第7話 辰馬のトラウマ

 ヒカルに襲われたから、二日経った。もうすぐ撫子さんの夏休みが終わってしまう。そうすると、撫子さんについて貰ってヒカルに会うことが難しくなる。

 ここで決めなければ。

 俺は撫子さんに明日ヒカルと会うってメッセージした。撫子さんからは、了解のメールが来て、ヒカルと会う場所に同席して貰う事になった。

 何でヒカルはあんな事をしたのか、知りたいと思ったが、それは本人の口から聞いた方がいい、と言う事だった。

 まあ、俺もそれには納得だったから、撫子さんから無理に聞こうとするのはやめた。


 明日、何があっても動揺しない様にしなければ。


ウトウトしながら夜中に何度も目覚め、俺に取っては不安な夢を何度も断続的に見て、朝、目が覚めた。

「土曜日じゃないか、何でこんなに寝覚めがが悪いんだよ……」

夢の大半は忘れたが、俺を触る手の感触を覚えている。冷たく、少しゾッとする肌触りだ。しかし撫子さんも“思い出せないことは無理に思い出さなくていい”って言ってくれから、これ以上気にすることは止めよう。


 朝食を食べて、午前中に色々やらなくてはならない事を片付けると昼が過ぎていた。

まだ九月前半の陽気はTシャツとジーンズで十分な暑さだった。

撫子さんに

『これから、行っても良い?』

とメッセージした。

撫子さんからは、すぐ

『おいで』

とメッセージが返ってきた。

 誉家に向かうと、扉の前で躊躇ってしまった。ヒカルと顔を合わせられるだろうか、目を見て話せるだろうか。少し吐き気がする。

呼び鈴を押す寸前のタイミングで扉が開いた。

「いらっしゃい。そんな所に立ってたら暑いでしょう、中に入りな」

俺は遠慮なくスタスタ上がった。何時もならこのままニ階に上がってヒカルの部屋に行くのだが、どう言うわけかヒカルの顔を見るのに抵抗感があった。

「取り敢えず、私の部屋に来なよ。そこで話そ」

と言うわけで撫子さんの部屋に上がらせて貰った。

 撫子さんの部屋は女性が好みそうな調度の部屋で、なんだか大人びている感じがした。何となく白と茶色が目立つ。こう、イケヤやニトリのディスプレイに近い感じ。

 いや、俺は家具に詳しくないので、その二店舗がどう違うのかもよく分かっていないのだが。

 部屋の真ん中にあるローテーブルを囲むようにソファが置かれている。

 其処のひと隅に座れと手で案内された。並んだソファのハジだ。

「お茶飲むでしょ?麦茶しかないけど」

「う、麦茶でいいです」

そうして、グラスと麦茶の入ったガラス製のポットを持ってきた。

 それから、俺の隣に座った。それで少し緊張した。ヒカルを呼ぶのかな、と思ったからだ。

「ヒカル呼ぶのが嫌だったら、私たちだけで話そうか?」

と言われた。でも、何故あんなことをしたのか、本人の口から聞きたいし。それに今日顔を合わせなかったら、ずっと異物を飲み込んだような気持ちで、ヒカルを避けながら学校に通わなくちゃならない気がしたから

「ヒカルも呼んでください」

と、お願いした。

 撫子さんはため息をついた後

「わかったわ」と言ってヒカルを呼びに行ってくれた。

「何を話そうか」

そんな独白が口から漏れる。

間も無く撫子さんと、ヒカルが現れた。ヒカルはいつもの闊達さはなく、少しやつれている様に見えた。

 寝てないのだろうか。

「ヒカル、もしかして寝てないのか」

何を話そうかと悩んでいたくせに、いざ顔を合わせるとそんな言葉がするりと出た。

 何だかんだ言っても俺はヒカルを気にかけているんだろうな。

「さてと、こうして顔を合わせたことだし、ヒカルに色々説明してもらおうか」

と撫子さんが言った。

ヒカルは少し躊躇った後、話し始めた。

「俺、昔から辰馬のことを好きだったんだ」

物凄く言いづらそうに、だけど心を決めて話し始めた。

「辰馬大丈夫?このまま話を続けて」

撫子さんは俺に気を遣って、そう言ってくれた。だけど俺はもう少しヒカルと話したいと思った。

「けど、お前ロリペドじゃなかったのか?なんで俺が好きとかそうなる?」

「ロリペドだったのは、そうだけど、切っ掛けはあの頃のお前の姿が心に残っていたから。あの頃のお前は本当に可愛らしくて、俺の心に焼きついていたーー」

「それで女児の下着のカタログを?」

俺はヒカルの話に割って入った。あの頃の俺は(今でもそうなのかも知れないが)容姿が女の子のようでその頃の俺を夢想するには、やはり女児のカタログをみて昇華するしかないのだろう、と思った。

 ……やべぇ、ドン引きだわ。

 唯のロリペド野郎でいてくれた方がどれほどマシだったか。それじゃ、ヒカルは少年好きのショタベド、いやもっと拗らせているからショタロリペド野郎というわけか。

 なんとなくカテゴライズできると少し安心できたが、やはり、そんなことを考えている場合じゃない、と思い直した。

「えっと、ヒカルは俺の事が好きになったのはいつなの?」

「もう忘れた……小学生の時だよ」

これは聞いておかないとダメなんだろう、と思った。ヒカルがいつからそう思い始めたのか、知っておかないと話の土台ができないと思ったから。

「なんで、好きになったの?」

ヒカルは曖昧な表情をして撫子さんに目配せをした。

 2人は示し合わせたかのように、ヒカルが引っ込み撫子さんが前に出てきた。

「これは、私がヒカルから聞いた話で私自身が見ていた話では無いの。だから辰馬は私の話では思い出せないかもしれない。でも思い出せなければそれで良いと思うの。前にも言ったでしょ、思い出せないものは無理に思い出さなくてもいいって」

確かにそう言われた。しかし、俺には何かモヤモヤするものがある。思い出せないのが気持ち悪いというか。だから撫子さんに言った。

「記憶が戻るかもしれない、と言う話を聞かせてください」

って。

 撫子さんは1つため息をついた。

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