モブなんかじゃない

第35話

 会社のお昼休み、及川先輩とランチをしていると、

「ねえ、桐生。今度の日曜日、ここ行かない?」

 そう言って及川先輩は2枚のチケットを見せた。

「ドリームランドって遊園地ですよね? そういうの好きなんですか?」

「私の目当てはアトラクションじゃなくてこれよ」

 及川先輩はスマホを差し出した。画面には、前に及川先輩が好きだと言っていた『魔法学校のプリンスたち』のキャラクターが映っていた。

「今週末からコラボイベントなのよ! 限定グッズとか、ステージとか! どう、最高でしょ?」

「どうって言われましても、私は原作をちょっと知ってる程度なので……原作好きな友達はいなかったんですか?」

「休みがどうしても合わなかったのよ。1人でも行けるけど、やっぱり誰かと感想を言いあいたいじゃない? それでこうして桐生に声をかけたわけよ」

 感想を言いあいたいっていうのはすごくよく分かる……! 分かるんだけど……

「今は遊んでいる場合じゃないといいますか……」

「何? なんかあったの?」

「実は……」

 私は斗真君に告白されたことを打ち明けた。

「そんなことになってたの!? もっと早く言ってよ!」

「でも、これは自分で答えを見つけないといけないことなので……」

「それはそうかもしれないけど、周りから意外といいヒントが得られたりするものよ。アニメやゲームからもね。魔法学校のプリンスたちまほプリは乙女ゲームだからいい参考になるんじゃない? 明日、アニメDVDと公式ファンブック渡すから、日曜日までに軽く復習しておいてね。じゃあ、私は先にデスクに戻るわ」

 そう言って及川先輩は伝票を持って行ってしまった。なんか、上手いこと転がされた気がする……


 そして迎えた日曜日。約束した場所で待っていると、向こうから及川先輩がやってきた。

「お待たせ。いい天気ね」

「はい。絶好のお出かけ日和ですね」

「……ところで、桐生」

「何でしょう」

「まほプリの感想は?」

「……すっごくよかったです」

 正直、魔法学校のイケメン王子たちにバンバン口説かれる話だと思っていた。そんな思い込みで、寝る前にちょっと観てみようと流し始めたら……釘付けになった。

 王子たちはイケメンだし口説いてくるのはもちろんなんだけど、とにかくキャラクターがいい! 過去のトラウマを乗り越えたり、意外な友情が芽生えたりと、アイフレにも通じるような感じがある。もちろん、アイフレが私のナンバーワンでオンリーワンだけどね!

「そうでしょ! 桐生ならこの良さが分かると思ったのよ! それで、誰推し?」

「あの……久世奏多くぜかなたくんです」

「あー、奏多ね。桐生はそういう弟系が好みだったか」

「そういうわけじゃないですけど! 子供の頃のトラウマを乗り越えていくところが良かったので!」

「確かにね。あのシーンは良かったわ」

 ふぅ、なんか変な汗かいた……異性キャラの推しを言うのってそのまま自分のタイプを言ってるみたいで恥ずかしい。そう言えば斗真君にアイフレの推しを聞いた時、微妙な反応だったのはこんな気持ちだったのか……ごめん!


 ドリームランドに入ると、まず目の前には大きなジェットコースターが見えた。懐かしいな……前に乗ったのはもう5年くらい前か。

「桐生、こっち」

 及川先輩は定番アトラクションに目もくれず、奥へと歩いて行った。

 後に続いていくと、いつしか周りのお客さんは女の子ばっかりになっていた。

「ここよ」

 門をくぐると、そこには『まほプリ』の世界が広がっていた。足元の石畳は中世ヨーロッパ風の校舎へと続いていて、その沿道には木造の可愛らしい建物が並んでいる。あっ、そこに見えるのは奏多くんと初めて出会う噴水! あっちは燿くんがよく木陰で昼寝をしている大きな木! どれも再現度が高い。コラボイベント、恐るべし……

「写真は何度も見たけど、実物はやっぱりテンション上がるわね! まほプリの世界に入ってるって感じで!」

「分かります! 分かります!」

「それじゃあまずは、ショップに行きましょう!」

 門のすぐ近くの時計台のような建物に入ると、中はグッズショップになっていた。

「まず、マントは必須よね……あとはお揃いのブローチと、限定グッズと……」

 そう呟きながら及川先輩はかごに商品をどんどん入れていく。

「あのぉ……こういうところの商品って結構お高いんじゃ……」

 及川先輩はガバっと振り向いた。

「大丈夫、今日のために数カ月前から貯金してたから。まだまだ余裕よ」

 そう言ってニィッと笑った。

 あー……分かるんだけどなぁ。このリミッター外れてる感じ。周りからはこんな風にちょっと心配されてるんだなって思い知った。

 及川先輩の後に続いて、店内を一通り見て回る。私はどうしようかな……見てると色々欲しくなってくるけど、アイフレに捧げる分のお金を圧迫するわけには……

「じゃあこれ、桐生の分ね。奏多セット」

 そう言って及川先輩はかごの中身を見せた。マントとピンク色のリボンがついたブローチと限定のキーホルダー。ピンク色は奏多君のイメージカラーで、作中ではマントにつけている。

「お会計してくるから、ちょっと待っててね」

「えっ! 自分で払いますよ!」

「いいのよ。今日一緒に来てくれたお礼。目いっぱい楽しみましょ」

「先輩……!」

 仕事の上司としてもオタクとしても、この人についていこうと決めた。


 買ってもらったマントを羽織り、ブローチをつける。建物のガラスに映った自分はまほプリのキャラクターと同じ格好をしていた。コスプレとはまた違う、同じ世界に入ったんだって感じ。

「楽しむ準備が出来たところで、行くわよ!」

「はい!」

 私はマントを翻して歩く及川先輩の後ろに続いた

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