ナイトパレードに加わる夜
ここの遊園地のメリーゴーラウンドって、ちょっと変わってる。電飾を外されてもの寂しくなった看板にそっと触れながら、私は一般的なメリーゴーラウンドを思い浮かべた。
メリーゴーラウンド、日本語で回転木馬なんて言うからには、やっぱり王道はお馬様なわけだ。次点で、カボチャ含め、馬車の形になるだろうか。あとは空想上の生き物、ペガサスなんかも見たことあるな。それでもやはり、馬は関連しているだろう。海外では、バイクや飛行機なんかもあるらしいとネット検索で見かけたことあるけど。
ハッピードリームランドのメリーゴーラウンド「ナイトパレード」に、馬や馬に準ずる生き物はいなかったようだった。猫、ウサギ、鳥、ゾウ、きりん。多種多様の動物の形をした乗り物が、塗装が剥げ、錆びついている。
そして、「ナイトパレード」というアトラクション名に合わせてあるのか、旗とランタンを持ったハッピードリームランドのマスコットキャラクター、ウサギのウッピー君が、動物たちを率いているように見えた。
「なんか乗り物多くない? こんなにぎっしり動物がいて、ちゃんと回ってたのかしら」
「回ってたんじゃない? だって廃園になった今でも綺麗にキラキラ回ってるんでしょ。ね、臆病者の桃ちゃん」
小馬鹿にしたように柚香がそう言うと、桃は震えて半泣きになりながら、眉をキッと釣り上げて
「本当に見たんだもん! そうやって馬鹿にして、柚香もりんごも、私のこと信じてないんでしょ」
と憤慨した。
「ちょっと待ってよ、柚香はともかく私は馬鹿になんてしてないでしょ。信じてるからこうやって廃園になった薄気味悪いところまでわざわざ来たんじゃない」
「そうそう、暗くてこわーい潰れた遊園地のメリーゴーラウンドが、動いてるの見たよー! 怖いよー! このままじゃワタシ消えちゃうよー! って桃ちゃんが騒ぐから、そんなことないって証明するために来てあげたんでしょ」
柚香と同類扱いされたことを不服に思い反論すれば、その反論に被せてさらに柚香は桃のことを馬鹿にした。桃は誰へのアピールにもならないのに頬をぷくっと膨らませていた。
UUU
私たち三人は、幼稚園の頃からの幼馴染だ。意地悪な柚香、泣き虫な桃、そして私、りんご。
うちの父が
「フルーツ三人娘だ」
なんて面白くない呼び名をつけていたが、私以外誰にも浸透しなかった。
かく言う私も、心の中でたまに三人で悪さしたり、反対に良いことをしたり、三人で何かする時に、
「ああ、まだ私たちはフルーツ三人娘なんだな」
とこっそり思うくらいなのだが。
どうして「まだフルーツ三人娘だ」なんて思うのかというと、高校生になって日常生活で三人一緒にいることが、殆どなくなったからだ。
気が強く意地悪だった柚香は、不良とまではいかないが少し素行の悪いグループへ。
泣き虫だけど意外としたたかな桃は、人を引き立て役にしながら自分のことを良く見せようとする、私たち可愛いでしょ、そしてその中でも一番私が可愛いのよグループに所属していた。
私はというと、少し捻くれた性格の所為で、すぐに皮肉を言ったり、人の揚げ足を取ったりするので、高校では基本的に一人で過ごしていた。
そんな私たちは、面白そうなことや、どうしてもピンチだと思った時だけ、三人集合するのだった。
今回集合を呼びかけたのは、桃だった。
「どうしょぉ……このままじゃゎたし、消えちゃうょ、、、」
なんて、いつもながら読み難いメッセージを三人のグループメッセージに投下してきたので、暫くぶりに集まったのだ。
「で? 消えちゃうって何? とうとう人の男寝取って、呪いでもかけられた?」
「柚香、茶化すな。でも、消えちゃうってどういうことなの?」
べそべそと「どうしよう」ばかり繰り返す桃を問いただせば、事の顛末を話し出した。
「あのね、こないだマユちゃんと、北高の男の子と遊びに行ったの。健くんと昇くんっていうんだけど。カラオケに行って、盛り上がっちゃって、夜になったの。そうしたら健くんが明日土曜で学校休みだし、肝試ししようって」
