第35話 報告=悔悟
オロチと会話が成立しなくなってから数日が過ぎた。オロチのことを心配していないと言えば嘘になる。然しもの俺でもオロチが反応しないと少し不安になる。主にツッコミ不在の恐怖によるものだが。
音沙汰もなく消えたオロチに一言言ってやりたいがそんな事を考えていてもどうにもならないのが現実だ。
「どこに行ったのやら……」
オロチが無反応な為なのか、いつもよりも、静けさがある自分の部屋で独り
いや。オロチがいないから寂しいとかでは決して……そう、決して無いが! それでも一人の時間というのは久々だったので何をすればいいのか分からなくなってしまった。
「──くーちゃん。覚ちゃんが家に来たよ!」
「ぇ? あ、あぁうん。私の部屋まで案内していいよ」
「はーい!」
ノックもせずに部屋に襲来してきたお母様に言われてさとちゃんが家に訪ねてくる約束があったのを思い出した。お母様にプライベートな時間を無許可で侵害されたのを問い詰めたいところだがさとちゃんが来てるとなればそっちを優先しよう。
「くすちゃん来たよ〜」
「いらっしゃいさとちゃん。今日は何をするの?」
さとちゃんにしては珍しく……はないか。二人で話したいと言われたので朝早くからさとちゃんは私の家へとやってきたのだ。
いやぁ懐かしい。仲良くなった最初の頃は早起き出来ずにお母様に無理矢理起こされてたっけ。
無理矢理の度合いが行き過ぎてたような覚えもあるが……思い出せないな?
思い出そうとすると何故か身震いが止まらなくなるので考えないことにした。
「今日はね〜、まずは先日の【襲撃体】の件の話をしに来たんよ〜」
「まずは、ですか」
「そうだよ〜? それでね、【襲撃体】の
「分家が仕組んだ痕跡が無かったの?」
「うん」
以前、俺とさとちゃんはあの初任務での一件を仕組んだのが分家の人間だと推測していた。しかしさとちゃんが、宗家の中でも諜報に長けた『二三四家』のお墨付きってことだと本当に偶然だったのか? こんな原作に無いズレ、それこそイレギュラーが……まさかッ!
「さとちゃん、【襲撃体遮断結界】の記録データについて調べてほしいな」
「なにかわかったの〜?」
「【襲撃体遮断結界】には【襲撃体】を選別する能力があるっていうのは覚えてる?」
「子供の時に勉強で出てきたのだね〜」
「【襲撃体遮断結界】で出現する【襲撃体】には上限があるのも?」
「う、う〜ん……確か、一度で出現する【襲撃体】が飽和しない為に【襲撃体遮断結界】が制限してる〜……うぅ〜、覚えてないよ〜」
「大体合ってるよ。さすがさとちゃんだね」
「えへへ〜。もっと褒めて褒めて〜」
アッ……ァ゛アアア゛! ……おっと危ない。
色んな意味で危ない橋を渡りかけたが、さとちゃんの答えはほぼ正解に近い。
「より正確に言うと『
「それで結局何がわかったの〜? もったいぶらずに教えないとまた耳を弄っちゃうよ〜?」
「分かったよ!? 言うから! 言うからお耳を撫でようとしないで!?」
妖しく目を光らせながらいやらしい手つきで触ろうとしてくるさとちゃんの腕を抑える。油断も隙もあったもんじゃないな!?
「恐らく……あくまでも私の予想だけどね? 200年近く私達の平和の礎となっていた【襲撃体遮断結界】自体がもうボロボロで破綻しかけてるかもしれない」
「あの【結界】が〜!?」
「万が一にも【結界】が完全に破綻してしまったら……『第一次侵攻防衛戦線』なんて比にならない数の【襲撃体】が戦場地区を無に帰すね」
「それって〜、かなり不味いことだよくすちゃん……!」
「さとちゃんさとちゃん。さっきも言ったけど、これは私の想定した最悪の未来だから実際はまだ【結界】に綻びなんてなく、私の勘違いだったで済む話かもしれないから。そのためにも【結界】の記録データを確認する必要があるって事だよ」
某有名漫画の台詞にあった、常に最悪のケースを想定しろ。この世界に生まれてから、最高の結果よりも最悪の結果をまず先に思い描くことが増えた。
最悪を想定した上でそれにどう向き合い、対処していくのかが俺の命題だ。
「そういうことならわかったよ〜」
「じゃあさとちゃん、よろしくね」
「うんうん。わたしに任せたまえ〜」
ぽんっと効果音が鳴りそうに手を胸に叩くさとちゃん。可愛いし頼りになるとか完全無欠か? よく俺の耳を弄ってくるところはいただけないポイントだがな。
「それで、二つ目のことなんだけど〜。こっちの方が今日くすちゃんのお家に来た本題かな〜?」
「
「それも良い報告か悪い報告かで言えば、悪い報告になっちゃうやつだね〜」
「暗い話ばっかりだね今日」
オロチもいなくなるし厄日どころか厄月だわ。
「と言っても〜、これから話すやつは異常を引き起こした犯人探しをしてる中で偶然見つかった事件なんだけどね〜」
「それなら分家が大きく関わってるの?」
「ご明察〜。分家の中でも黒い噂が山ほどあるお家での惨い事件でさ。詳しいことは省略して話すけど〜。その分家で非人道的な実験が行われたんだよ。そして先日直接出向いて調査した所、拉致されてきた
「……それは、酷いね」
それからさとちゃんから聞いたのは、同じ人間の所業とは思えない正気を疑う話だった。
何故そんなことを引き起こしたかとその家の当主に問いただせば、なんと人工的に【端末所持者】を作るという馬鹿げた理由だった。
そもそも、【端末所持者】に選ばれる条件というのはハッキリと分かっていない。ただ、必須条件として純粋な心を持つ女性という条件がある。
そこで当主は純粋という事を自己解釈した結果、逆転の発想を用いたのだ。『元々純粋なら幼い内から穢れきった幼子なら【端末所持者】に選ばれる筈だ』と。
ふざけるな。そんな愚劣な発想で一体何人の少女を殺したんだ。
更に当主は組織に無断で未使用の、しかも新型の【端末】を盗んだのだ。まだ実用化されてないプロトタイプの【端末】なので組織の登録も済んでいなかったらしい。
直ぐに組織は返還を求めたが、肝心の【端末】は既に当主の手元に無かった。居たのだ。【端末】の適応者が、今回の事件の生き残りが。
そこで俺はふと、先日の嫌な記憶がフラッシュバックする。
「ちょっと待ってさとちゃん。新型の【端末】って、私達の【端末】と何が違うの?」
ひたひたと最悪のピースが揃っていく。
「ん〜? えっと、わたしも一つ一つの違いはわからないけど、大きく違う点があって〜」
さとちゃん、やめてくれ。その先を俺は聞くなと、本能が訴えている。
「一つ目が【
「そう、なん、だ……」
「くすちゃん?」
既視感が頭から離れない。
「ちょっと……トイレ行って、くる」
さとちゃんの制止も聞かずにせり上がってくる吐瀉物の不快感を感じながら部屋を飛び出した。
トイレに着いて限界が来たのか、俺は勢いよく吐いた。
「うっぷ……ぉえ」
おれがまた、きずつけた。
「……ぅ、げ……ぉぇ」
おれがまた、なかせた。
「────ぁ」
おれがまた、くるわせた。
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