第3話 お試し演奏 ~1/2~

「みぃが困ってる」


 美音の様子に、リクも同じような困り顔を浮かべた。


「リクも困ってるみたいだけどね?」


 茶化すようにトットが笑う。


「じゃあ、姫が何に困っているのか、聞かせてもらおうかな?」


 艶やかな笑みを含んだ目を向けるヴァリイにドキッとしながらも、美音は少しずつ頭の中の混乱の糸を解き始める。


「えっと、皆さんは楽器、なのですよね?でも、私にはどうしても人間にしか見えなくて」

「あぁ、そういえばそうですね。では、これでいかがでしょう?」


 そう言うなり、ルーの姿が後ろが透けて見えるくらいに薄くなったかと思うと、ちょうど胸元辺りに銀色に輝くフルートが浮かび上がった。


「みぃちゃん、手に取ってみてください」

「えっ?」

「吹いてみても、構いませんよ?」


 言われるままに、美音は手を伸ばしてルーの胸元に浮かぶフルートを手に取った。

 それは正に、祖母が吹いていたフルート。

 リッププレートに唇を寄せ、主管のキィに指を乗せると、薄い影のようなルーの手が美音の手の上にそっと重なる。


「そのまま、吹いてみてください」


 耳元で囁かれ、美音は祖母がよく吹いてくれた『春の歌』の一節を吹いた。

 ブランクはあったものの、ルーの手が美音の手をリードしてくれたのだろう、まるで自分がフルートと一体になったように、今までになく気持ちよく吹くことができた。


「姫、次のお相手は是非俺をご指名ください」


 おどけたように優雅なお辞儀をしながら、ヴァリイが片手を美音に差し出す。

 ヴァリイの姿もルーと同じように後ろが透けて見えるくらいに薄くなっていて、差し出された手の平の上には、ヴァイオリンと弓が浮かんでいた。

 そのヴァイオリンと弓を手に取ると、美音はあご当てに顎を乗せ、弦に指を乗せた。

 気づけば、背中から美音を抱きしめるような体勢で、ヴァリイの手が弓を持つ美音の手と弦に乗せた美音の指の上に重なる。


「何を弾こうか?」


 艶のある声が美音の耳を擽る。

 その声に、美音は答えた。


「G線上のアリア……弾けるかな……」

「了解」


 久しぶりにヴァイオリンを弾く美音にとって、G線上のアリアはそう簡単に演奏できる曲ではない。

 けれども、ヴァリイと共に弾いたからなのだろう。

 やはり、ヴァイオリンと一体になったかのような、心地の良い演奏をすることができた。


「みぃ、僕も試してもらえないかな?」


 控えめな口調でそう声をかけてきたのは、リク。

 後ろが透けて見えるくらいに薄くなった体で、手にしたクラリネットを真っすぐに美音へと差し出す。


「クラリネットって、すぐリードミスしちゃうんだ、私」


 差し出されたクラリネットを受け取り、独り言のように呟きながら、美音は恥ずかしそうに頬を染める。

 美音は父親の奏でるクラリネットの音が大好きで、何度も手ほどきを受け練習したものだ。

 けれども、美音にはマウスピースの咥え方がどうしても難しく、度々ピーッという甲高いリードミスの音を発生させてしまうのだった。


「大丈夫。僕に任せて。優しく咥えてみて」


 リクに言われた通りに、美音はマウスピースをそっと咥えた。


「そう。そのままキュッと唇に力を入れて」


 言いながら、リクはキーに乗せられた美音の指に指を重ねる。


「白鳥の湖、だよね?」

「えっ?……うん」

「いくよ?」


 やがて、クラリネットのベル部分からは、美音が大好きなクラリネットの柔らかい音が流れ始める。

 美音の大好きな、白鳥の湖の曲。父親に何度もせがんで聴かせてもらった曲。

 それを、1度のリードミスも無く、美音の演奏で美しく奏でることができた。

 リクのサポート無しには、不可能だったのだろうけれども。


「ねぇみぃおん。そろそろ外、出て見ない?ずっと部屋の中じゃ、つまらないでしょ」


 達成感に浸る美音に、トットがそう声を掛けて来た。

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