第16話

 メイド喫茶で聖那ちゃんの作ったビーフシチューと涼ちゃんが作ったラテアートを堪能した縫ちゃん、イーリスちゃん、雅ちゃんの3人はその後も様々なカフェや屋台のメニューを食べて回った。

「はぁー……もうお腹いっぱい。幸せ……」

「私も……満足満足……」

 そう言って、イーリスちゃんと縫ちゃんはお腹をさすった。

「2人とも、いい食べっぷりでしたね」

 2人を見て雅ちゃんは微笑んだ。

「じゃあ、次はそこ行こうよ!」

 そう言ってイーリスちゃんが指さしたのは教室を利用したお化け屋敷だった。

「イーリスちゃん、恐いの得意?」

「ええ! 作ったものだと分かっていれば全然平気よ!」

 イーリスちゃんはふふんと胸を張った。

「でも日本のお化け屋敷は外国とまた違うでしょうし、大丈夫かしら……」

 不安そうな雅ちゃんをよそに、2人は入口へと進んでいった。


 縫ちゃんと雅ちゃんがお化け屋敷を出ると、先に脱出したイーリスちゃんが震えていた。

「もう。突然走って行くのでびっくりしました」

「なんか、いた……途中で……ぬるっとして、ひやっとするのが顔に触れて……! ああ……思い出しただけで……」

「ああー、それはたぶんコンニャクだね」

 縫ちゃんが言う。

「コンニャク……?」

「うん。こういう手づくりお化け屋敷だとあるんだよね。ひもでぶら下げたりしてさ。いつも不思議だったんだけど、あのコンニャクって、終わった後どうするのかな……?」

「さ、さあ……?」

 縫ちゃんと雅ちゃんは考え込み始めた。

「私っ、顔洗ってくる!」

 そう言ってイーリスちゃんは走って行った。

「行っちゃった……」

 縫ちゃんはその背中が見えなくなると、雅ちゃんの方を振り向いた。

「2人ってあんまり似てないよね。むしろ正反対みたいなのに、仲良しなんだね」

「ふふ。やっぱりそう思いますよね」

 そう言って窓の外を見つめた。

「イーリスって自分の思うままに振る舞っているでしょう。笑ったり、驚いたり。そういうところが大好きなんです。自分と違うからこそ強く惹かれます」

「なんか、分かるなぁ」

 雅ちゃんが縫ちゃんの方を振り向く。

「縫さんもですか?」

「うん。聖那ちゃんってしっかりしてそうだけど、けっこうドジだったり不器用だったりするのね。でも、失敗してもあきらめないで何度も挑戦するところとか、すごいって思う。涼ちゃんはやる気なさそうにしてるけど、ここぞ!っていう時の集中力はずば抜けてるの。自分にない魅力があるから憧れるし、大好きって思うのかもね」

「そうですね」

「お待たせー!」

 その時、イーリスちゃんが帰ってきた。

「ねえ、次はあっちの教室行かない?」

 縫ちゃんが指を差した。

「もうコンニャクない?」

 イーリスちゃんが不安そうに尋ねる。

「ないない。次は愛の印を作りたいんだ」

「アイのシルシ?」

「そう! ほら、早く行こ!」

 縫ちゃんは2人の手を握って走りだした。


 教室を出ると廊下の窓から見える空は茜色に染まっていた。

「あ! 聖那ちゃん達、お仕事終わったみたい。被服準備室で待ってるって。」

 スマホを確認した縫ちゃんが言った。

「そうですか。じゃあ、ここでお別れですね。作ったもの、きっと喜んでくれます」

「うん、ありがとう! 今日はすっごく楽しかったよ! また一緒に遊ぼうね!」

「Natürlich!」

 手を振って、縫ちゃんは2人と別れた。


「お待たせー!……え?」

 勢いよく扉を開けた縫ちゃんは目を丸くした。

「縫ちゃん! 今日は時間なくてごめんね。明日は一緒に文化祭回ろう!」

「待って待って! 聖那ちゃん、その顔……!」

「へ?」

 涼ちゃんが聖那ちゃんにそっと鏡を差し出す。

「な、な、なにこれぇぇ!」

 聖那ちゃんの顔には赤い液体が飛び散っていた。

「聖那の作るオムライスが大人気だった」

「そうじゃなくって! なんで涼ちゃん教えてくれなかったの!?」

「だって、縫にも見てほしかったから」

 涼ちゃんはハンカチで聖那ちゃんの顔を拭きながら答えた。

「もう……もう! 私、アイドルなのに……!」

「大丈夫。人目につかない道を通ってきた」

「だから遠回りしてきたのか……ってそうじゃない!」

「ふふ……あはは!」

 2人の様子を見て縫ちゃんが笑いだす。そして呟く。

「離れていたって繋がってるんだね……」

「ん? なんか言った?」

 聖那ちゃんが尋ねる。

「ううん、何でもない。ねえ、2人とも手出して」

 2人は手を差し出す。縫ちゃんは2人の手の平に何かをした。

「はい! 出来たよ!」

「わぁ……!」

 聖那ちゃんの手にはオムライスのマーク、涼ちゃんの手には猫のマークと、それぞれの名前が描かれたスタンプが押されていた。

「お仕事お疲れ様。頑張った2人にはスタンプあげちゃうよ!」

「可愛い……縫、ありがとう」

「これ、縫ちゃんが作ったの?」

「うん。消しゴムハンコをつくれる場所があったんだ」

「そっか……ありがとう」

「うん! 明日は3人で文化祭楽しもうね!」

「そうだね。ね、涼ちゃん」

「うん」

 そう言って3人は笑った。


「聖那さんと涼さん、きっと今頃喜んでいるんでしょうね」

 中庭を歩きながら雅ちゃんが言った。

「私だって、雅がくれるものなら何でも嬉しいのよ」

「……見つかっていましたか」

「ええ」

 そう言って手を差し出す。

「笑わないでくださいね……」

 雅ちゃんが手の平に押したスタンプは不格好な花のマークだった。

「これは菖蒲かな」

「はい……イーリスの名前の意味は菖蒲だと以前言っていたので……でも! 上手くできなかったんです!」

 そう言って顔を隠そうとする雅ちゃんの手を取った。そしてスタンプを押す。

「お返し」

 雅ちゃんの手の平には、藤の花のマークが押された。

「私達のアイのシルシ!」

 そう言ってイーリスちゃんはニイっと笑った。

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