「はあ」
UUU
桃の冗長な話を纏めるとこうだ。
合コンで知り合った他校の男子生徒二人と、いつも同じグループにいるマユちゃんと四人で、廃園になった遊園地に肝試しに行ったそうだ。その遊園地、ハッピードリームランドは営業している時から廃園になった今まで、変な噂が絶たないところだったのだ。
遊園地の跡地に近づく四人は、ふと嫌な寒気に襲われた。そして、ふと桃は壁の隙間から遊園地の中を垣間見た。
そこから見えたのは、キラキラと光を振り撒きながら、ゆっくり回転するメリーゴーラウンドだったのだ。
腰を抜かした桃は三人が何を言っても絶対に園内に入らないと、外の茂みで震えながら待っていた。すぐに戻ってきた三人は桃を可哀想な人を見る目で
「あんな錆びたメリーゴーラウンドが回って、ましてやキラキラ輝いてたなんて、絶対あり得ない」
と、言ったそうだ。
桃も、あまりに怖くて自分が見たのはただの妄想だったかもしれないと帰ったが、その日から変な夢を見るようになったらしい。ウサギの着ぐるみが、少し遠くから手招きしている夢だ。
初めて夢を見た日、つまり肝試しをした翌日の休み、怖くなった桃はマユちゃんに連絡した。しかし、メッセージは既読にすらならず、もちろん返信はなかった。おかしいと思った桃は、一緒に肝試しをした男の子にも連絡し、彼らからはすぐに返信があった。しかし、二人もマユちゃんに連絡しても返事がないという。
休み明け、マユちゃんは学校に来ず、そのことを桃が男の子二人に連絡すると、昇くんから
「こっちも、健が学校来てない。連絡しても返事がないんだ」
と、返ってきたのだった。
いよいよ恐ろしくなった桃は、
「変な夢を見てない? ウサギの着ぐるみが出てくる夢」
と聞いた。彼も見たらしく、
「桃ちゃんも見たの? 俺も見た。あれ、ハッピードリームランドのキャラクターのウッピー君だったと思う」
なんて、返ってきたので、慌ててネットでウッピー君の情報を検索すると、確かに夢に出てきた着ぐるみのキャラクターだった。
「俺の夢では、最初ウッピー君が俺の周りをぐるぐる回って段々と近付いてきて、今日の夢では『好きな動物教えてー!』って話しかけられた」
「なんて答えたの?」
「アルマジロ」
「……」
昇くんはその情報を送った次の日、先の二人と同じように消えてしまった。
桃は震えながら、その日は眠らない、眠ったら自分も連れて行かれると、眠気と戦ったが敢えなく眠ってしまったらしい。
すると、その日も夢の中に現れたウッピー君は、
「君も、早く、パレードに加わりなよ!」
と、不気味なダミ声で呼び掛けてきたそうだ。桃が嫌だと首を横に振るとウッピー君は桃の後ろを指差して、
「あんなに、綺麗なんだよ?」
と、言った。振り返ると、あの日は隙間からしか見えなかった、暗闇の中でキラキラと輝き回る、メリーゴーラウンドがそこにあったのだ。
吸い寄せられるようにメリーゴーラウンドに近付くと、どうしても乗りたくなってしまった桃は、ゆっくり回る猫の背中に乗ろうとした。そこではっと目覚めた桃がいたのは、件の遊園地、ハッピードリームランドのメリーゴーラウンドの前だったのだ。
桃は悲鳴をあげながら家まで逃げて来て、そして私たちに招集をかけたのだった。
UUU
「でもさ、なんか変じゃない」
「なにがぁ」
改めて桃から聞いた話を思い出しながら、メリーゴーラウンドの台座の上を乗り物を指差して
「メリーゴーラウンドなのに、馬がいないのよ」
と、疑問に思ったことを口に出すと、亀の乗り物に跨がった柚香もキョロキョロと周りを見渡して
「確かに、馬、いないね。猫とか犬とか結構いんのに」
なんて納得したように頷いた。まだ台座にすら上がって来ない桃は、
「確かに変だけど、今はそんなこと関係ないでしょお!」
と、焦ったような怒ったような声をあげた。
関係ないかもしれないが何か、何かが引っ掛かるのだ。その引っ掛かりは、一つの乗り物に懐中電灯を当てた時に気が付いた。
「ちょっと、二人とも、来て」
「やだ!」
