第9話 御堂邸①

「着いたぞ」

 

 霊管支部を出てから20分ほど。目の前にはでっかい日本家屋があった。まず門がすごい。お寺のような意匠を凝らした立派な門だ。宮大工さんが作ったのだろうと思われる。敷地をグルッと囲むのが瓦付きの土塀だ。その広さに驚く。市街地からは距離があるがこの辺の土地代も決し安くはないはずだ。この敷地の規模だと相当な資産家だと思われる。旧家というやつだろうか?屋敷の背面には小高い山がある。


 車から降りておじさんがインターホンを押す。すると門の奥からパタパタと足音が聞こえ門の扉が開いた。

 

 出てきたのは着物姿の品の良さそうなおばあさんだ。歳は70才前後だろうか。

 

 「まあまあ、龍彦さん。この度はご足労おかけ致しまして」

 

 「ご無沙汰しております。状況はいかがでしょうか?」

 

 「……ええ、最近は間隔が短くなって。お静でも、もう限界かと。すでにたけ家の若いお二人がいらっしゃいます」

 

 「そうですか……」

 

 僕は今はっきりとした嫌な気配を感じている。具体的に言えば扉が開いたときからだ。扉の先には不吉な何かが漂っている気がする。

 

 「そちらの方々は……」

 

 「……彼が浄化をします。こちらは御堂さんだ」

 

 「……初めまして。野丸です」

 

 「蓬莱ほうらい天女あまめと申します」

 

 とりあえず挨拶をする。簡素になってしまったのは仕方がない。だってさっきから冷や汗が止まらない。

 

 「浄化は無理という話では……」

 

 「ええ、その様にお話ししましたが、事態が変わりました」

 

 「こんなに若い方が……。本当に大丈夫なのかしら?」

 

 「ええ、多分……」

 

 おじさんの歯切れの悪い返事と、体が強張ってカチコチになっている僕を見て、おばあさんは心配そうな様子だ。僕はそれ以上に不安だ。浄化なんてしたことがないのに、ぶっつけ本番で高難易度をやらされるんだから。そもそも神術とかいう不思議な力自体、結界と言う名のバリアを昨日一度使っただけである。不安にならない方がおかしい。

 

 「とにかく、外は寒いので中へ…」

 

 正直行きたくない。しかしここまで来た以上は行かなければならないのだろう。でもやっぱり今すぐ踵を返してダッシュで逃げたい。

 

「どうした、早くしろ」

 

 おじさんに背中を押されて、半ば無理やり歩かされた。

 

 案内されたのは客室らしき立派なお部屋。畳敷きで、調度品などは西洋風だがセンスが良いのか、部屋全体が品良くまとまっている。中央のソファには先客が二人いた。


 スーツを着た二十代前半くらいの男性に、制服を着た高校生と思しき女の子。

 

 男はオールバックに鷹のような鋭い目つきが特徴的なイケメンで、威風堂々としている。女の子は切れ長のキリリとした冷たい目が印象的な美人さんで、ゆるい縦ロールがお嬢様って感じだ。どちらにも近寄りがたく、高貴な印象だ。

 

 「叔父上、まさかとは思うがその男が?」

 

 「ああ。野丸、この二人は俺の甥と姪だ。浄化が失敗したときは俺とこの二人がやる……」

 

 「……野丸のまる嘉彌仁かみひとです」

 

 「蓬莱ほうらい天女あまめです。よろしくお願いします」

 

 「たけ冷華れいかと申しますわ」

 

 女の子の方は立ち上がり、スカートの裾をちょこんと摘み、優雅に一礼した。

 

 「ふん、素人にただの妖かしか」

 

 男の方はふんぞり返って、自己紹介もしない。おう……、なんて横柄なんだ。

 

 「時間を無駄にしたな。御堂殿、人柱の所へ案内して頂きたい。冷華、行くぞ」

 

 「待て、まずは浄化を試してからだ」

 

 「しかし叔父様、浄化のあてができたというので、『桂花けいか様』を説得できたのかと思えば、連れて来たのは縮こまっている唯の殿方ではありませんか。見てください、恐怖で体が強張っている様です。可哀想に」

 

 全然可哀想と思ってない表情で言われた。むしろ見下されている感じがする。自分より年下の男女に無礼な態度を取られたら、腹を立てるべきなんだろうが、今の僕はそれどころではない。もうこの部屋、濃密な嫌な気配が充満している。なんでみんな平気なんだ。他の人はいざ知らず、天女ちゃんまで余裕そうだ。妖怪だからだろうか。

 

 「この男なら出来る。巫女様がそう仰った」

 

 「……彼女が?」

 

 「そうだ」

 

 「……」

 

 無礼な男が胡散臭げに睨んでくる。そのまま何も言わずにドカッとソファに座った。

 

 「どうぞ」

 

 いつの間にか、おばあさんがお盆に三人分のお茶をのせてやって来た。高そうな茶飲みに入ったお茶が目の前に出される。宮内庁御用達っぽい高級そうな茶菓子もある。

 

 緊張で喉がカラカラだったので素直にいただく。

 

 「どうか煤子すすこ様のことをお救いください……」

 

 祈るように両手を組んで、懇願の眼差しを向けるおばあさん。任せてくださいと強がることもできない。それくらいこの屋敷の不吉な気に圧倒されている。

 

 沈黙が流れる。チクッチクッと時計から秒針の刻む音が聞こえた。

 

 「準備はできたか?そろそろ行くぞ」

 

 「案内します……」


 おばあさんの声は若干震えているように思えた。二人は重々しく席を立った。僕もつられて席を立ったが、全く気が進まない。手も足も震えている。僕の震えている手を天女ちゃんが優しく握った。そして耳元で囁いた。

 

 「ああいう冷たい感じの美少女も居るんですね。勉強になります」

 

 嶽冷華と名乗った少女を指してのことだろう。天女ちゃんは平気そうだな。でもごめん、僕は返事をする余裕がない。不安と緊張が最高潮に達している。


 「頼むぞ……」

 

 ポンと肩に手を置き、こちらにすべてを委ねるような言い方が僕にプレッシャーを与える。

 

 「……もしかしたら、零源れいげんの巫女の予言が初めて外れるかもしれませんわね」

 

 聞こえよがしに言われたが、僕もそう思う。浄化ってどうやればいいんだろう。水晶さんが明滅する。

 

 『任せてください』

 

 ほんの少しだけ気が楽になった。

 

 おばあさんが裏庭へと先導する。裏庭に続く廊下はまるで黄泉への道に思えた。処刑台に向かう囚人のような気持ちだ。はぁ……嫌だ嫌だ。もうこうなったら腹を括って、パパっと終わらせるぞ。光の速さで浄化してやる。

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