目撃したのは、解けない魔法がかかった瞬間

「のりちゃんは、一生わたしのこと、好きでいてね。わたしがのりちゃんを恋愛対象として好きになることはないと思うけど、ずっとずっと、わたしのことを好きでいて」

 

 ゆっくりと紡がれたその台詞は、今も私の脳内に深く刻まれて、一言一句、間違えずに思い出すことができる。クラスメイトの男の子がかけられた魔法の呪文。

 いや、そんなメルヘンチックな可愛らしいものではないか。彼を縛る呪いの言葉、そう言った意味合いでいうならば、呪文ではなく呪詛の方がいいかもしれない。それはそれは強力な、彼に彼女を愛し続けるように命じた、ひどく残酷な呪いなのだから。

 

 

 ♡♡♡

 

 

 姫野さんと乗本くんは、私の小学校の同級生だった。

 姫野さんは、「姫野美麗ひめのみれい」という名前の通りの美少女だった。白い肌は透き通るようで、大きく色素薄めの茶色い瞳はきらきらしていた。仲の良い子たちから「姫ちゃん」と呼ばれていたのは、名字だけでなく絵本のお姫様を連想させる容姿も含めてのことだったんだと思う。

 

 対して、乗本くんはこれといった特徴は、メガネをかけているということくらいの、地味で目立たない男の子だった。人見知りなのか、誰かに話しかけられても俯いてぼそぼそ喋るか、ぎこちない愛想笑いを浮かべるかなので、クラス替え直後のわが五年二組では少し浮いた存在として皆から認識されていた。

 

 そんな皆の輪の中心、姫野さんと、皆の輪に入ることすらできなかった乗本くんは、何の因果か名簿順で男女ペアを作る時必ず一緒になるのだった。五年生最初の遠足の班も、最初の席替えがあるまでの隣の席も、全校集会で男女二列に並ぶ隣も、クラス持ち上がりのため六年の修学旅行の班さえも、ずっとずっと、小学校の何気ない学校生活の一部から思い出の場面まで、二人は一緒だったのだ。

 

 姫野さんは美しくて優しく、そして子供特有の残酷さが強い人だった。誰にでも、それこそ浮いている乗本くんにさえ、ニコニコ綺麗な笑顔を浮かべて、鈴の音のような声で話しかけ、自分こそ彼女の特別なのではないかと思うくらいに楽しそうにする。その実、彼女の特別なんてものは存在せず、ある時、彼女にとって自分は何てことない存在なのだと思い知らされる。

 それでも皆、彼女からの特別視を欲して子供ながらに機嫌をとったり、他の人間を蹴落とそうとしたりするのだった。

 

 そして、それは乗本くんも一緒だった。大人しい彼は、他の子みたいに積極的に姫野さんにアプローチすることもできず、またその優しさ故、誰かを蹴落とすなんてこともできなかった。そんな彼の、きっと最大の勇気を振り絞っての行動が、彼女の机の中にラブレターを忍ばせることだったのだ。

 

「姫ちゃん、授業中、何の手紙読んでたの?」


 昼休み後の四時間目の授業中に、姫野さんが自分の席で手紙を読んでいたのを、目敏く見ていた姫ちゃん親衛隊長の大山くんが、五時間目前の十分間休憩の時間になって、飛んできてそう聞いたことから事件は始まった。

 事件なんて、大袈裟な言葉かもしれないが、少なくとも乗本くんにとっては大事件だったろう。

 

「のりちゃんからのお手紙よ」

「のりちゃん?」

「そう、乗本くんが、お昼休みの間にお手紙を机の中に入れてくれてたみたいだから」

 

 それを読んでいたの。

 淡々と大山くんに姫野さんはそう言って、みるみる縮こまっていく乗本くんに止めを刺す言葉を放った。

 

「大山くんも、読む?」

 

 それは、いつもの彼女なりの優しさだったのだろう。とても大山くんが手紙を気にしているから、その中身を見せてあげようという、そんな単純な優しさからの言葉でしかなかったのだ。

