第9話 ヒカルが語る過去の話

 「辰馬さ、その時お前、乱暴されていたんだよ」ヒカルは物凄く言いづらそうに撫子さんの問いに答えた。

 乱暴?俺はいじめを受けていたから、乱暴な目にはいつもうけていたが。いやヒカルの言いたいのはそんなことじゃ無いな。

 その時、真夏の太陽に照らされた土と、むっとする草木の匂い。カラッとした空気。それらが蘇った。大きく、ごつごつとした手が口元を覆っていた。

 そして、痛み。

「お前が悪いんだからな」

その言葉が繰り返される。僕が悪いの?こんな恐ろしい目に遭うのが僕のせい?

 僕が何をしたと言うんだ?

 僕は自分が何を思い出したのかわからないまま、涙を流していた。あの日、感じた恐怖。

 それらが蘇ってきた。

 気持ちが悪い。

 思わず嘔吐きそうになった。何故、今まで思い出したことがなかったのか。決まっている、思い出したくない出来事だったからだ。

 撫子さんは、俺の様子を見て手を握りしめてくれた。

 それで、少し落ち着く。側から見ると相当酷い顔をしているんだろうな、という思いが湧いてきた。

 そこでふ、と思ったのだが。

「ヒカルはなんでそんな事を知っているんだ?」

ヒカルは躊躇ったのか、しばらく無言になった。俺はヒカルが何かを言うまで待った。

 やがてヒカルが重い口を開いた。

「見ていたんだ」

「見ていた」

「ああ。辰馬が乱暴されるところ」

あの頃のヒカルならバットを持って、あの男にバットを振っていたはず。でもそれをしなかった。

「なんで?なんで見ていたの?何時もならバットを振りかぶってぶん殴ってくれてたのに」

「その……辰馬が乱暴されていたところを見ていたのは……興奮していたからなんだ。辰馬が乱暴されている所を見て興奮した」

「でも、全部終わった時罪悪感が湧いてきて、それで、辰馬を守ろうと思い始めたんだ。バットを持って辰馬の所に駆けつけるようになったのはそれからだよ」

ヒカルはそう言った。

 なんだ、ヒカルは全部知っていたんだ。でも俺には告げずにいた。そんな事をされたら、幼い自分は対処できなかっただろう。今だって対処できるか分からないが。そう思っていると、再び涙が出てきた。

 感情の奔流だ。おれは静かに涙を流すのではなく、声を立てて泣いた。

 撫子さんが抱きしめてくれた。

「辛かったね、辛かったね。もう大丈夫だよ」

何度もそう言ってくれた。撫子さんも泣いているようだった。想いを吐き出すように、俺はわぁわぁ泣いた。

 しかし嫌な思いの黒々したモノは中々消えない。これ、直ぐには解決しないんだろうな、と思った。

 ひとしきり泣き終わると、ヒカルの方を見た。ヒカルも泣き出しそうな、苦しそうな顔をしていた。ヒカルは掠れた声で

「ゴメン」

とだけ言った。

「何が?」

と答えた。正直ヒカルが何に対して謝っているのか、よく分からなかったのだ。

 しかし、ヒカルは俺の意図とは別な事を感じていたらしかった。

「その、あの時お前を助けられなくて、ごめん」

ヒカルは苦しそうに答えた。

「興奮したことに罪悪感があるの?」

「ないとは言えない。有る」

そうか。ヒカルは罪悪感と義務感で俺を助けてくれていたのか。親友だと思っていたのだが、少し拍子抜けした。結局は俺を真に心配してくれていたのは、撫子さんだったわけだ。まぁそれでも良いか。味方がたった1人居るだけで立っていられる。ヒカルだって、一応味方だ。

 今回の件で、大分警戒心を持って接するようになってしまったが。

「ヒカルはさ、もう一度あんなことがあったら助けてくれる?」

「勿論助けるよ」

バットがない時のために素手で相手をできるように、体を鍛えてきたのだ、と本当か嘘かわからない事を言った。

 撫子さんは抱きしめていた腕を解き、今は俺の手を握っている。

「ごめんね、辰馬。うちの弟が馬鹿で」

俺は撫子さんを安心させるために言った。

「大丈夫、もう落ち着いたよ撫子さんは大丈夫?」

と言いながら、胃の腑の奥で凝り固まっているこの感情を昇華させないと次には進まないんだろうな、と思った。

 撫子さんの手を握りながら、この人を抱きたい、と思い始めていた。

 しかし、ヒカルは俺に興奮したと言うことは少年愛の人だったのか。ん?疑問が生まれたので、ヒカルに問いかけた。

「ヒカルは、俺を見てて興奮したんだよな。それって少年愛ってことなのか?」

ヒカルはさらに言いにくそうにして

「少年愛じゃないんだ。辰馬だから興奮したんだ。そうでなければ、さっさと大人を呼びに行っていた」

要するに、俺が性的な対象として何年も見られていた、って事か。うーん。なんと言うか、怖いな、ヒカルが。

 今回はなんとか逃れることができたが、ヒカルのガタイを考えると次も逃れることができるか、アヤシイ。

 部屋に鍵を付けるべきだろうか。

 撫子さんは、こんなヒカルの性的嗜好を暴露されて、困惑したような、羞恥を感じたのか黙って聞いていた。それは、高校生の弟がノーマルな性的興味を持っていなかった事を考えると、恥ずかしさを覚えるか。身内の性衝動の発露先を知るなんて居た堪れないにも程があるだろ。

 そこまで考えて、思った。


 なんでヒカルはロリータと、幼女が好きなロリペド野郎になったんだ?

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