「いいから! 柚香も桃も来て!」
怪訝な顔をした柚香と、渋々台座に上がった桃に、見えるように懐中電灯のライトで一台の乗り物を照らした。
「何なの、これが。ていうか何、この生き物」
と、益々怪訝な顔になる柚香に、青褪めた桃が言った。
「これ、アルマジロ……なんで……」
「やっぱり」
「これがアルマジロ!? 桃がなんでそんなことわかるんだよ!」
「昇くんが、アルマジロなんて変なこと言うから気になって調べたの! あんまり可愛くないなって思ったから覚えてる、絶対アルマジロよ!」
自分で見ただけだと、確証が持てなかったけど、やっぱりこれはアルマジロ、昇くんが好きだと言ったという。アルマジロは、他の乗り物に比べて、錆びも汚れも少ない気がする。こんな気持ちの悪い符号は正直ごめん被りたいが、やっぱりこれは昇くんが好きだと言ったから、ここにできたのではないだろうか。
「つまり、好きな動物を答えたらその乗り物が増える。だから、こんなにぎっしり乗り物があるんじゃないの。いや、そこに失踪も絡むなら」
「やめやめ! そんなわけないじゃん、りんご妄想キツ過ぎ! もう、帰ろうぜ」
遮るように言ったのは、桃ではなく柚香だった。桃は腰が抜けたのか、その場にへたりこんで動かなかった。
慌てて台座から飛び降りた柚香は、私と桃を置いて、一目散に廃園から逃げ出した。私はなんとか桃を立たせて、
「とりあえず、私たちも帰ろう。ここ、なんか長くいればいるほど嫌な感じしてきた」
「うん」
震える桃を支えながら、先に台座から降ろしてやって、私も下に降りようとした時、後ろから見られている気がして振り返った。
そこに立っていたのは、旗とランタンを持ったウッピー君だった。
UUU
不安げな桃を送り届けた後、自分の家にたどり着いたらどっと疲れに襲われて泥のように眠りに落ちた。睡魔に負ける寸前、最後に見たウッピー君の姿が過って、ああ、私の夢にも出てくるのかなと思った。
案の定、ウッピー君は現れた。暗闇の中、ランタンに明かりを灯し、旗を振りながら、たくさんの動物たちを引き連れてきた。動物たちはキラキラ輝いていて、まるでパレードみたいに、私の周りをくるくると回った。
私は素直に、その光景を美しいと思った。ずっと見ていたい。そんな風に思ったところで、目覚めて無事、朝を迎えることができたのだ。
スマホにメッセージの通知ランプが灯っていたので、寝惚け眼で確認すると柚香からだった。
「ウッピー君に、好きな動物聞かれちゃった」
「桃ちゃんは喋りかけられてないって」
「最後に消えた昇って奴も話しかけられた次の日にいなくなったんだろ」
「あたし消えちゃうの?」
「なんで? なんで桃ちゃんじゃなくてあたしなの?」
「どうしよう」
「どうしよう」
「助けてりんご」
立て続けて来ていたメッセージに、慌てて柚香に電話すると、啜り泣く柚香が
「もしもし……」
と電話にでた。声は掠れていて力なく、きっと夢から目覚めて泣き叫んだんだろう。
「それで、どんな夢だったの」
「……真っ暗な中で、灯りと旗を持ったウッピー君が現れて『迎えに来たよ』って」
「後ろに動物はいなかった?」
「……! いた! もしかしてりんごの夢にもでてきたのか!?」
似たような夢だけど、私は話しかけられてはいないし、柚香が確認した話では、桃も好きな動物を聞かれていないのだ。何か規則性があるのかもしれない。マユちゃん、健くん、昇くんの順番で消えたなら、次は桃が妥当なはずだ。
好きな動物を聞かれたら消えるという確証もないが、少ない情報の中で考えるしかない。昇くんの話では、毎晩夢の中にウッピー君が出て来て、好きな動物を「アルマジロ」と答えた次の日に消えたのだ。
「私の夢にも出て来て、周りをぐるぐる回ってた。でも好きな動物は聞かれなかったわ。他は? 何をウッピー君と話したの」
「えっと……『近寄るな』って言ったら、『こんなに綺麗なんだよ、戻っておいでよ』って言われて……そしたらぐるぐる回ってた動物とかがもっとキラキラ光り出して、綺麗だなって思って。そしたら、つい口からポロっと『ウサギが好き』って」