 勿論、乗本くんには厳しさこの上ない仕打ちに違いないが、子供らしい純粋な残酷さは、その手紙を渡すことも、また他人のラブレターを読むことにも、ストップをかけることができなかった。

 

「俺も見せて!」

「私も見たい!」

 

 どんどんとギャラリーは増え、かく言う私も、乗本くんのラブレターを読んだ。小さな、少し震えた字で拙く好意を綴る様を、友達と一緒に心の中で少し馬鹿にした。

 

 乗本くんは、その場から逃げ出すこともできず、また泣き喚くようなこともせず、ただただ自分の席でじっと耐えていた。そんな乗本くんの姿を見て、もし自分の恋心がこんな形で砕かれたら、私は二度と恋なんてできないと思ったのだった。

 

 

 ♡♡♡

 

 

 十分間休憩の間に、皆が一通り読み終わった後、大山くんの手によって、ラブレターは乗本くんに返却された。

 

「身のほどわきまえろよなっ!」

 

 ばん! と机に手ごと叩きつけられ、乗本くんから姫野さんへ送られたラブレターは、少し皺になっていた。

 彼はそっと、それを何も言わずに自分の机の中に仕舞った。それに対して姫野さんが何か言おうとした瞬間、五時間目開始のベルが鳴って、先生が入ってきたので、皆慌てて席に戻った。

 姫野さんが、彼に何と言おうとしたのかはわからなかった。

 

 授業中も、皆、チラチラと乗本くんを見て、その視線は怒りや侮蔑を混ぜる人もいれば、好奇心や揶揄を含んでいる人もいた。

 私はどちらかというと後者で、姫野さんのしたことはとても非道いと思いながらも、興味は乗本くんにのみ注がれていた。 

 


 乗本くんは、終業のベルと共に教室から出ていった。鞄は置きっぱなしで、その代わり彼の手には件のラブレターがしっかり握られていた。

 

 私は掃除当番だったから、本当はそのラブレターをどうするのか、追いかけて確かめたかったけど、諦めて早く掃除を終わらせようと躍起になった。しかし、そういう日に限ってじゃんけんに負けてしまって、校舎から遠く離れたゴミ捨て場にゴミを持っていかなければならなくなった。

 

 とぼとぼと、独りゴミ捨て場へゴミ袋を持って歩いていくと、ゴミ捨て場の前に男女二人が立っているのが見えた。

 目を凝らしてみると、一人はまさしく行方が知りたかった乗本くん、その人だった。そして、もう一人は姫野さんだったのだ。

 件の事件の謂わば加害者と被害者が、誰も来ないところで二人で会っているなんて。私の中の下世話な好奇心がむくむく大きくなって、二人の位置からはわからない死角に入り、慎重に、そして可能な限り接近した。


「だからね、のりちゃん。そのラブレターは一度わたしにくれたものでしょう? 返してほしいの」

 

 聞き取ることができた姫野さんの言葉は、愛だの恋だの、よくわかっていなかった当時の私にすら


「なんて、酷いことを!」


と、思わせるものであった。そして、それは乗本くんも同じ認識だったようで、


「ひどい、いくら僕のことが嫌いだったからってあんまりだよ! あんな風に笑い者にして、普通に振ってくれたら良かったじゃないか!」


なんて、普段の彼からは想像できない程、感情を剥き出しにして怒っていた。当然だ、真剣に想いを伝えて、それが届かなかっただけでも辛いのに、それを皆に晒され嗤われたのだ。しかし、姫野さんは一切怯むこともなく、


「わたし、のりちゃんのこと嫌いじゃないわ、勝手にわたしのこと決めないで」


と、言い返した。あまりに予想外の言葉に、乗本くんは、可哀想な程動揺して


「じゃあ、なんで、どうしてあんな、酷いこと……」


なんて、譫言のように呟いた。姫野さんはその可憐な唇から


「皆に、のりちゃんがどれだけわたしのことを好きか、見せてあげたくなったの」

 

