第22話 主人公=アホの子?

 お母様から買い物を任されたのでササっと目的の物品を買えたのでのんびりした足取りでがやってきた。


「にゃー」

「あ、猫だ」


 俺の前に踊り出てきたのは日光に照らされ絢爛けんらんな毛並みを揃えたネコだった。この時に本気で捕まえておけばにはならなかったんじゃないかと心から思う。


「にゃにゃ!」

「行っちゃった……首輪がついてたから誰かのペットだと思うんだけ…………ど?」


 ふむ、ふむ? 綺麗な毛並みの子猫? どこかで既視感が……それも途轍もなく引っ掛かりがある。でも何だったっけなぁ?

 悶々としながら先程のネコについての考えを巡らせていると「あの!」と、背後から声を掛けられた。

 な、なんだろう……すんごい前世で毎日聞いてた声に似たのが聞こえるなぁ。具体的には若干幼く聞こえるけどそれでもなおその子の元気溌溂はつらつとしてそうな人の良さが滲み出すぎて小学生時代にとんでもない鬱エピソードを抱え込んでるような娘の声が聞こえる……。


「こんにちは! わたし桜城おうぎウツキ。あなたも猫ちゃん探し手伝ってくれるの?」

「う、うううう、ううううう?」

「うわ! どうしたの!? 大丈夫?」


 ドーモ、主人公サン。俺ノ名前ハ、クスネデス…………じゃねぇよ!?

 あ、あれれ? おっかしいぞお? アナタ今戦場いくさば地区にいませんよね? 旧城塞址地区みんなのトラウマじゃありませんこと? あ、旧じゃなくて城塞址地区きそくしちくか……ってそんなこと話してる場合か!


「ご、ごめんなさい。少し発作が……」

「発作!? 具合悪いの? 大丈夫? も、もしかして……わ、わた、わたしのせいかな?」

「そ、そんなことないよ? だから泣かないでウツキ」


 あちゃーかなり精神が不安定な時期のウツキに会っちゃったか。

 桜城ウツキ。『おわはて』の主人公にしてシリーズの始まりの女の子でもある……そして作中トップクラスの『読者全体(一部の変態を除く)を曇らせた女の子』でもある。

 ウツキを語るにあたり、いくつかの伝説となったもので「ウツキの過去むごすぎ事件」と言われたものがある。

 ウツキのモノローグ彼女自身の過去が『おわはて』小説内で語られるがそのあまりの鬱すぎる出来事エピソードと淡々とウツキが語る奇怪さに何度目かわからない斜辺23°先生の炎上が起こった。

 その内の一つに『集団いじめ』の話がある。

 これの原因となったのがさっき俺とエンカウントしたネコだ。

 先ずウツキ自身の性分として、人助けを生活していく上での指針としている。そんな彼女はクラスメイトから猫探しのお願いをされた。そこまでだったらほのぼのとした一幕になったのかもしれないが、そんな展開にならないのが斜辺23°先生我らが大元凶である。

 あろうことかペットのネコは見るも無惨なむくろとなってウツキが発見した。それだけでもかなり胸糞悪い話なのだが、迷子のネコが亡骸となって見つかり、更に第一発見者がウツキという事もあり、邪推しやすい小学生達はなんとトントン拍子に彼女を犯人に仕立て上げてしまった。

 そう、あたか

 実のところ、この猫探し事件はウツキの人気に嫉妬した女子グループによる犯行だった。うーん、人の心ェ……。

 この生々しい描写や鬱憤溜まるヘビーさにアニメではカットされてしまった。しかもこういったウツキの過去は沢山あり、「え? 何でウツキ主人公やれてんの? この子おかしいよ……」と彼女の精神力を見て畏怖を覚えた読者も少なくない。俺も読んでてそうだった。

 以上のことが度重なった結果、自身を顧みずに率先して問題に飛び込む『人生RTA女の子(覚悟ガンギマリ)』になってしまった。『おわはて』キャラへの歪んだ愛、公式が最大手すぎるんだよなぁ。


「ご、ごめんね! 急に泣いちゃって……」

「もう気にしてなきから大丈夫だよ。それで猫探し、だよね? 私も手伝うよ」

「え!? そんな、悪いよ! 迷惑かけちゃったし、ええっと……」

「そういえば名前言ってなかったね。私は八坂来栖音。見た感じ同い年だと思うから好きなように呼んで。それに、これも何かの縁だしね。ウツキが困ってそうな顔してるの見ると助けたくなったからね」

「じゃあ、よろしくね来栖音ちゃん!」


 花が咲いたような笑顔を此方に向けながら右手を差し出してきたウツキ。俺は両手でウツキの手をニギニギするとちょっと照れだした。

 可愛い……はいそこ「犯罪臭くね?」とか言わない。俺は今さいつよ美少女だから眼福だろ眼福。

 まさかこんな可愛い子が酷い目に遭うなんて……許せませんなぁ。あ、今気づいたけど全然タメ口で喋ってた…………軌道修正不可なのでそのまま続行ヨシ!


