第8話 何を浄化?

 「妖怪が通える学校があるんですか?」


 「それがあるんですよ、野丸さん。というか私も通ってました。妖怪が人間社会で生活するために必要なことを教えてくれるんです」


 「もしかして湿原しめはらさんは私と同じ妖怪なんですか?」


 「そうでーす。妖怪でーす。でも天女あまめちゃんに通って貰う予定の学校は人間も普通に居るんだよ?」


 湿原さんも妖怪だったのか。見た目は完全に人間なんだけど。なんていう妖怪なんだろう。とんでもないキャリアウーマンとか?


 「同じ妖怪同士よろしくお願いします!あの、湿原さん、その学校には美少女はいますか?」


 「いやあ~、わからないなあ。でもなんで?」


「私は完璧な美少女を目指すため、世の中のいろんな美少女を見て参考にしたいんです」


 「……もう十分完璧だと思うけど?」


 「いえ、私なんか、まだまだです」


 「勤勉なんだね~。まあ、結構大きな学校だし、美少女居るんじゃないかなあ?」


 「本当ですか!良かったです!」


 「入学は4月でいいよね。今から編入だとキリが悪いし。ね、野丸さん」


 「そうですね。それがいいと思います」


 「じゃ、それで決まりですね。手続きとかはこっちでやっておきますから」


 「その学校ってどこにあるんですか?」


 「ここからそんなに遠くないですよ」


 じゃあ、あの神社からもそんなに離れてないのかな。しかし近所に妖怪が通う学校があったとは。


 「制服の採寸とか、後見人であるカミヒトさんの面談とかもあるので、詳しい事が分かったら連絡しますね」


 「わかりました」


 「わかりましたあ!」


 他にも湿原さんによれば、学校以外でも天女ちゃんの事をバックアップしてくれるらしい。特に見た目がとんでもなく美少女だから、日常生活で支障をきたす事も多かろうというので、その辺も考えてくれるそうだ。僕もそこが一番心配だったから、すごく助かる。絶対ストーカーとかできるから。


 あと、スマホも支給してくれるというので、天女ちゃんはたいそう喜んでいた。費用は全部霊管が払ってくれるって。


 「待たせたな」


 おじさんがやって来た。全然待ってませんよ。はあ……、これから幽霊を浄化しないといけない。怖い見た目じゃないといいが……。


 「じゃあ、行ってくるね。天女ちゃんをよろしくお願いします」


 「はい、任せてください。野丸さん、どうか哀れな魂に救済を……」


 湿原さんは今までの軽い感じから打って変わって、祈るような、何かに縋るような真面目な眼差しで僕に言った。


 「……やれるだけやってみます」


 あんな表情をされたら、「任せてください!」と大見得を切りたいところだが、なにぶん浄化なんて初めてなもんで。


 「あの~、私も付いて行っていいですか?」


 「……本気?天女ちゃん。危ないよ?」


 えっ、危ないの!?


 「一応、こう見えて私、カミヒトさんの眷属なので」


 「龍彦さん……」


 「まあ、俺がいるし大丈夫だろう。奴らもな……」


 天女ちゃんが一緒に来てくれるのは心強いが、危ないんじゃなあ……。


 ――大丈夫です――


 ブブッとスマホが振動した。水晶さんアプリだ。


 本当に大丈夫なの?


 ――はい。いざとなれば私が守ります――


 「それじゃあ、天女ちゃん、一緒に来てくれる?」


 「はい、喜んで。お役に立ちますよ」


 僕たちは先程の黒い高級外車に乗り、車はどこぞへと向かい、走り出した。








 僕たちを乗せた高級外車は幹線道路を走っている。目的地は隣市のようだ。助手席には僕、後部座席には天女ちゃんが座っている。


 「すいません、浄化とはどういった事なんでしょうか?詳しく説明をお願いしたいのですが……」


 「山の神を鎮めるために人柱になった子供の魂を浄化してもらいたい」


 「……人柱とは穏やかではありませんね」

 