言っちゃったの、と言ったであろう語尾は小さすぎて聞き取れなかった。でも、柚香の話のおかげで、桃の話だけではわからなかったことを知れた。
「迎えに来たよ」
「戻っておいでよ」
ウッピー君の台詞は、恐らくあの錆びた看板に書いてあったアトラクションの説明に関係している。
「ここはメリーゴーラウンド『ナイトパレード』だよ~! 一度参加したらずっとずーっといたくなる、楽しくってとってもキレイな僕たちのパレード! 大丈夫、帰ってもまた、僕が迎えに行くから、またパレードに戻ってこられるよ!」
昨晩は、なんだか不吉な文面だなと、他人事のように錆びた看板を眺めながら思っていたけれど、私たちにも関係することだったのだ。
つまり私たちはパレードに参加したことになっているのだろう。あのメリーゴーラウンドに足を踏み入れたから。
ならば、迎えにくる順番として考えられるのは、
「一番にメリーゴーラウンドから降りたのは、柚香……」
「それが何!? ねえ、りんご聞いてんの!」
「聞いてるよ。とりあえず、桃も呼んで今晩もう一度、ハッピードリームランドに行くよ」
悲鳴を上げて拒否する柚香を無視して、一旦電話を切った。
単なる憶測にしか過ぎないが、もしかしたら私たちは消えなくて済むかもしれない。ウッピー君の目的が、「パレードを抜けた者を迎えに来る」のであれば、「パレードに戻ってしまえば迎えに来なくなる」のではないか。
そんな推測を、集めた桃と柚香にすれば、自分はまだウッピー君に話しかけられていない桃は納得いかないようで、もう自分は消えてしまうと焦る柚香は
「それで、どうしたらパレードに戻ったことになるの!?」
と、私の推測を鵜呑みにしているようだった。
「わかんない。だから、とりあえず今晩もう一度あのメリーゴーラウンドで一晩過ごしてみよう。もしかしたらパレードに戻ったことになるかもしれない」
UUU
その晩、私たちはハッピードリームランドのメリーゴーラウンドに再び赴いた。一応親には桃の家でお泊まり会をするということにして。
「やっぱり、止めない? こんなところで一晩過ごすなんて、私……」
「嫌なら帰ったら! 元はと言えば桃ちゃんの所為なんだから!」
嫌がる桃に柚香が怒鳴るのをたしなめ、私は一番古そうなパンダの乗り物に跨がった。
柚香は昨夜も乗っていた亀の上に、責められて帰るに帰れなくなった桃が、嫌々ながらも選んで乗ったのはアルマジロだった。
「それで、これからどうしたらいいの」
「このまま待つしかないね」
祈るような気持ちで待っていたら、突然、メリーゴーラウンドに眩いくらいのライトが灯った。動揺する私たちを置いてけぼりに、メリーゴーラウンドはゆっくり回りだし、私のパンダも、柚香の亀も、桃のアルマジロも鳴り始めた音楽に合わせて上下に動きだす。
「おかえりー!」
そう、ダミ声が聞こえたと思ったら、次々と
「おかえりー!」
と、乗り物たちから声が聞こえるのだった。
私たちはメリーゴーラウンドから降りることもできず、ただただ夜の闇の中、キラキラ光って回る、パレードの一部になるしかなかった。
私はあの夢に見た美しい光景を思い出して、うっとりと身を任せていた。
UUU
「……んご、りんご!」
「……柚香?」
呼び掛けられて正気に戻ると、ホッとしたように桃が
「良かった」
と漏らした。柚香もその隣で、涙ぐみながら
「良かったよ、りんごのおかげであたし、消えなかった。ありがとう、りんご」
なんて、言ったから、私たちはいつの間にか眠っていて、その夢の中でパレードに戻ることができたんだな、とわかったのだ。
いつの間にか、空は白んで朝になろうとしていた。私たちは
「せーの」
で三人同時にメリーゴーラウンドの台座から降りて、こっそり桃の部屋へと戻ったのだった。
「あー……なんか安心したからめちゃくちゃ眠いや……」
「あたしも……」
「まだ五時だし、もう一眠りしよっか」
披露と安堵感からか、三人とも倒れるように同時に眠りに落ちた。
