第29話
好きな人がすぐそばで寝ている。ドキドキはするんだけど、今はそれよりも心配の方が大きいかも。
僕が押し掛けたこと、迷惑じゃなかったかな。もしかしたら、他に看病してくれる人とか……
そうだよ。彼氏……とか。何でそれを考えなかったんだろう。
もし、もしも菜々子さんの彼氏がここに来たら、僕ってどうなるのかな。
友達?なのかな……でも僕は菜々子さんのことが好きなんだし……
僕って菜々子さんにとってどんな存在なんだろう。僕はいつも自信ないし、話も上手くないし。いいところがあるとすれば、らむねちゃんに似ているこの顔くらい……
その時、突然うめき声が聞こえた。
「うう……」
声の方を向くと、眠っている菜々子さんが苦しそうな顔をしていた。
悪い夢でも見ているのかな。
僕は近づいて、毛布から出ていた菜々子さんの左手をそっと握った。
「う……」
菜々子さんの表情は変わらない。
どうしてあげたらいいんだろう。起こしてあげても、眠ったらまた悪い夢を見てしまうかもしれない。
悔しい。目の前で好きな人が苦しんでいるのに、なにもできないなんて。
その時、一つの考えが浮かんだ。僕だから出来ること。
「待っていてください」
僕は菜々子さんの側を離れた。
手順は覚えていた。菜々子さんがしてくれてみたいに上手くは出来なかったけど。
僕はベッドの側に膝立ちした。短すぎるスカートが揺れる。
「菜々子さん」
僕が声をかけると菜々子さんはゆっくり目を開いた。
「らむね、ちゃん……?」
僕は菜々子さんの手を取る。
「本物のらむちゃんだぁ……夢でも見てるのかなぁ……」
そう言って微笑んだ菜々子さんはまた目を閉じた。
もう苦しそうな表情はどこかへ行ってしまった。
「ん……」
数時間後、菜々子さんは目を覚ました。
「菜々子さん、具合はどうですか?」
「うん、大分よくなったよ。……あっ! 斗真君聞いてよ! なんとね、夢にらむねちゃんが出てきたんだ! ほんと最高の夢だったよ! 私の枕元で手を握ってくれてて、すっごくリアルだったぁ……」
「そうですか。それはよかったです」
僕は菜々子さんに笑い返した。上手く笑ってみえたかな。
らむねちゃんの衣装やウィッグは部屋の隅にまとめて置いてあった。クローゼットに閉まってあったらきっと見つけられなかったと思う。
こんな風に菜々子さんを喜ばせることが出来たのはこの見た目のおかげ。それなら今のままの僕が菜々子さんを好きだなんて、菜々子さんにとっては邪魔なことなんじゃないかな。僕は僕が出来ることで菜々子さんを幸せにできるなら、その方がいい。
「……髪、銀色に染めようかな」
ぽつりと呟いた。
「だめっ!」
菜々子さんが大きな声を出すから驚いた。
「いや……ごめん。髪色なんて個人の自由だし、私がだめなんて言える立場じゃないんだけど。斗真君ってすごく綺麗な黒髪だからさ、染めちゃうのはもったいないなーなんて」
そう言って照れたように自分の髪を触った。
喜んでくれると思った。銀色に染めて、髪を伸ばしたらもっとらむねちゃんに似るから。その方が菜々子さんも嬉しいと思った。
でも、その返事は、らむねちゃんの代わりとしてじゃなくて僕自身を見てくれてるってことですよね。
その瞬間、心にスイッチが入った。
「……斗真君?」
「菜々子さん、前に『夢中になれるものが僕にも出来る』って言ってくれましたよね」
「え? ああ、うん。言ったよ」
「僕、見つけたんです」
「へえ! よかったね! なになに?」
「それは菜々子さんです」
「……へ?」
「好きです。今はまだ僕のことをらむねちゃんに似て可愛いって思っているかもしれないですけど、カッコいいって必ず思わせます。だから、覚悟しておいてください」
このままの関係を続けるか?
答えはもちろんNOだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます