第4話 リンドウを口にするは苦し


「そこにいるなら、手伝ってくれないか、一文字」


 だらりと四肢を投げ出し、ソファの上で倒れている女を一瞥して、彼は笑いながらそう言った。


「馬鹿な女だ」


 少し睡眠薬を飲ませて脅かしただけで、完全に毒だと思い込んで大層怯えていたよ。


「まぁ、秘密を知られている以上、これから怯えるような目に遭うのは間違いないが」


 なんとサディスティックな微笑み。可哀想に。


「まだ、自分の置かれている状況がわからないのですね」

「ああ、そうだな。……殺しはしないさ」


 危ないとわかりつつ正面から乗り込んできた根性は大したものだ。悪くない。


 上機嫌で言い放つ我が上司に、机の上に並ぶ鉢の花を見せる。自分の意図がわからない彼は、それでもまだ御機嫌のまま、何だ、と尋ねた。

 そんなにその記者の女が気に入ったのだろうか。


「社長、リンドウの花を御存知ですか」

「聞いたことはあるが……それがリンドウなのか」

「ええ。弟に頼んで、社長のダチュラと一緒に取り寄せてもらって、今まで育てていたんです」

「弟……ああ彼か、そろそろ母を唆すのも大概にしてもらわんとな」


 わたしの弟へと記憶を巡らしてそう呟き、こちらを見向きもしないで、どうでもよさげに言葉を紡ぐ。


「それにしても、同じ時期から育てていたのなら、少し開花が遅いんじゃないのかね」

「リンドウは晴れている日にしか花を咲かせないのです。わたしの誕生花なんですが……」


 遮るように、彼の携帯が鳴った。


「私だ……ああ……え?」


 ニタリと口角が上がるのを自覚する。みるみる顔色を失う彼は、本当にさっきまでの男と同一人物なのだろうか。


「い、ち文字……お前……」

「リンドウはね、谷原社長」


 悲しむ貴方が好き。


「晴れた日にしか咲かないの」


 悲しむあなたが、好き。


「晴れた時しか、咲かないくせに」  


 悲しみに寄り添う、なんとも苦々しい花。


 茫然と立ち竦み、携帯を握りしめている彼に近づいて、背中から首に腕を回す。


「大丈夫ですよ、社長。わたしは、貴方に寄り添いますから」


 貴方の悲しみに。だから、


「どうか、この淋しい愛情を受け止めてください」

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