第37話
桐生達の姿が見えなくなったところで、私は少年の手を離した。久しぶりに走ったから、呼吸が苦しい。
「はぁ、はぁ……ごめんね、急に変なことして。さっきは黙っていてくれてありがとう。どうしても2人きりにしてあげたくてさ。話を聞いてると、なんかもどかしくって」
「分かります。俺……あ、僕は斗真が悩んでいるみたいだったから気分転換になるかと思って今日誘ったんですけど、せっかくの機会なので2人の関係が進展したらいいなって思います」
「あー、いいよそんなにかしこまらなくて。でもよかった。余計なことしたかなってちょっと後悔し始めてたから」
「そんなことないです。あとは斗真が上手くエスコートできれば……」
「うちの桐生が自分の気持ちに気づければ……」
なんか私達って似たもの同士みたい。
「私は及川春奈」
「佐藤亮介です」
「亮介君か。じゃあ、私達は時間まで別行動で……って言いたいところなんだけど、念のため一緒に回ってもいいかな。桐生に余計な遠慮させたくないし」
「もちろんです。春奈さんはどこか行きたいところありますか?」
「うーん、実はどんなアトラクションがあるかあんまり知らないんだよね。だから亮介君の行きたいところに行こう」
まほプリの下調べばっかりで他のエリアは全然見てこなかった。それに若者がどういうものに興味があるのかを知るのは仕事にも生かせそうだ。
「分かりました。じゃあ、あっちのエリアに行きましょう」
「了解」
亮介君はパーク内をどんどん進んでいく。さすが若者。目的地までの地図が頭に入ってるんだな。
「菜々子さんってどんな人か聞いてもいいですか?」
亮介君はそう尋ねた。確かに、友達の好きな人って気になるか。
「そうだな……優秀であるのは確かだよ。仕事の覚えは早いし、努力家でコミュニケーション能力も高い。でも、自分自身には無頓着というか、鈍いというか……斗真君は苦労しそうだね。逆に斗真君がどんな子か教えてくれない?」
「斗真は素直で優しい奴です。ちょっと控えめなところがあるから、世話焼きたくなるって言うか……」
「分かる! 桐生はあんまり人に弱みを見せないタイプだから気になってつい構いたくなっちゃうのよね」
さっきも思ったけど、私達ってやっぱり似てるみたい。集団の中での立ち位置というか。
私は小さい頃から周りに「しっかりした子だ」と言われ続けてきた。手がかからなくて楽、だから周りの大人や先輩は手のかかる他の子ばかりを気にかけていた。そのことを寂しく感じるときもあった。今この場所の主人公は私じゃない、なんて思った。
大人になった今、そんな風に寂しく感じることはない。でもこうやって桐生のことを構いたくなってしまうのは、やっぱり主人公の引力があるんだろうか。
「春奈さん、どうかしました?」
「ううん、何でもない。ちょっと昔のことを思い出しただけ」
それから私達はアトラクションの列に並びながら、桐生や斗真君とのエピソードを話した。亮介君って話は上手いし、しっかりしてるし、顔も一般的に見てイケメンの部類だし、大学の女の子達から人気ありそうだな。私からしたら『年上俺様系』っていう(推しの)タイプとはかけ離れてるんだけど。って、そんなの向こうもお断りか。
楽しく話していると、いよいよアトラクションの入り口前までついた。
「そう言えば聞いてなかったけど、ここってなんのアトラクションなの?」
「ジェットコースターです」
ジェット、コースター……
「大丈夫ですか!? 春奈さん、顔白くなってません?」
「大丈夫大丈夫。顔は元から美白なのよ」
もう大人なんだから乗れるに決まってる。ここまで来てやっぱり怖いのでやめますなんてカッコ悪いし。
乗る順番が近づくにつれて鼓動が早くなる。変な汗も出てきた。大事なプレゼンでもこんなに緊張しないのにな……
大丈夫……大丈夫……別に取って食われるわけじゃない。ほんの1、2分耐えればいいだけのことだ。
「次は俺たちの番ですね」
「そうね……」
座席に座って安全バーを下げる。もうここから逃げられないんだと覚悟を決めた。
アトラクションの出口を抜けると、気が抜けたのか足が震えてその場にしゃがみ込んでしまった。
「心臓止まるかと思った……」
……ああ、結局カッコ悪いところを晒してしまった。自分が不甲斐ない。
「苦手なのに付き合ってくれたんですね」
亮介君は私の隣にしゃがんで、目線が近くなった。
「最後までよく頑張りました」
そう言ってニッと笑った。その笑顔から目が離せない。
奇しくもさっきのアトラクションで聞いた燿と同じシチュエーション。全然タイプじゃないのに。違うのに。
こんなつもりじゃなかったの。私達は桐生達を2人にしてあげるためのおまけで……それなのに。
今だけはどうしても私がこの物語のヒロインに思えてならない。
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