声フェチ

「好きな男性のタイプですか、そうですねえ」

 

 少し考えてから、彼女は

 

「すぐに思いつかないので、これといって特別に強烈な嗜好はないのだと思いますが、強いて条件をつけるなら、声でしょうか」

 

と言っていたそうだ。

 

 その条件が、自分にとってプラスなのかマイナスなのか、まだ判断できかねる状況に唇を噛む。

 

 僕、二村一夫の想いびとである、三島四歩さんは、どうしても僕のことを好きになってはくれない。直接告白もしたし、ラブレターも渡したし、共通の知人を介した間接的告白もしたが、いずれも玉砕した。

 しかしながら、未練がましく諦めきれないのだった。


 今日も別の共通の知人に頼み込んで彼女の好みの男性を聞き出してきてもらったのだが、どんな声が好きかまでは聞いてきていないというから、

 

「役立たずめ!」

 

と罵ったところ、

 

「そこまで粘らないといけないなら別料金払ってもらわないとね」

 

なんて薄情な返答をされた。頼み込んだだけでは動いてくれないこの女に、学食で一番高いAセットを奢ったというのに強欲なやつめ。

 


 これ以上、この女に金を支払えば、いつまでも情報を小出しにして集られ、三島さんとお付き合いを始めてからの資金まで目減りしてしまう可能性がある。

 ここは自分で確認する他ない。努めて冷静に、心なしか低めの声で


「三島さんは、声フェチなんですね」


と確認してみた。


「……フェティシズムというほどの明確な拘りはないですね」

「ではどんな声がお好みなんでしょうか」

 

 低い声? 高い声? 透き通るような声か、はたまた味のあるダミ声?

 機を逃してはなるまい。畳み掛けるように質問を重ねれば、表情筋の動きが乏しい三島さんでも、困った顔をするんだなあと新たな発見にほくそえむ。


「それを聞いて二村くんはどうするつもりなんでしょうか」

「話のすり替えですがいいでしょう。もちろんいつも袖にされている三島さんの好みに少しでも近づいて、自身の恋を成就させるためですよ。高低はある程度自身でコントロールができます。透き通る声がお好みならボイストレーニングに通ってもいいですし、ダミ声がお好きなら酒で喉を焼くことも厭いません。さあ、僕は正直に答えましたよ、次は三島さんの番です」

 

 さあ、さあ、さあ。

 詰め寄る自分に更に困惑するかと思われたが、彼女はうってかわって安堵の表情を浮かべた。


「なんだ、それならとっておきの返答を。好きになった人の声が好きなのです。なので二村くんの声はこれっぽっちも好みではありません」

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