どこで、どう、間違えた

「もう享のこと愛してないから、別れよう」


と心にもない言葉を呟いた自分に、彼は酷く悲しそうな顔をした後、ただ一言


「嘘吐き」


と返した。



 そうです、僕は嘘吐きなんです。


 貴方を愛していると言ったあの時も。

 もう貴方を愛していないと言った今も。


「ごめんね、享。もう飽きちゃった」


 楽しかったよ、バイバイ。

 そう言って立ち去ろうと思った。


 相手は幼馴染で二十年以上の付き合いのある享。優しく温厚で、穏やかな男だ。長い付き合いで、自分の言葉を嘘だと見抜いているだろうが、こちらがきっぱりと身を引けば、聡い彼は深追いしないだろうと。


 そんな打算の元、切り出した別れだった。



 だから一瞬、何が起こったかわからなかったのだ。

 まさか、無理矢理押し倒されるなんて。


「きょ、う?」

「うそつき、ずっと一緒にいるって、一緒にいていいって言ったくせに!」


 顔に降り注ぐ涙も拭えず、自分に覆い被さっている彼を茫然と見詰める。



 僕はきっと、大きな、思い違いをしていた。


 僕が気まぐれで「付き合おうか」と言った時に頷いたのは、優しい人だから、僕のことを好きでもなんでもない癖に、断れないのだと思った。

 けれど、享は端から断る気なんかきっとなかった。


 遊びで始めたこの付き合いが、お互いに本気になって戻れなくなる前に、別れないといけないと思った。

 けれど、享は最初から本気だった。


 僕がわざと「愛していない」なんて憎まれ口を叩いているとわかった上で、「嘘吐き」と言われたのだと思った。

 けれど、享は、自分の言葉をすべて本当だと思っている。


 その上で、「手放す気はない」と。


「なあ、愛してなくてもいいから一緒にいてくれよ」


 必死な声と、肩に痛い程食い込む指と、僕の顔から滴る彼の涙が、自分を追い詰める。


「頼むよ、愛してるんだ」


 僕だって、愛しているよ、もうとっくに愛してしまっていたんだよ。

 けれど、その馬鹿なくらいの優しさを、僕なんかに注がなくていいんだよ。


「別れるなんていやだ、こんなにも好きなのに」


 遊びのつもりだったんだよ。本気になんかなりたくないんだよ。だけど。



 どこで、どう、間違えた。



 貴方を愛せば愛す程、貴方を駄目にしてしまう気がするんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る