第31話

 片付けまでやると言う斗真君を押しとどめて、皿洗いの任務を獲得した。

 洗い物をしながらリビングに座る斗真君を見ていると、なんだか養ってる感がある。これが母性というものなのか……? まあ、今日養われたのは私の方なんだけど。

「そう言えば、今日からのイベント見ました?」

 そう言って斗真君はこっちを振り向いた。

「え? 何のイベント?」

「何のって、ゲームですよ。今回はペリドットがメインなんですよね?」

「ええっ!」

 確かにそろそろ新しいイベントが出る頃だと思ってたけど……最近アイフレ関連を全部シャットアウトしてたから知らなかった!

 くそぅ……らむねちゃんのイベントに出遅れるなんて……!

 急いで洗い物を終わらせ、斗真君の隣の座ってアイフレを起動する。

「うわぁ、本当だ……えっと、『始まりの物語~私達がペリドットになるまで~』……ってええ!」

「どうしたんですか?」

「あのね、アイフレのメインシナリオってプレイヤーが各学科のアイドルのマネージャーになるところから始まるから、らむねちゃん達はもうアイドルになってるわけね。それで、アイドルになるまでの過程が描かれていないから、どこかでそういうエピソードが出てくるんじゃないかって、アイフレオタクたちの間で囁かれてたんだけど……遂にきたかぁ……!」

「へぇ。確かにどうやってそのグループが出来たのかって、面白そうですね」

「そうでしょそうでしょ! ペリドットは幼なじみのグループじゃないから、他人だった時があったってことでしょ。そこからどういういきさつがあって今の関係までに至ったのか。これは絶対に激萌えのシナリオでしょ!」

 私はイベント画面の『特別キャラクター』をタップした。3枚のキャラクターカードが表示される。

「今回の新しいSSカード、すごく可愛い……! 3人ともそれぞれのイメージカラーの花をモチーフにした衣装で綺麗! 尊い! 『花の妖精たち』って名前だけど、玻璃ちゃんが植物好きなのが関係してるのかな……? ああ、早くシナリオ読みたい!」

「それじゃあ午後はゲームにしましょう。僕も隣で一緒に観ててもいいですか?」

「もちろんだよ!」

 私はイベントシナリオ1話をタップした。


〈私は水川玻璃。ガーデニングが趣味のお母さんの影響で、小さい頃から植物が大好きだった。私の運命が動き出したのは小学5年生の時。たまたま訪れた詩井野学園の文化祭で園芸部が造った庭園を目の当たりにした。その美しさに感動して、この高校に入学しようと決めた。こんなに素晴らしい庭園を造る園芸部に入ったらきっと毎日が楽しいだろう。未来の姿を想像して期待が膨らんだ。そして私は詩井野学園農業科に入学することができた。〉

〈しかし、現実は全てが上手くいくわけではなかった。〉

「園芸部が……もうない……?」

「確か去年だったかな……部員が一人もいなくなって廃部になったんだよ。何年か前までは部員もたくさんいて、活気ある部だったんだけどねぇ」

〈先生から告げられた言葉は、私を絶望させるのに十分だった。園芸部に入ることだけを目標にして今まで頑張ってきたのに、私はこの学園でどうやって過ごせばいいんだろう。〉

〈先生は別れ際に『5人集まったら部活動として認められる』と教えてくれた。でも、私には人を集める気力なんて、残っていなかった。〉


〈足は勝手に中庭へ向かっていた。あの時と同じ場所。でも違う。あの時みたいな輝きはない。〉

「はぁ……」

「新入生かい?」

「ひゃっ!」

〈声の方を振り向くと、そこには作業着姿のおじいさんが立っていた。〉

「驚かせてすまないねぇ。中庭で立ち止まる生徒なんて珍しいからつい声をかけてしまったよ。ここも昔はずいぶん立派な庭園だったんだけど、ここを管理してくれていた園芸部がなくなってからはこんな状態でねぇ。今は用務員の私が管理しているんだけど、園芸に関しては素人なもんで。お嬢ちゃんにも見せてやりたかったなぁ……」

「…知っています」

〈私とおじいさんは今、あの素晴らしい庭園の景色を共有しているんだ。〉

「私は以前見た素晴らしい庭園に感動して、この学園に来たんです。それで、さっき園芸部が廃部になったって聞いて落ち込んでいたんですけど、あの庭園を大切な記憶として持っている人がこの学園にいるって分かっただけで救われました」

「そうだったのかい……じゃあ、お嬢ちゃんにいいもの見せてあげるよ。ついておいで」

〈いいものってなんだろう……私はおじいさんの後をついていった。〉

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