と凡人には理解できない言葉を紡いだ。私同様、混乱した乗本くんは、震える声に少しの期待を乗せて


「それって、僕のこと、好きっていうことなの?」


と聞いた。姫野さんは少し考える素振りを見せて「どう言ったらのりちゃんに伝わるかな」と前置きして、凡そ普通の小学生には考えもつかない持論を展開した。


  

 ♡♡♡



 わたしね、皆が言う「好き」とか「嫌い」とかが、よくわからないの。皆とお話ししたり、遊んだりするのはとっても楽しい。だから、わたしは皆のこと好きなんだって思っていたわ。


 でもね、男の子がわたしに「好きだ」って言ってきた時に、皆続けて「付き合ってほしい」と言うの。付き合うって、どうするのって聞いたら、色々と言葉を重ねて皆、違うことを言うけど、結局は「自分だけを特別に見てほしい」ってことを言うのね。


 わたしはその「特別に見る」ということが、よく理解できないの。誰かを特別に見たり、誰かから特別に見られたりなんて、わたしには素敵なことに全然思えない。

 のりちゃんも、わたしと付き合いたいってお手紙に書いていたでしょ。つまりはわたしを特別に見ていてくれて、それから、わたしに特別に見てほしいってことなんでしょう。

 恋愛の好き嫌いがわたしにはわからないから、のりちゃんと同じ「好き」を、わたしは返してあげられない。だから、お付き合いはできない。ごめんね。


 でも、のりちゃんがくれたお手紙、あれは嬉しかった。具体的に、わたしのどういうところを特別に見てくれているか、よくわかるお手紙だった。だから、あれは返して。わたし、あのお手紙を大切にしたら、いつか皆と同じ、好きとか嫌いとかがわかるようになる気がする。

 それがいつになるのかは、わからないけど。


 でも、それでも、きっとのりちゃんのことをそういう風には見れないと思うけど。ごめんね。


 

 ♡♡♡


 

 呆然と、彼女の話を聞いていた乗本くんは、彼女が最後に口にした「ごめんね」に対して、本当に零れ落ちるように


「ひどい」


と、呟いた。

 すると、姫野さんはうっとりした目で、少し頬を高揚で染めながら、


「ひどいのかな? 苦しい? つらい? いいなあ、わたしには今、のりちゃんがどんな気持ちか全然わからない」


なんて、言葉を彼に浴びせた。そのままそっと、乗本くんの右手を両手で握って、言った。


「のりちゃんは、一生わたしのこと、好きでいてね。わたしがのりちゃんを恋愛対象として好きになることはないと思うけど、ずっとずっと、わたしのことを好きでいて」


 呆けた目をした乗本くんは、操られたように首を縦に振った。

 私はゴミをその場に置き去りにして、逃げた。怖くなったのだ。自分に理解できないことを目を輝かせて話す姫野さんも。自分と同じく理解できていない筈なのに、姫野さんの言葉に頷いた乗本くんも。


 

 その日から、私は姫野さんと乗本くんの行動が気になり、四六時中こっそり目で追うようになった。派手に好意を示すと、また姫ちゃん親衛隊から迫害されてしまうからか、乗本くんは特に目立ったアプローチをすることもなかった。

 けれど、彼女へ向ける視線や、態度は、小学校を卒業して、中学校に入学しても明らかな好意を含んだものであった。


 中学生になった姫野さんは、あどけない少女から、ゾッとするような美少女になっていて、相変わらず誰とも付き合っていないようだった。それはつまり、彼女を慕い続ける乗本くんを、袖にし続けているということだ。


 乗本くんは、中学生になって眼鏡じゃなくなった。勉強は小学校の頃から真面目にやっていたからよくできたし、部活は剣道部に入ったみたいで、日に日に強く逞しくなっているようだった。それでも、あの日から、姫野さんに送り続けている熱の籠った眼差しは変わらなかった。