夢の中は、また真っ暗だった。
すると段々、遠くから光りの集まりが見えて、
「ああ、パレードがまた迎えに来た。参加しなきゃ」
と、自然に思っていた。そして吸い寄せられるように、光りの方へ足を進めると、見えない壁のようなものに行く手を阻まれたのだ。
「りんご! 柚香が!」
「桃? なんで私の夢に桃が」
いるの、と聞こうとした瞬間、耳を劈くような悲鳴が聞こえた。
「嫌! 嫌嫌嫌! なんで!? 戻ったじゃない! あたし、ちゃんとパレードに」
泣き叫ぶ柚香を引き摺って、ウッピー君は
「君は、ウサギが好きなんだもんね! 大丈夫! 僕みたいにかーわいいウサギにしてあげる」
なんて言いながら、メリーゴーラウンドの台座に乗せた。私は柚香の元に駆け寄ろうにも、前にも右にも左にも、一定距離進むと壁があるみたいに行き止まりで、隣で泣きじゃくる桃の側にも行けなかった。
「そうだなあ、そろそろこの子は潮時だなあ」
ウッピー君は柚香を取り押さえながら、私が跨がった古いパンダの乗り物を固定していた棒を、ずぼっと抜いた。
「これで君も、パレードの仲間入りだ!」
「ぐわぁああああ!」
ウッピー君は抜いた棒を柚香の背中に突き刺し、台座に固定させた。凄まじい断末魔と一緒に、柚香の血は飛び散り、手足はじたばたと暴れる。
「さっ、ウサギの足の指は四本だよ! 今四本にしてあげるからね! あっ、耳も長く伸ばさないとね!」
暴れる足を難なく掴み、ウッピー君は柚香をどんどんウサギにしていった。そして、あっという間にウサギの形をした乗り物が完成し、ウッピー君がくるりと私と桃の方へ振り向いた。
「さあ、次は君だよ、桃ちゃん。桃ちゃんの好きな動物教えてー!」
ずんずん近付いてくるウッピー君に、桃は這いつくばって逃げようとしたけど、後ろの壁に追い詰められてしまった。ウッピー君に壁は関係ないようで、とうとう桃の目の前までやって来た。ぶるぶる震えながら桃は泣き叫び、私の方へ手を伸ばして、
「いやーっ! 来ないでーっ! 助けて、りんご、りんご!」
と助けを求めてきた。ウッピー君は呆れたように肩を竦めて、
「仕方ないなぁ」
と、どこから出したのか、先ほど柚香を台座に固定する時に使った棒を手に、振り上げた。
「桃!!」
伸ばした手は透明な壁に阻まれ、私の目の前でウッピー君は桃に、躊躇なく棒を突き刺した。
頭から、噴水のように血が噴き出して、ウッピー君の身体に付着した。
「パレードに戻らない子は、いらないよ」
当然とばかりに吐き出された台詞は、好きな動物を答えなければ柚香みたいにパレードに加えられないのではという、私の微かな希望を打ち砕いた。
「さあーて、りんごちゃん。りんごちゃんは好きな動物、教えてくれるかな?」
ウッピー君が桃を貫いた棒を、ぱっと手離すと、ごとりと、音を立てて桃だったものは床に崩れ落ちた。私は呆然と立ち尽くしたまま、ウッピー君がゆっくりと私の目の前までやって来るのを、逃げることもできないまま見詰めていた。
「あ! りんごちゃんだから、カボチャの馬車ならぬ、りんごの馬車でもいいよ! なんちゃって! なんちゃって!」
はしゃぐウッピー君には、べったり桃の返り血が着いていて、酸化して赤黒くなっている。
「さ、りんごちゃん。りんごちゃんの好きな動物教えてー!」
顔を動かさず、視線だけ右に遣れば、くるくる、キラキラ光を振り撒きながら、回り続けるメリーゴーラウンドが、上下に動きながら回る柚香だったウサギがいる。
「あれあれ? りんごちゃんは好きな動物、教えてくれるの? くれないの?」
視線を戻せば、桃だった肉塊がある。
「りんごちゃんは、パレードに、戻ってくるのかな?」
私は、どっちを選んだら良いのかわからないまま、もう一度、メリーゴーラウンドを見詰めた。
誰も乗っていないのに、くるくる廻るメリーゴーラウンドは、この世のものとは思えない程、美しかった。
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