカウンター内に入って来た。

 「俺たち従兄弟なんですよ。で、実家は近所というかはす向かいにあるから……赤ん坊の頃からお互いの家を出入りしてたもので」

 「なによぅ!これから田部井さんにクイズで出そうと思ってたのにぃ勝手に教えんなっての」

 「従兄弟……?」

 ここまで全く似てない従兄弟っている?という顔を見て取られた。

 「んふ。似てないと思ってるでしょう?基は父親似でアタシは母方のじーさま似ですのよぅ」

 「あ……そうだったんですか……」

 なんか納得がいったぞ。と、どこかで……ほっ、とした?

 気のせいだと思った。

 「そういえば、田部井さんはブランチにはいらっしゃらなかったですね。一日くらいお見えになると思ってましたが」

 基くんもグラス磨きを始めながら呟くように言った。

 「あ、毎日集中コースの授業があったものですから来れなくて」

 二人が驚いた顔をしている。

 「授業?学校の先生でしたの!?てか連休中に学校ってあるの!?やっ、それより科目は?何科のセンセ!?」

 何故か葵くんがカウンターに身を乗り出して来た。

 「えっと、塾の講師なもので……学校の教諭ではなくて、えと、科目は国語全般ですね……」

 僕の話を聞きながら、葵くんの目がみるみる内にまん丸になっていく。

 「やっぱり!わたるちゃん先生だって!ビンゴ!!国語でしょ、塾のバイトもしてたわよね!そうよね!」

 「えっ!?」僕は下の名前は話してなかったはず?

 本名は田部井渡だけど、でも?塾でバイト……って大学生の頃の話で? 

 ……「」先生って何……?


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