第4話 性の捌け口として腕立て伏せは正しいか

 「撫子さん、腕立て以外になにか聞いていた?」

おれは硬い口調で撫子さんに尋ねた。

「うん?それ以外に聞いていないわよ。何か他の話もしていたの?」

その言葉に安堵したとともに、全力でかわす方向で話を組み立てなければならず、それにはヒカルの協力が不可欠だった。

 俺たち二人はアイコンタクトをとり、頷いた。

「俺、筋トレしてもヒカルみたいにムキマッチョにならないじゃん?だから何かやり方が悪いんじゃないかと思ってヒカルに相談しにきたところ」

「そうそう、辰馬のやつすぐ根を上げるからそれでは筋肉つかないだろ、と言うようなことを話していた」

撫子さんはふーん、と言い、

「キャラ設定って何?よくわからないんだけど、腕立て伏せに必要なもの?」

あ、しまった。やばいやつ聞かれた。どうしよう、とヒカルの方を見ると完全に固まっていた。

「あ、あのね、キャラ設定と言うのはね、腕立て伏せする時に筋肉の太い人のイメージをすると良いって、ほらなかやまきんに君とかオードリーの春日みたいにさ。イメージしながら筋トレすると効果的だってヒカルが言うのでそれを今度試してみようかと言う話になり」

「ふーん」

やばい、撫子さんの目を見れない。ヒカルの方を見れば、やつは白目をむいている。気絶しているのか?いや、まさか、まだ倒れていない。ヒカル、この事態を打破する方向に向け、俺はもう充分やったぞ。

「ま、良いけどさ。これ、アンタに届いていたよ。あんたこんなもの買ってどうしようっていうの」

何買っているんだ、ヒカル。それ、そんなにまずい物なのか。

「それは……」

と言ったっきりヒカルは固まった。

 だめだ、ヒカルは完全にオーバーヒートだ。

「ちょっと包装が破れていたから中のものが覗けたんだけど、見るつもりは無かったのよ?でも中からこんなものが見えていたら気になるじゃない?だからヒカルに聞こうと思って持ってきた」

「それは……アイドルのコスです」

あー。ヒカルダムは決壊です。撫子さん、もう止めてあげて。

 そうは思いつつ、俺はヒカルの荷物に興味を持った。コスっていうから服なんだよな。どんなコスだ、際どい系のやつか。でもなぁ撫子さんがいる前で拡げるのもヒカルのことを考えれば悪い気がするし。第一アイドルって言っても誰なんだ?俺が知っているアイドルか?

「で、何ていうアイドルなの」

「秋乃麻冬というアイドルです……」

知らんアイドルだ。取り敢えずスマホで検索してみた。

 あ、これ、絶対あかんやつだわ。キャッチコピーがロリアイドル降臨とか、色々終わっている。顔立ちは、そうだなあ13歳くらいに見える。素直に可愛いと思う。プロフィールを見ると実際は24歳だそう。ロングをツインテールにしているのは、あざとさが透けて見えるな。

 グラビアで主に活躍しているらしいが、全くみたことがないな、俺が雑誌類を買わないせいもあるのだ、と思う。

「ふーん。ヒカリの趣味はこんなだったんだ」

「いや、違くて。俺の理想に最も近くなアイドルが麻冬たんだったんだ」

「麻冬たん……」

「……麻冬たん……」

俺と撫子さんはハモった。尋常じゃ無い発言に俺は戦慄を覚えた。

 俺はヒカルの「最も近いアイドル」という言葉に危ういものを感じ、それ以上詮索することを止めた。多分、撫子さんから根掘り葉掘り聞かれるだろう。

 後で撫子さんから詳細を聞いたほうがいいかな?んー、どうしよう。撫子さんが言い出したら聞く事にしようか。それがいい。

 と、俺が思っている間に撫子さんが、服の入った包装を破り始めた。

「あ」と言って固まるヒカル。

俺は見たいような見ると良からぬ事になりそうな奇妙な感覚を覚え、しかし目は包装の中身を追っていた。

「あ」

俺とヒカルは同時に観念した声を出した。

 むしろ無理に真実から回避しようとせずに済んで清々した気分だ。

 中から出てきたのは白いブラウスにベージュのカーディガン、膝丈の紺のプリーツスカート、黒のニーソックス、赤と白のリボンタイ、ロングをツインテールにしたウィッグだった。

「ちょっと辰馬、立ってみて」

「え?」

「良いから早く」

仕方なく俺は立ち上がった。立ち上がった俺に撫子さんは、肩にブラウスを当てる。それから袖口。プリーツスカートを合わせると、俺もヒカルが何を考えていたか何となく察せられた。

「このヒカルの変態!なんて破廉恥な、俺に中学生の服を着せてどーする。え、何をするつもりだったんだ!」

「それは、何となく、だな。着せようと思ったわけじゃないんだ、そう、イマジネーション、イマジネーションを感じようとしただけなんだ」

イマジネーションって何だよ、どうするつもりだったんだ?

 あ、あれかこの服を見ながら俺が着ているという妄想をしようとしていたのか。何という逞しい想像力の中にも悲哀がこもった衝動。泣けてくるよ。

「まぁ、それは良いんだけどさー。これ辰馬に着せるつもり無いんだったら、何で買ったのよ。安い買い物じゃ無いんでしょ?」

ヒカルは左手でVサインを作った。金額なんだろう。二千円ということは無いだろうから2万円?すごいな、どっから出たんだ、その金。

「撫子さん、ちょっとその辺でやめてあげて……」

「止めてあげて、ってあんた被害者なんだよ?はっきりさせた方がいいんじゃ無い?」

「いや、俺の方は良いから……」

撫子さんは、はぁ、と大きなため息をついて

「父さんと母さんには黙っておいてあげるから、後でどこからお金出てきたのか言いなさいよ」

ヒカルは黙ってコクっと頷いた。

 居た堪れない。ヒカルにこれほど憐れさを感じたことはない。主に本人が悪いんだろうけど。

「じゃ、俺帰りますね。後のことはよろしく」

「あーはいはい。また後でね」

こうして俺は帰ったわけだが、この時ヒカルを完膚なきまでに糾弾しているべきだったと、後で悔やむ事になるのだった。

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