第10話 御堂邸②
僕たちは裏庭に続く扉の前へ来た。扉は木製の観音開きで鉄製の閂がしてあり、でかい南京錠を解錠しないと閂が抜けない仕組みになっている。扉の真ん中には黒ずんだ御札のようなものが貼ってあった。
「だいぶ侵されているな……」
おじさんが御札を見ながらつぶやく。
「それでは行きましょう」
おばあさんが鍵を開け、閂を引っこ抜き扉を開けた。おじさんが先頭に立って裏庭に入る。僕も意を決しておじさんに続いて入った。
裏庭に入ってから体の震えが一層強くなった。ジメッと肌にまとわりつくような陰鬱な空気をまとい、ここに居るとあらゆる不吉に襲われるような気さえする。今日は快晴だというのに曇天のようだ。庭全面が陰っていた。北側の庭だということを考えてもおかしい。屋敷は平屋建てだし、周りに高い建物もない。何よりこんな広い庭なのに全く日が差していないのは異常だ。ここは外界とは断絶された別空間のように思えた。
だだっ広い荒れ地だった。草木一つ生えてない。南側が屋敷、東西がやたらに高い土塀、北側が山でこの裏庭を囲っているようだ。山全体からおどろおどろしい気配が漂っている。ここに災いをもたらす神がいるんだな……。ダメだ、すごく帰りたい……。
「あの山は北山と言いますが、昔は忌み山と呼ばれていまして……。中央にありますのが
おばあさんの視線の先、庭の真ん中あたりにぽつんと石でできたドーム状の物があった。正面は穴が開いていて、石垣でできたかまくらのようだ。この石垣のかまくらを囲う様に結界らしきものがあった。錆びた鉄の棒が十数個くらい等間隔で円形に地面に刺さっており、棒と棒の間にはボロボロな注連縄が張ってある。注連縄には御札や鈴とが大量に吊るされていた。御札や鈴もボロボロでかろうじて判別できる程度だ。長年、風雨に晒されたみたいだ。
「ここまで腐食が進んでいるとは……。やはりもう限界だな」
恐怖で震えが止まらない。先程からずっと手を握ってくれていた天女ちゃんの手からも緊張が伝わる。僕の手をぎゅっと強く握っている。顔を見れば、流石にこの空気に当てられたのか、怯えているような表情だ。
「どうした?零源の巫女お墨付きの浄化を見せてくれるんじゃないのか?」
「お兄様、あまり意地悪を言ってはいけませんわよ。ほら、手を取り合って仲睦まじく怯えているではありませんか」
「お、おい、大丈夫か?」
大丈夫じゃないっす……。
「とんだ腑抜けだな。叔父上、もうやるぞ」
「ま、待て!」
高圧的な男が結界石に向かおうと一歩を踏み出した瞬間、この男はまるで雷に打たれたように硬直した。
「……っ!?」
「お、お兄様!?」
ポケットに入れた水晶さんがバイブった。
『カミヒト様は腑抜けではありません』
……今のもしかして水晶さんがやったの?
『そろそろ行きましょう』
催促された。仕方がない、行きたくないけどこれ以上ここに居たら気を失って失禁しそうだ。早くこの場から離れたい。電光石火で浄化するしか無い。
「……ではそろそろ浄化してきますね」
「お気をつけて……」
「おい!大丈夫か!?」
そりゃそう聞くよね。だって声も手も足も震えているもん。
「大丈夫です……」
全然大丈夫そうじゃない声で答えた。
「あの!これを」
おばあさんが僕に何かを差し出した。いくつかの袋に包まれた飴だった。
「いつも煤子様にお供えしているものです」
僕はそれをポケットに入れ、軽く会釈する。
未だ硬直している無礼な男をの脇を通り、煤子様とやらが祀られている結界石に向かって歩き出した。足がめちゃくちゃ震えてるからカクカクした動きだ。傍から見たらものすごく頼りなく情けなく映るだろう。
さて、やっとのことで結界石の前まで来た。体感ではやたらと長い時間がかかった気がする。結界と結界石の距離は1メートルほどで、結界石は2m位の高さだ。中は空洞になっており、入り口は屈めば入れそうな大きさだ。
僕の位置はと言うとこの入口が視界に入らないに横にずれている。なぜかというに見えてしまったから。空洞の中でうごめく人影のようなものが。みえちゃったんだよ。黒い何かが、膝を抱えて座っている黒い何かが……。
よし、水晶さん、早く浄化してしまおう。この位置からでもできるはずだ。見なくてもできるはずだ。僕は神の力を持っているんだからそれくらいはできるはずだ。
『結界の中に入ってください』
……………………。
水晶さんの中に無情な文字が浮かぶ。……この位置からでもできない?
『入ってください』
嫌なんですけど。
『入ってください』
…………。
『入ってください』
本当に無理です。勘弁してください……。
『入れ』
…………はい。
こうなったら破れかぶれだ。もう勢いで行くしか無い。注連縄の高さは僕の腰ほどだ。跨いでいける。よし行くぞ!
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