第4話 出会った時はこんなにも  

 翌週の火曜日に、僕は再び岬を訪れた。午後九時より少し前だった。

 先日は見えなかった別の小さな看板がぼんやり照明に照らされていた。

 だけど……シャッターが締まったままだ。今日は営業しないのかな?とうろうろしていると、急にシャッターがガーッと音を立てて上がり、ドアのカギを開ける音だろうか。ウィーン、カチッと続けて機械音が響いた。

 地下へと続く階段の照明が明るく点る。まるで「どうぞこちらですよ」と誘導されているみたいだ。

 入っても、いいんだよね……?僕はそうっとドアノブを握ってみた。

 開いたということは、地下へ行ってもいいんだよね?と降りて行くと、まだ準備中のプレートが掛かっていた。

 あれ?九時過ぎたけど、まだなのかな……?まあ、オープンまでここで待てばいいや。

 僕はスマホを取り出した。マナーモードにしなきゃね。

 スマホの画面の光が半透明なドアに反射した。ドアの向こうがうっすらと透けて見える。向こうからも見えているかもしれないな。

 反射した光が中にいる人に見えたみたいだ。カランカランとドアベルが鳴りドアが開けられた。

 「いらっしゃいませぇ~ごめんなさいねぇ、まだ準備中で……って、あら、お初のかた?」

 野太い声の目鼻立ちがハッキリとした、というよりも濃い顔の人が出て来た。この人が店長さん?

 薄紫色の五分袖シャツに紺色のスカート、スカートの色よりも薄い紺色のエプロン姿で、黒いハイヒールを履いている。緩いパーマがかったセミロングの髪を後ろでまとめている。地味な装いなんだけど、なんだろう。華やかというか派手な印象に映る。そして、なんだか顔も体もゴツい。中肉中背なんだけど、スポーツでもやって鍛えているのかな。

 「……お客様?」 

 「あ、すみません、はい……」

 久しぶりのオカマさんに見とれて(?)しまったらしい。凄くインパクトの強い人だったから余計に。

 「お一人かしら?中でお待ちくださる?すぐにご用意しますから。さ、どうぞ」

 「あ、はい、お構いなく……」

 「やあっだぁ、放置プレイがお好みなのかしら?」

 え、なんて?

 僕はコロコロ笑う店長さんらしき人をまじまじと見つめてしまった。

 あちらも僕をじっと見ていた。

 「うーん。お客様、初めてですよね……?」

 「は、い。そうです……」

 「うーん。なんか何処かで……あ、どうぞ。こちらのカウンターにお掛けになって」

 そんなに広くはない店内だった。長いカウンターと、テーブル席が二つ。

片方は四人がけのテーブルが、もう片方は椅子席とコの字型のソファをあしらって、もう少し多めに掛けられるようになっている。

カウンターの向こうはたぶん厨房だろう。レジは店に入ってすぐにあった。

 ……女の子の店員さんはまだ来てないのかな……?  

 「もといー、お通し出せる?ご新規様のご来店よぅ」

 え、ご新規様、って、僕?

 恥ずかしいな、と思っていると、奥からひょろっとした背の高い青年が現れた。

 「いらっしゃいませ。何か食物アレルギーとかありますか」

 え、アレルギー?

 「あ、ええと、特には……」 

 「じゃ、苦手な物とかは?」

 苦手な……?あ、そうか。

 「苦手……は、激辛な食べ物が無理です。辛い物は嫌いではないですが激辛はちょっと」

 「分かりました。有難うございます。あおい、ちょっと」

 ……ん。……?

 呼ばれた彼女(彼?)は「何よ?」と言って二人で奥の厨房へ入って行った。

 ええ?って?あの奥さんが言ってた『あおいちゃん』て、今の人だったんだ?名前じゃなくて苗字なのかな。

 てっきり僕は店員さんに女の子がいるのかと思って、身構えて来たのに。

 はぁっ、と息を吐いて、手足を少しだけ伸ばした。緊張していたのかな。

 あれ?あの人が店長さんじゃないの?今、背の高い彼が呼び捨ててなかった?ええと、店長さんは違う人なのかな……?

 バスの中で学生が「カマ店長」と言っていたから、僕はそれを鵜呑みにしていたし『葵ちゃん』も女の子だと思っていたんだ。

 「ふふっ」 

 僕は独りカウンターで笑ってしまった。なんなんだよ、これってつまり『百聞は一見にしかず』の見本じゃないか。

 「はぁい、お待たせしましたぁ」

 ニコニコしながらカウンターに小皿とおしぼりを置いた。ミックスナッツかな。

 すると背の高い彼も小皿を持って来た。

 『こちらは味見という名のサービスです。どうぞ」

 小皿には淡い緑色の太い野菜?みたいな茎みたいなものに白く砂糖かな、がまぶしてあるものが盛られている。なんだろう。

 「いただきます……」

 まず、緑色の方から食べてみる。

 えっ、何これ! 

 「甘っ、苦い……?あ、れ?」

 この苦味は?前に何処かで知っていた苦味だな。 

 『蕗を砂糖で煮詰めたものです。お口直しにナッツをどうぞ……どちらをお飲みになりますか」

 「あ、はい、それじゃ……日本酒を辛口で」

 「うちはそんなに品揃えが豊富ではないのですが。日本酒ですとこの辺になります」

 そう言って、メニューを開いた。

 「……じゃあコレをお願いします」

 地酒を注文して、ナッツをほおばる。うん、早く吞みたいな。

 この背の高い青年が、料理とお酒の担当で、葵さんが接客とレジ担当みたいだな。

 十時を過ぎた頃にぽつぽつと常連らしいお客さんがやって来た。

 皆さん一様に『お、新人さん?」と歓迎してくれたんだろうなあ。多分。

 ちびちびカウンターで吞んでいると、葵さんが時々カウンター近くにやって来ては、ひと言ふた言交わしてテーブル席へと移る。

 常にどのテーブルにもつかず離れずで、こんな距離感ならば落ち着いて美味しいお酒が呑めるかもしれないな。

 基さん、だっけ?彼はお酒を作ると厨房へ入ってしまう。まあ、背が高いので圧迫感があるから狭い店内では二人で丁度よいバランスを保っているのかも。他に店員さんはいなかった。彼は口数少なそうだな。カウンター内にいても静かで、どちらかというと無愛想な印象だった。

 お酒や料理の味は、緊張していたせいか、あまり味わえなかった。

 雰囲気を確かめに行ったみたいだった。居心地は良さそうだ。今度はカフェにも来てみようと思った。

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