 私はというと、変わらず平凡な中学生だった。ただ、あの二人、特に乗本くんの動向が気になるため、そこまで興味もなかったのに剣道部に入部してしまったのだが。


 二人の仲はまったく進展せず、さらに後退もしなかった。私はそれを、誰にも気付かれないよう、静かに見守った。

 変わってゆく状況の中、変わらない二人の関係を注視し続けたのだ。



 ♡♡♡



 中学三年生になって、乗本くんは剣道部の部長になった。部内で一番強くなって、男女問わず後輩たちから憧れの眼差しを向けられていた。

 

 一方、姫野さんはとある男の子から告白され、それをいつも通り振ったことで


「調子に乗るな」


と、その男の子のことを好きだった女の子から嫌がらせを受けた。すぐに親衛隊たちがそれを止めさせたが、人から悪意を向けられたことがなかった彼女は、酷く参っていたようだった。


 彼女がその嫌がらせを受けて暫く経った頃、一度だけ、姫野さんと乗本くんの二人が話しているのを見た。その日、部活が終わって部員でぞろぞろ帰路に着くため校門をくぐろうとしたら、門の側で一人、姫野さんが立っていたのだ。いつも引き連れていた、いや彼女にそのつもりはないので、正しくはくっついていた親衛隊も誰もいなかった。


「のりちゃん、わたし、どうしてものりちゃんに聞いてほしいことがあるの」


 彼女は弱々しい声で乗本くんにそう言って、乗本くんは黙って頷き、私たちに「用事できたから」と自宅とは逆方向の、姫野さんの家へ向かっていった。

 

 部員たちは驚いたり、勝手な推測を立てたり、興味津々であったが、あの場で誰よりも二人を気にしていたのは、私だったに違いない。

 

 結局、翌日部員たちから質問攻めにあっても彼は何も口を割らず、一つだけ

 

「あの綺麗な人、部長の彼女さんなんすか」


と、聞かれた質問には


「違うよ」


と答えたのだった。


 

 ♡♡♡

 


 そして、私たちは今、高校生になった。

 私はまた、乗本くんと同じ高校に入学し、同じく剣道部に所属している。

 姫野さんは、どっかの有名な女子校に行くとか風の噂で聞いたが、実際どの高校に行ったかは知らない。わかっているのは、乗本くんと姫野さんが別々の高校に通っていることだけだ。


 中学の時は小学校のメンバーと変わりなかったから、乗本くんのラブレター事件を知っている人も多かった。しかし、私たちが通っている高校には、小学校が一緒だった子はあまりおらず、知っていたとしても小学校の頃の話を持ち出すような人はもういなかった。

 その結果、乗本くんは女子からとても好意を寄せられるようになった。


 しょっちゅう女子から呼び出しを受けて告白され、それを丁重にお断りしているのをよく見かけたし、乗本くんに告白したけどダメだったという女子の慰めあいも耳に入ってきた。

 私はそれを見たり聞いたりする度、胸がざわざわするのだった。理由はわからない、でもモヤモヤした感情が渦巻くのだ。


 観察対象の二人が一人になってしまっても、私はつい乗本くんを目で追ってしまった。片方だけを追っても、二人の関係がどうなっているのか、わかる筈もないのに。癖づいてしまったのか、乗本くんばかりを見てしまう。


 段々と私は、自分自身が恐ろしくなっていた。自分のやっていることは何なのだ。そもそもどうして、ずっと姫野さんと乗本くんの関係を気にしているのだろう、それはもう偏執的なまでに。

 人間は、名前のないものに対して不安を覚え、それを分類しようとする生き物だ。だから、この世にはたくさんの病名が溢れているのだと思っている。

 私は、自分の不可解な症状に合致する病名をつけるため、必死に考えた。考えて考えて、考え尽くした結果、私は病名を「恋」にしたのだ。


 私が今まで、乗本くんを気にしていたのは、彼に恋をしていたから。他の女の子が彼に告白してモヤモヤしていたのも、彼に恋をしていたから。

 そう考えると気が楽になった。そう、私は気付かぬうちに、姫野さんに恋する乗本くんに、恋をしていたのだ。

 


