第34話 終わり=消失
先に動いたのは少女だった。
さっきのは手加減して攻撃してきていたのか、数段階動きのキレが疾い。
俺は向かってくる少女にカウンターを決めるべく反撃のチャンスを窺う。
「あれれぇ? さっきより反応早くなったぁ?」
「それについて行けてる君も大概だ、よッ!」
こちとら『神変闘化』で身体強化されてるのにそれをものともせずに対応出来てるこのメスガキ何者だよ!?
鎖の射程を調節しながら少女を周りを覆うように鎌を投げる。これで捕らえられればいいんだが……。
「お姉ちゃんバレバレだよぉ? 足りないオツムで頑張って頑張って考えてたけど、残念でしたぁ! きゃはは! ねぇ、今どんな気持ちぃ?」
「少しは、黙って欲しいなッ!」
大した策では無いことは百も承知だったが、ここまで煽られると腹が立つな。
鎖で捕縛する作戦は少女の大鎌の一撃で瓦解し、鎌が一振少ない俺が一転してピンチになった。
その機会を逃す少女ではなく、好機と見るや否やその自らの得物で袈裟斬りのように振り下ろそうとしてくる────では無かった。
「嘘でしょ!?」
「残念でしたぁ! 本命はコッチだよお姉ちゃん!」
バギッと俺の横っ腹に少女の左拳が下から上に突き刺さった。その瞬間まで少女が握っていた大鎌が今は消えており、大鎌を振り下ろしたように見せ掛けて俺の懐に入り込んだ少女はアッパーの要領で俺を殴打したのだ。
大鎌はフェイクって訳かよッ!
「ごはっ……!?」
「ドッキリ大成功! きゃはは!」
殴られた衝撃で飛ばされた俺は痛む腹を抱えながら少女を睥睨する。その両手には確かに大鎌が抱えられていた。どういう事だ? なんでさっき少女は何も持ってなかった?
「なんで素手の状態になっていたって表情してるぅ! きゃはッ! その顔ボク、とぉーってもダイスキ!」
「悪、趣味……だね」
不味い。想定してるよりもかなりのダメージを喰らった。一撃でコレかよ……総合力に差があり過ぎる!
(オロチ! リミッターの全解除!)
『一気に全部解放すると来栖音に負担が掛かるよ?』
(それでもやるしかないよ!?)
『仕方ない。他ならぬ宿主の頼みなら……いくよ』
直後、ドクンッと心臓の鼓動の音が大きく高鳴った。血が沸騰するのが体温上昇と共に感じている。今なら何でも出来そうな高揚感もある。
「あはは」
「お姉ちゃん……何かヤなかん──」
「どーん」
「──ぁぉッ!?」
あは、凄いなぁこれ。頭で想像した通りに動くことが出来る。【武装】なんて要らずに素手で制圧した方が楽だ………………もう、何も考えられない。考えたくない……ゼンブコワシチャエ。
「つかまえた」
「ッ! はな、してよっ!」
「えい」
「あがっ!?」
これ楽しい。モグラ叩きやろ! ハンマーは君ね!
「いたっ」
「はぁ……っ。きゅ、うに……急に、ぼ、ボク……面白くな、い…………調子に、乗らないでよ!」
「わぁ! はやいはやい。追いかけっこするの?」
「なん、でッ!? 動きを予測して……ッガハッ!?」
「私の勝ちー」
やっぱり私強いね……私が最強だ!
「──うぷっ……ぉぇ。……はぁ、はぁ。ボク、がこんな、に!」
「まだ遊ぼ!」
「ヒッ!? や、やだ! ボク、もうやりたくない! ボクはただ……ただおうちにかえりたかっただけなの! どうして誰も助けに来なかったの! どうして誰も止めてくれなかったの! どうして……どうして…………どうしてボクは、こうなったのぉ……?」
まだ遊び足りない。もっと、もっと遊びたい。もっと私と遊んでよ。
ねぇ? 何でそんな泣きそうなの? 大丈夫?