 「伝承ではこの山の神は災いをもたらす神で、ある一族がその神を鎮めるために儀式を行い、その時に人身御供ひとみごくうとして子供が生贄となったそうだ。災いは収まったが、少しすると今度は怪死する村人が続出し、全身が煤のように黒く変色していたそうだ。死んだ人間たちは、皆あの儀式を行った一族の者たちだった。人柱にされた子供の祟ではないかと当時の人々は恐れ、そこで鎮魂のために神として祀ることにしたんだ。この神を『煤子すすこ様』と呼んでいる。これを代々祀っているのが御堂という家で、今向かっている場所だ」

                 

 「人柱になった子の霊が祟りを起こすんですか?」

 

 「当時はそう思われていたらしいが、実際は煤子様を通じて、山の神が災いを撒き散らしている。煤子様はダムのように負の力をせき止めているが、その量も限界があり、どんどん外に漏れてくる。これを浄化するのが“お静め”と呼ばれる儀式だ。煤子様は体内の負の力が少ないと眠っているが、増えてくると目が覚める。目が覚めている間は周囲に良くないことが起こから、またお静めを行う。それを長い間、繰り返してきたが、最近になって、その周期はどんどん短くなっている。もう煤子様自体の限界が近い」

 

 「……その生贄となった子供の霊を成仏させればいいんですね。しかし、山の神が邪魔で、それが問題と言うわけですか……」

 

 『囚われの魂を解放せよ』だもんな。囚えているのが山の神だということだろう。これをどうにかしないといけない訳だ。でも、災いの神とかすごくヤバそうな気配なんだけど。

 

 「そうだ。だがこれが極めて困難だ。まず、山の神自体が強い力を持っていて、厄介極まりない。しかし、それ以上に問題なのは、煤子様が山の神に大分取り込まれてしまって、ほとんど融合していることだ。そうなると、煤子様だけ浄化させる事は不可能に近い」

 

 「その、分離させることは……」

 

 「無理だ。こうなってしまったら、山の神もろとも消滅させるしかない……」

 

 「では、なぜそのような無理難題を僕にやらせようとするんでしょうか……」

 

 「俺もどうかと思う。しかし、巫女様がお前なら出来ると……」

 

 巫女様……なんということを。いや、実際は光の女神様に言われたことを、そのまま言っただけなんだろうけど……。

 

 「あの、もしできなかったら……」

 

 「人柱になった子供の魂の救済は諦める他ない……」

 

 「消滅させるとどうなるんでしょうか?あの世に行けないとか……」

 

 「死後の世界の有無については霊管でも意見が分かれている。俺は懐疑派だが、信じている者も多い。何れにせよ証拠がないから確かめようがない。それを除いても問題は2つある。まず浄化をしないと、呪いや負の力がなくならない。原因となるモノを取り除いても、それまでの悪影響はそのままだ。だが、これはまだ対処のしようがある。一番の問題は……」

 

 ここで今までずっと仏頂面だったおじさんの顔が苦痛に歪んだ。表情の変化は僅かだったが、確かに苦しそうな、憐憫の感情が垣間見えた。

 

 「力ずくで消滅させるとなると、ひどく苦しむことになる。苦しむ間もなく、一気に消すことができればいいが、大抵は時間がかかる。時間をかけて魂を少しずつ削いでいくんだ。拷問と変わらん……」

 

 おじさんの鎮痛な面持ちの理由がわかった。おじさんは哀れな子供の霊を安らかに逝かせてあげたいのだ。だから藁にもすがる思いで、ドシロウト丸出しの僕に協力を求めたんだろう。

 

 「大丈夫ですよ!カミヒトさんならきっと何とかしちゃいます!」

 

 それまで黙っていた天女ちゃんが陽気な声で言った。出会ったばかりなのに、何の根拠があるのだろうか。

 

 「……フッ。そうだな。期待してる。巫女様の予言は外れたことがない」

 

 おじさんが少し笑った。僕は全く笑えない。だって、山の神とか絶対に怖いじゃない。そしてプレッシャーが凄まじい。何か胃が痛くなってきた……。

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