容量いっぱい

第30話

『好きです』

 斗真君は真剣な顔でそう言った。

 その後の記憶は曖昧だ。自分が何を言ったかよく覚えていないし、どんな風に解散したのかも分からない。ただ確かなことは、斗真君の看病のおかげで次の日には体調がよくなったってことと、大好きなアイフレのゲームが手につかなくなったってこと。

 だって、らむねちゃんを見ると斗真君を思い出すから。

 あの斗真君がだよ!? 私を好きだとか……。お顔がらむねちゃんそっくりで最高に可愛らしいってだけじゃなくて、内面も可愛くて尊いあの斗真君が…!

 大体、斗真君とつ、付き合うなんて想像したこともなかったし、そんなことしたら何かしらの罪で捕まりそうだし、斗真君を異性として見たことなんて……いや、全くないこともないな。

 ダメだ。キャパオーバーすぎる……

 そんなこんなで過ごしていたら、斗真君からお疲れ様会を改めてやろうというお誘いのメッセージが来た。反射的に即レスしてから思った。「どんな顔して会えばいいんだろう」と。

 あの日のことはよく覚えていないけど、錯乱状態だった私に告白の返事は出来なかったはず。つまり宙ぶらりん状態。最低過ぎない!?

 次に会う時には返事をしないと……と考えているうちに、その日が来た。


「菜々子さん、おはようございます」

「お、おはよう」

 斗真君はなんでいつも通りでいられるんだろう。私はこんなに緊張しているのに……

 部屋に入ると、斗真君は持っていた大きな袋を床に置いた。

「今日は僕がお昼ご飯を作りますね。キッチンお借りします」

「あ、うん……」 

 今日何をするかは特に話し合っていなかった。袋には食材が入っているのかな。

「そうだ! 材料のお金払うよ! いくらだったか教え……」

「いいですって。今日は菜々子さんのための会なんですから。それに最近、大学内のバイトをしてお給料が入ったんです。だから気にしなくて大丈夫です」

「そっか……」

 せっかく働いて貰ったお金なのにって思うけど、斗真君がいいって言うんだからこれ以上言うのは野暮な気がする。

「菜々子さんと一緒にケーキを作ってから料理に興味が出てきて、いろいろ調べて作るようになったんです」

 ああ……あの時か。アイフレの3話で聖那ちゃんが作っていたベイクドチーズケーキが作りたくて、やってみたけど本物とは似ても似つかない物体が誕生した。その後、斗真君と一緒にもう一度作り直したんだったなぁ。斗真君は失敗したほうのケーキも美味しいって言って食べてくれて、尊い……!って思ったのを覚えている。

「頑張って作るので、待っていてくださいね」

 そう言って斗真君はカバンから取り出したエプロンと三角巾を身に着けた。

 なにそれ……可愛すぎない?

「……やっぱり、お金払わせてください」

「何でそうなるんですか!?」

 これは有料でしょ。


 私のキッチンで可愛い子が料理をしている。三角巾で髪を隠しているから、可愛いお顔がより際立つ。

 ……らむねちゃんが調理実習とかしたらこんな感じなのかな。農学科の同級生が羨ましい……!

「菜々子さん……そんなに見られてると緊張しちゃいます……」

 斗真君が作業の手を止めて私の方を見た。

「ああ、ごめん。……でも、欲望には抗えなくて」

 この姿を一秒たりとも見逃したくはない。

「料理失敗するかもしれないですよ」

「それはそれでいいです」

 ドジっ子のらむねちゃん。全然アリ。

「もう……」 

 斗真君は唇を尖らせた。えっ……可愛っ……

「菜々子さんは彼氏いるんですか?」

「うぇっ!?」

 予想もしない言葉に変な声が出た。

「どうなんですか?」

「い、いないよ! 彼氏なんてもう何年もいないし!」

 あ、動揺しすぎて余計なことまで言った気がする。

「……よかった」

 斗真君はそう呟いたように聞こえた。


「さあ、食べましょうか」

 テーブルには斗真君が作ってくれた色とりどりの料理が並ぶ。メインはハンバーグ。

「すごいね……こんなに料理が上手だなんて……」

「味は保証できないですけど。……菜々子さん、改めてプレゼンお疲れ様でした」

 そう言って斗真君が麦茶の入ったコップを小さく掲げる。

「ありがとう」

 2つのコップがチリンと鳴った。


 ハンバーグを口に運ぶと、肉汁がジュワっと溢れた。

「美味しいよ、斗真君!」

「よかったです。たくさん食べて下さいね」

 そう言って斗真君が笑う。

 ごはんは美味しいし、目の前にはとびきり可愛い子が座っている……幸せ。

 ああ……すごく穏やかな時間が流れてるけど、何か大事なこと忘れてないか。

 言わないといけないことがあったような……

「そうだ斗真君ごぶっ!」

「菜々子さん!?」

 思い出した。告白の返事をしないといけないんだった。

 斗真君が手渡してくれた麦茶で、喉につっかえたハンバーグを押し流した。

「ありがとう。……それで、あの、この前のこっ、告白のことなんだけど……ずっと考えてたんだけど、やっぱり上手く整理できなくて。だから……」

 付き合えないって言おうと思った。推し似の男の子と付き合うなんてどんな妄想だよって感じだし、正気でいられる気がしないし。

 それにこれから先、私よりももっと年相応で可愛らしくてお似合いな子が現れるんじゃないかって。いつか無くなる幸せなら初めから夢を見ないほうがいい。

「返事はまだ決めないでください」

 斗真君は私の言葉を遮った。

「僕のことが嫌じゃないのなら、側にいさせてください。迷ったままでいいです。僕が振り向かせますから」

 そう言って真っ直ぐな瞳で見つめる。

 なんていうか……

「斗真君ってそういうことさらっと言えちゃうんだ……」

 私の言葉に斗真君の顔がみるみる赤くなった。

「さ、さっきのは気づいたら言ってたというか……」

「なるほど、天然ものの人タラシタイプか」

「タラシって……! 変な言い方やめてください!」 

 斗真君は真っ赤な顔で懸命に抗議してきた。

 ……賑やかになってよかった。静かなままじゃ、斗真君にまで私の鼓動が聞こえてしまいそうだったから。

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