第38話

 斗真君と歩きながらカチューシャに手をかける。装備を全部解除するのは手間がかかるけど、せめてこのカチューシャ大物だけはさりげなく外しておきたい……!

「菜々子さん、それは何のキャラクターですか?」

 と、斗真君……!

「えーっとね! 魔法学校のプリンスたちっていうゲームの久世奏多君だよ! さっきの先輩が好きなゲームで、薦めてもらったんだ」

「……男だったんですね」

「あ、うん……」

 カチューシャを外し、改めてぬいぐるみを見る。かなりデフォルメされてるから、女の子キャラと勘違いしてたのか。奏多君、髪はちょっと長めだし、中性的な感じだもんなぁ。

 及川先輩には『別に顔で選んでません』なんて感じを出してしまったけど、正直見た目はモロ好みだ。キャラクタービジュアルを見て一番に惹かれたけど、アニメでは可愛い見た目に反して主人公である私にだけ冷たい態度を取っていて、そのギャップにやられた。でも過去のトラウマを主人公と一緒に乗り越えることで心が通じ合い、一転して主人公にベタ惚れ。人気属性の一つである甘々な弟ポジションに君臨する。

「最初は冷たい態度なんだけど、ある出来事をきっかけに笑顔を見せてくれるようになるんだよねぇ。その笑顔が、もうほんっとうに良くて! 何それ、可愛すぎるって感じで!」

「僕だって……」

「え?」

「僕だって、菜々子さんからたくさん『可愛い』もらってますっ!」

 そう言って斗真君は怒ったように私を見つめた。

 え……今、何が起きてる? これは怒っているっていうより拗ねてる……?

 うわうわ、なにそれ可愛すぎるでしょ!? それに今の表情、去年のバレンタインの特別キャラでらむちゃんのSSカード『拗ねた顔も可愛いよ』にそっくりー!

 眼福すぎる……

「菜々子さん?」

 いつもより声がとがっている斗真君。そんなところも、

「そうだね、斗真君の方がずっと可愛いよ」

 斗真君は顔を赤らめた。

「そっ……そんなつもりで言った訳じゃ……っ!」

 拗ねた顔に続いて照れた顔も拝めるとは……

「最高……」

「もうっ! 早く行きましょう!」

 そう言って斗真君は足早に歩いて行った。

「待ってー!」

 やっぱり、斗真君は可愛い。

 

「ところで、今はどこに向かってるの?」

「トレジャーエリアです。そこでもうすぐパレードが始まるんですよ」

「へぇー」

 確かに、歩いている道の先には人が集まっているみたいだ。

「パレードの時間知ってるなんて、結構詳しいんだね。ドリームランドはよく来るの?」

「いえ、来たのは今日が初めてです。本やネットでたくさん予習してきました。その……楽しみだったので」

 そう言って少し恥ずかしそうに微笑む斗真君。可愛い……!

 楽しみ、といえば……

「そうだ! 斗真君聞いてよ! この前一緒にアイフレのイベントシナリオ見たでしょ。ペリドット結成秘話の。そのシリーズの第2弾が決定したの! 次はクローバーパレットだって!」

「へぇ、そうなんですか」

「ペリドットは大興奮だったし、次のクローバーパレットもすっごく期待できるよね! 今から楽しみ過ぎて……」

「危ない!」

 斗真君は突然私の腰をぐっと引き寄せた。顔が近づく。

「あっ、すいません! 後ろから走ってきた人とぶつかりそうだったので、つい。痛くなかったですか?」

 斗真君はぱっと手を離した。

「う、うん。大丈夫。ありがとう」

 触れられたところが熱い。斗真君って、こんなに力があったんだ。なんか、ちょっとびっくり。

「行きましょう」

 パレードが見られる沿道につくと、ちょうどよくパレードが始まった。

『Let's play in the water!!』

 その掛け声とともに、キャストの人たちが放水を始めた。細かい水しぶきが空に舞う。

 なるほど、そういうパレードね。キャストの人だけじゃなくて、お客さんも水鉄砲でしぶきを飛ばしている。今日はまだ残暑が続いているし丁度いいかも。

 その時、近くにいた女の子の水鉄砲から放たれた水が斗真君の顔を直撃した。

「斗真君!?」

 斗真君は濡れた髪をかき上げた。

 心臓がドクンと跳ねる。

「やったなぁ? お兄さんも仕返ししちゃうぞ」

 そう言って女の子に手で銃のポーズを作った。

「バン!」

「きゃー!」 

 女の子は楽しそうに走って行った。

「あはは」

 そして斗真君は私の方を振り向いた。

「楽しいですね、菜々子さん」

 そう言って笑う君は、もうどうしようもなくカッコよくて魅力的な男の子だった。


 一時間後、私達は再び合流した。

「菜々子さん、また今度!」

「あっ! うん……」

 斗真君は亮介君と一緒に歩いて行った。

 さっきからずっと心臓がうるさい。

「……桐生」

 うつむき加減の及川先輩が口を開いた。

「はい」

「今日は、もう帰りましょう」

 そう言う先輩の顔は心なしか赤くなっているように見えた。

「そう、ですね」 

 もしかしたら、及川先輩達の方も何かあったのかもしれない。

 帰り道、お互いに何があったのかは聞かなかった。だって今は自分のことだけで精一杯だったから。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る