「どうしたの?」
「どうしたの……って? どうしたも……どうしたもこうしたもあるか! ぼくは……ボクはやっと自由になったのに! やっと好きな事して生きれるようになったのに! あの地獄の場所から抜け出したのに! また戻りたくない……もう戻りたくないよぉ! お腹が空いたよぉ。お腹がいっぱいになるまで食べ物を食べたいよぉ!」
「…………」
「もう男に犯されたくない! 男なんか嫌いだ! 死んでしまえばいいのに! 嫌い……きらいきらいきらいきらい、キライ! 人間なんて、人間なんて塵芥同然のゴミしかいないんだよぉ!」
「ひとがきらいなの?」
「嫌いだね! 人間なんて信用出来ないし醜い猿同然の自己顕示欲しか能のない年中発情期の生き物だよ! 正義という大儀名分を掲げて好き勝手ボクを弄ぶ大人が嫌いだよ!」
難しい事言っててわかんない。でも嫌いってことは伝わった。
「私は?」
「……は?」
「私は、きらい?」
「お姉ちゃんも……人間だから嫌い」
「でも私、悪いことしてないよ?」
「それはッ! ……でも、ボクをいじめた」
「先に手を出したのは君だよ? それに、私は君が出会ってきた『大人』に見える?」
「見え、ない……けどっ!」
意識がふわふわしてきた……遊んでたら疲れちゃったのかな? 早く帰ってぐっすり寝たいな。
「大丈夫だよ。私は君を裏切らない」
「そんな……そんな綺麗事をッ!」
「君が過去に何を経験して、どうしてそこまで酷い顔をしているのかなんて私は知らない。でも君が……希望なんて無いと捨てきった顔をした君が、私はどうしても手を差し伸べたくなっちゃうんだ。私が君の希望になるよって」
「うそだよ……」
「嘘じゃない」
「誰も助けに来なかった!」
「これからは私が君を助けに行くよ」
「誰も止めてくれなかった!」
「嫌なものは嫌って言ってくれれば私が止めてあげるよ」
「誰もボクは信じられないよ……?」
「君が誰も信じられなくても、君を信じる私がいる事を覚えておいてほしいな」
「…………ボクを信じてくれるの?」
「昨日の敵は今日の友ってね。私は友達のことは無条件で信じちゃうお人好しだから」
「後悔するよ?」
「あはは! そのセリフって友達なのを認めちゃってる時に言うやつだよ」
「ふぇ? う、うるさいなぁ! まだボクはお姉ちゃんのこと、認めてないもんねぇ!」
「そうやって照れ隠しするのも可愛いね」
「ッ!? もう、お姉ちゃんなんか知らないッ! もうボクどっか行くから!」
顔を真っ赤にしながら少女の去っていく後ろ姿が蜃気楼のように霞み始める。
あれ? もう意識、が……落ち────、
「──ぅみゅ?」
暗澹とした意識がクリアになった。ここは……そうだ、あのメスガキ! ってあれ?
「現実世界に戻ってる?」
オロチとの『神変闘化』のリミッターを全解除した以降の記憶が無い。追い払った、のか?
「オロチ、起きてる?」
反応ナシ、か。力の使いすぎでオロチはしばらく休眠に入ったんだな。と、なると事情を知る人間はあの少女だけになったな。
いくら先に襲いかかってきたとは言え、行方が分からなくなると不安を覚えてしまうのが俺の性分だ。
「ひとまず帰ろう」
気付けば辺りが暗くなっていた。これはお母様に怒られそうだ。
夜空を仰ぎ見ながら俺は【襲撃体遮断結界】に似た空間に飛ばされることになった不思議な場所を後にした。
「きゃは、責任、取ってねよねぇ? お姉ちゃん!」
「? 気のせいかな」
あの少女の声が聞こえたのような気がしたので後ろを振り返るが、そこに誰もいなかった。
家に帰宅後、お父様が「来栖音が……不良に……ッ!?」と嘆いていた。親バカをいつも通り発揮してくれて良かったよ。
今日あったことは秘密にしておこう。体感的にはあの少女を俺は殺してないはずだ。意識無かったから絶対とは言いきれないけどな。詳しい事は回復したオロチから聞けばいいだろ。どうせ明日にはケロッと目覚めるだろうし。
────しかし、この日を境にオロチの反応がロストした。
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