「く、来栖音ちゃん……そろそろ、離してほしい、かな。あ、嫌とかじゃなくて――」

「大丈夫、そんな気にしてないから。ちょっと揶揄っただけ。ネコ探そっか」

「うん! どこに行ったのかな?」

虱潰しらみつぶしに探そうとすると日が暮れるからここは……」

「ここは?」

「私の勘を信じてついてきて」

「わ、わかったよ!」


 勘、というよりあのネコが最終的に行き着く場所に行くだけだが。

 俺の予想ではネコが死ぬのも含めてクソッタレな計画に含まれるならあの場所ネコが死んだ場所にいち早く行けばネコが命を無くす事を回避できるかもしれないと思ったのだ。

 幸いにもその場所について目星がついており、殺した奴がどんな犯人であろうが所詮は一般人の範囲内なので俺なら一方的に制圧できる。


「よし」

「ここって……誰もいないけどここに猫ちゃんがいるの?」

いない」

「いないって……え、『まだ』?」

「私の勘ではこの公園に現れると告げている。その証拠に……アレ見てよ」

「アレは猫ちゃんの首輪の種類と同じリードだ! でもどうして……?」

「ウツキ、来て」

「ふぇ? 来栖音ちゃんどこに行くの?」


 俺は困惑しているウツキの腕を引っ張りながら草が生い茂った場所に潜伏した。


「来栖音ちゃん何でわたしたち隠れたの?」

「嫌な予感がする。私の勘ってよく当たるから」

「そ、そうなの? でも猫ちゃんとかくれんぼにどんな共通点があるんだろう?」

「……恐らく隠れることによってネコと同じ気持ちになるから見つけやすくなるんだよ」

「そうなんだ…………来栖音ちゃんは物知りだね!」


 それでいいのか主人公。

 簡単に丸め込めてしまったことに驚き半分、不安半分だが俺としてはポンコツウツキは可愛いのでオールオッケーだ。


「そうでもないよ。私よりも物知りな人はいっぱい…………ウツキ、少し静かにしてて。ネコが来る」

「猫ちゃん? あ、ほんとだ! って来栖音ちゃん? 捕まえに行かないと」

「まだあのネコは警戒してるから息をひそめて、油断したところを捕獲しようか」

「なるほど。分かったよ!」


 ウツキを騙してるようで申し訳ないがあくまでも俺の目的は犯人の制圧だ。そいつが出てきたところを叩けば万事解決する。と、思ったが俺はふと考えてしまった。

 今回の一件が失敗しただけで諦めるの程、あの女子グループの嫉妬心は小さいか? 否、生物の死を以てしてまでウツキを悪者にさせたゴミクズ共だ。あの手この手を使ってでもウツキを陥れるハズだ。

 それにウツキの『集団いじめ』は絶対に学校でも問題になる程のことなのにそれが浮き彫りにならなかったのは何故だ? もしやあのゴミクズ共の中に学校での問題を揉み消せる権力者の子供がいたのか?

 この世界での権力者と言われれば真っ先に組織の人間が思い浮かぶ。俺たち組織の幹部を担っている家系が宗家ならば当然分家もある。宗家ほどにはないにしろ分家もそこそこの富裕層だ。分かりやすく言えば宗家が王族、分家が貴族みたいに分類される。

 この世界は組織があらゆる分野を支えている。

 組織で働けることが一種の夢となっており、誇りある仕事だとお母様達から教わったが、誇りある仕事である故にプライドが高い人間も一定数いる。「自身は選ばれた人間なのだ!」と選民思想に憑りつかれる。

 ハッキリ言ってこんなもん選民思想なんて、実にくだらなく唾棄すべき行為だ。

 さて、ではそんな奴らが最も耐えられない屈辱とは何か?

 答えは一般人が自身より上に立つ事だ。

 ではもう一度聞こう。桜城ウツキという普通の少女が選民思想に憑りつかれた奴を差し置いて、学校の人間の脚光を浴びている事実に対してどう思っているか……まあ、答えるまでもないか。


「————どんな手を使ってでも彼女を破滅させてやる……馬鹿馬鹿しい」

「え? 来栖音ちゃん何て言ったの? 聞こえな……あれ? あの子は」

「来たね。ウツキ、出ようか」


 自分の飼い主が来たのを察知したネコは主へと駆け出したが肝心の飼い主は俯いたまま顔を上げようとしない。


「にゃぁ?」

「……ぶ…………よ」


 ぼそりと消え入るような声が聞こえったと思った途端、飼い主の女は勢いよくネコへその顔を見せた。

 血走った狂気的な目をした主に直前まで向かっていた脚を本能で止めた。


「にゃあ!?」

「全部ッ! あの女が悪いのよ!」

「来栖音ちゃん! 猫ちゃんが危ない!?」


 ネコの飼い主は隠し持っていた包丁を自らのペット目掛けて振り下ろした。

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