第36話   =最悪

 その後、俺は部屋で虚空を見続けていた。さとちゃんはいなくなっており、恐らく帰ったんだろう。俺の記憶には朧気にさとちゃんを玄関まで送った覚えがあった。

 だが、今の俺にはそんな些細な事などどうでも良かった。


「あの子が……そんな、こと」


 俺と対峙していたあの少女だと判明したわけじゃないが、さとちゃんの先述から該当するところが一致しているのでアタリで良いだろう。

 俺と戦いを繰り広げたあの少女こそ、例の分家が引き起こした凶悪な実験の被験者であり唯一の生き残りの少女だ。

 そして俺はそんなことなど露知らず、一方的に傷付けてしまった。そんな自分に腹が立つ。何をやっているんだ、と。


「結局は私の独り善がりな行動でもたらされた結果か……何やってんだろうな、私」


 オロチが出てこないのもそれが原因なのかと思い始めてきた。

 思えば、そうだ。今まで八坂来栖音として何を為してきた? 全部オロチがいたからこそ成り立ってきたものばっかりだ。

 俺がでしゃばりもしなかったらあの子を傷付けずにもすんだのでは?


 つまりは俺のせい?


「あ、はは」


 何だ。簡単なことだったじゃないか。こんな単純なことに気付けなかった自分自身に笑えてくる。


「私がいけなかっただけ! オロチの忠告も聞かずにリミッターを外して、我慢できずにあの少女を撤退まで追い込ませた私が! 私は!」


 誰彼構わず救えるような主人公ウツキじゃなかったんだ。


「私に……ッ! 俺に『八坂来栖音』は務まらないッ!」


 昔オロチに言った言葉が甦る。


 『————いいか? が死んで転生した事を知ったように話すのはいい。どうせ俺自身も滑稽だと思ってるからな。だけどさ……『本来の人格』とか『その子のフリ』? ————ふざけんな! お前みたいなぽっと出の化け物が理解したように八坂来栖音を語るな! 『片方の意識』なんてない! 俺が……が、なんです! そこのところを理解してください!』


 あぁそうだよ。お前は八坂来栖音だ。だがお前は八坂来栖音で在ることを放棄した卑怯者だ。『ふざけるな』はこっちが言いたい。


「私には何も救うことが出来なかった! 私一人では周りの人に危険が及ぶだけなんだ!」


 俺は来る『おわはて』の時を皆で一緒に迎えることが目標だが、ハッキリ言ってそんな目標など、只々ただただくだらない。唾棄すべきモノだった。

 生きる事すら命懸けになるのがこの世界なのに、俺は実に愚かな目標を掲げていた。

 この世界にとっての癌でしかない分家。


「妙な真似をした瞬間に、家丸ごと潰してやるッ!」


 精々出来るあの子への贖罪が俺にはこれしかない。二度ともうこんな事件が起きないように。

 俺は来栖音であって、八坂来栖音ではないことをしかと胸に刻んだ。

 今度は失敗しないように、オロチがいなくても頑張れると、息巻いた。


 その為にも、必要な準備があるな。

 俺は『八坂家』の力を使ってを進めることにした。


 総ては皆が平和で暮らせる為。

 来栖音の犠牲なんて、安いもんだろ?



***




「くすちゃん、大丈夫かな〜?」


 わたしは昨日、くすちゃんの家に報告も兼ねて遊びに行ったんよ〜。

 それで最近あった分家の事件を説明してたら急に立ち上がってトイレに駆け込んで行っちゃったんだ〜。その時の顔といったら今まで見たこともないほど怖い顔をしていた。

 トイレから戻ってきたくすちゃんは心ここに在らずのような表情をしていたからちょっと心配かも〜。

 その後も話していても上の空だったりしたことがいっぱいあったし〜。あともう一個、個人的に聞きたいこともあったんだけど〜。


「分家の事件ね〜……」


 くすちゃんがおかしくなったのはわたしがその話をした後からだった。

 きっとくすちゃんはなにか知っている。わたしは確信をもってそう言えるよ〜?


「それに〜……くすちゃんの【端末】に、【武装顕現アピア】をした記録と一定時間の異空間滞在履歴を知ってるわたしからすれば〜。何かあったなんて一目瞭然だよ〜」


 でもくすちゃんから言ってくれない限り、わたしは問い詰めないって考えてるよ〜? 無理に聞き出すのもくすちゃんに失礼だしね〜。


「あ、覚サン。おはようございます」

「おはようサトリ! 今日は起きてるわね!」

「お〜えいーとひかりんもおはよ〜」

「おや? 来栖音サンとは一緒じゃないんすか?」

「今日はわたしが日直だったから早く来たんだ〜」


 だからくすちゃんの家に行けなかったとえいーとひかりんに伝えると二人は納得してくれた。


「み、皆さん、おは、おはようございます……」

「お〜れいれいだ〜! まだちょっと慣れないかな〜?」

「いえ、覚さん達にどう声をかけたら迷ってしまい……たどたどしくなってしまったんです」

「なるほど! レイはコミュニケーション能力に欠陥があるのね!」

「グフッ!?」


 あ〜あ。ひかりんのデリカシーのない発言でれいれいが撃沈しちゃった〜。ひかりんはもうちょっと配慮を覚えればいいのにね〜。


「ヒカねぇ! いつもいつも言ってるけど、どうしてそんな酷いことを平然と言うの!? 確かに、今の鈴サンの挨拶には致命的な欠陥があったとは言え…………あ」

「貝に……私は貝になりたいです……」

「えいーもそういうところは姉妹揃って同じだね〜」

「つまりワタシとエイはとっても仲良しってことね!」

「ヒカねぇは何言ってるの!? ち、違うんですよ鈴サン! エイは悪気は無かったんです! そ、そう、本心で! 嘘偽りなく伝えたんすよ!」

「…………出来れば私はムール貝くらいになりたいです」

「何で!?」


 えいーは弁解したつもりだけどより事態が悪い方向に行っちゃってるよ〜……可哀想なれいれい。え? 助けろって〜? 面白いからこれでもいいよね〜。


「それはともかくくすちゃん今日は遅いね〜」

「……確かに珍しいっすね。来栖音サンが遅刻ギリギリの時間になっても学校に来ないのは」

「来栖音さんの場合、珍しいどころか初めてですよね?」

「遅れてきたなら後でお説教よ!」


 くすちゃん、もしかして今日は学校来ないのかな〜?

 昨日の様子のくすちゃんは類を見ないほど変な雰囲気だからそれが続いちゃってると学校にも【襲撃体】との戦いにも支障が出そうな感じだったから〜。

 そう。まるで、顔だったな〜……。

 と、ここでSHRショートホームルームの予鈴がなっちゃったのでわたしは席に座って先生がやってくるのを待った。


 でも、先生が変災を引き連れて来るとは予想出来なかったんだ。


「みんな、おはようございます。……うん、

「え?」


 ぜん、いん……って?


「せ、先生? まだ来栖音サンが来てないっすよ……」


 徐々に言葉の覇気が無くなりながらえいーは先生に確認を取るがそれはわたしたちを更に絶望へと突き落とした。


「姉ヶ崎さんは何を言っていますか? ?」

「う、嘘…………」


 どういう、こと?

 その事実はわたしたち『回帰日蝕』にとって、青天の霹靂の悪夢だったんだ。

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