第2話 運命の楽器候補
「ん?もしかして姫は、何故ここへ来たのか分かっていないのかな?」
色気の滲む大きな二重の目に笑いを含ませた少年が、黒髪のゆるいウェーブのかかった短髪を右手で掻き上げる。
「どうやらそのようだね。じゃあまずは説明と、僕たちの自己紹介が必要じゃないかな?」
穏やかな声でそう言ったのは、ブルネットのフワフワの短髪の少年。
笑うと線のようになる一重の目の瞳の色は、濃い焦げ茶。
「そうですね。それではまず、状況の説明をしましょうか」
少女かと見紛うような美しい銀髪のロングストレートの少年が、切れ長の一重の目を糸のように細めて微笑み、話し出す。
「私は、フルートのルー」
「えっ?フルート?」
「おや?みぃちゃんは意外と記憶力が悪いのですか?」
ルーと名乗った少年が小首をかしげると、サラリと銀髪が零れ落ちる。
ルーは、身に付けたゆったりとした薄い菫色のブラウスと、ゆったりとした濃い菫色のガウチョパンツがよく似合う優しい雰囲気を纏っていた。
瞳の色も優しい印象を与える淡いブラウンなのだが、どうやら言葉には少しばかり毒があるらしい。
「お婆ちゃんから聞いていたでしょう?心が迷ってしまったときに、運命の
「……はぁ」
(そう言えば、お婆ちゃんはフルート吹いてたな。ものすごく優しい音だった)
祖母が昔聴かせてくれたフルートの音を思い出していると、遮るようににぎやかで明るい声が割り込んでくる。
「ルーったら、相変わらず優しい顔して言葉に棘があるんだよねぇ。でも大丈夫だよ、これでもちゃんと優しいから。次、オレね。オレはトランペットのトット。みぃおん、覚えてるかなぁ?これ、みぃおんのおじいちゃんのお気に入りの服、再現してみたんだけど」
明るいアッシュグレイのフワフワの短髪。
クリクリした二重の大きなタレ目の瞳の色は濃い焦げ茶。
そんなトットが身につけていたのは、確かに美音の祖父がトランペットを吹く時に好んでよく身につけていた服によく似ているような気がした。
クリーム色の五分丈シャツに、虹色のサスペンダー付きマロン色の七分丈カーゴパンツ。茶とクリーム色の縞々のハイソックス。
「似合ってる?」
「はい、とても」
美音の言葉にニカッと笑うトットの前に立ち塞がったのは、ブルネットのフワフワの短髪の、スッとした一重の少年。自己紹介を提案した少年だ。
「僕はクラリネットのリク」
ただそれだけを口にした少年は、言葉は少ないものの温かい空気を纏っていた。
白いシャツに紺色の細身のネクタイ。
クラリネットは、美音の父がよく聴かせてくれた楽器だ。
リクはどことなく父と似ていると、美音は思った。
「それだけ?リクはほんと、口下手っていうかなんていうか」
やれやれ、とでも言うように両の手のひらを上向けているのは、美音を『姫』と呼んだ少年。
「俺はヴァリイ。ヴァイオリンだ。ねぇ、姫。俺にしておきなよ。後悔はさせないからさ」
ドキッとしてしまうくらいの色気を秘めた大きな二重の目を優しく細め、真っ赤なシャツの胸元の第2ボタンまでを外し、肘までシャツを捲くり上げた腕を、ヴァリイは美音へと伸ばす。シャツの裾は、濃いブラウンのスラックスを腰まで覆い、カジュアルな印象を与えている。
(なんだか、叔父さんに似てる……このチャラい感じとか)
時折美音の家にフラリと訪れては美しいヴァイオリンの音色を聴かせてくれた叔父を、美音は思い出していた。
そして叔父は美音を『姫』と呼んで可愛がってくれていた。
そう言えばここ暫く会っていないなと、懐かしさに手を伸ばし掛けた時、美音の肩が軽い力で掴まれ、クルリと向きを反転させられた。
「俺はノア。お前とお前の母親が弾いていたピアノだ」
この世界へ来て最初に美音が耳にしたノアの声は、やはり心地よく響く声。
切れ長の二重を僅かに細めて、微かに笑っているようにも見える。
けれども、美音にはその整った顔に、何故か冷たい印象を覚えた。
ピアノは、ノアの言う通り、母親も弾いていた楽器だ。
そして、美音が嫌というほど練習させられた楽器でもある。
その、ピアノに対する悪い印象が、ノアの印象をも悪くさせているのだろうか。
短髪ストレートの黒髪。
白のシャツに黒のスラックスという、いたってシンプルな服装。
胸元のボタンは一番上だけが外されていた。
「という訳で」
穏やかなルーの声に振り返れば、ノアの前に自己紹介を済ませた4人が、美音の前に横に整列をしていた。
そこへ、ノアも加わり、5人が美音の前に整列をする。
「先ほどお話したとおり、私たち5人が、みぃちゃんの運命の楽器候補です。みぃちゃんが心から演奏したいと思う楽器を、ゆっくり選んでくださいね」
”という訳で”の一言で全てを理解できる訳もなく。
美音は困り顔で、自分をまっすぐに見つめる5人の少年の10の瞳から目を逸らした。
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