 ♡♡♡



 自分を安心させるために思い付いた恋心は、もっと私を安心させようとしてなのか、すくすく育ってゆき、そしてそれを乗本くんへ伝えたいと思うまでになっていた。

 乗本くんが好き、それを彼に伝えたい。


 初め、私は彼にラブレターをしたためた。けれど、それは結局書いてから一ヶ月経っても、渡せなかった。

 あの日、皆の目に触れた彼のラブレターを、私は拙いものだと心の中で嗤ったが、それよりもはるかに稚拙に感じて渡す勇気が出なかったのだ。


 ラブレターは渡せなかったが、やはり想いを一人止めておくことはできなかった。知ってほしい。自分がどれだけあなたを好きなのか。

 きっと在りし日の乗本くんも、そう思ったのだろう。今頃になって、私は、あのラブレターを読んだ者のすべてが、彼になんと惨いことをしてしまったのかと、自覚せざるを得なかった。


 私は決心して、乗本くんを呼び出した。手紙ではなく、直接会って告白することにした。


「好きです。付き合ってください」


 自分の意思ではどうにもならず、声が震えて、彼を直視することもできなかった。それでも、想いを伝えられたことに少し満足し、後は彼の返事を待った。

 暫しの沈黙の後、彼は本当に申し訳なさそうな声で「ごめん」と言った。


 その謝罪から、ああ、振られたんだと、自分の歪な初恋の終わりに悲しくなって、じわじわ視界が滲んでいく。けれど、その涙は彼の次の言葉で、ぴたりと止まった。


「僕には、好きでいないといけない人がいるんだ」


 例えばこれが、

 

「僕には、好きな人がいるんだ」


とか、

 

「僕には、付き合っている人がいるんだ」  


とかだったなら、私は普通に失恋できたのかもしれない。

 好きでいないといけない人。

 そんなの、そんな人は。


「その人、姫野さん、とか言わないよね」


 私の出した名前に、彼は目を丸くして


「どうして」


と言った。それは明らかな肯定で、私はクラクラと目眩がするようだった。

 小学校の頃までなら、彼が彼女に従うのはなんとなく理解できる。そして、中学校の時も、接点は少なくともあったから、百歩譲って理解できるとしよう。

 今は、高校生になってから、彼は姫野さんに会ってすらいない筈なのに。


「姫野さんと、付き合ってるの?」

「ううん」 


 微かな望みをかけて、尋ねたが簡単にそれは打ち砕かれた。ならば、彼は本当に、あの小学生の時に彼女にかけられた呪いに、何の見返りもなく縛られ続けているということじゃないか!


「そんなの、あんまりよ、ひどい、酷すぎる」

 

 ぽろりと零れた本心は、あの日、乗本くんが口にした「ひどい」という言葉の響きと同じだった。

 そんな私に、困ったような表情を浮かべて、彼は


「どうして、姫野さんとの約束を君が知っているのかはわからないけど、でも、これってそんなにひどいことなのかな?」


と言った。それは、あの日、姫野さんが口にした「ひどいのかな?」という言葉の響きと同じだった。

 私は知っている。この後の展開を。

 あの日のように、私はその場から逃げようとしたが、足が魔法で石に変えられたみたいに動かない。そうして動けないうちに、彼はゆっくり口を開いた。

 どうか、どうか予想を裏切ってくれ。


「そうか、君は僕らの約束を全部知っているんだね。それなら、一生僕らのこと、見ていてくれないかな。僕が君を好きになることはないけど、ずっとずっと、僕が彼女を好きでいることを、誰かに見ていてほしいんだ」


 それはもう、うっとりとした目で、少し頬を高揚で染めながら、彼は私に呪いをかけた。

 いや、本当はあの時、姫野さんが乗本くんに解けない魔法をかけた時、すでに私にも魔法はかかってしまっていたに違いない。

 きっとこの先、私は成就しない彼の恋を、側で見守り続けることだろう。私の恋も成就しないと、わかっていながら。

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