第23話 先輩=クソボケ
「はいストップ」
当然飼い主がネコを刺す寸前で止める。これで止めなかったら何のために隠れてたんだよと非難殺到されるのでしっかりと止めた。べ、別にウツキの為じゃないんだからね! いい加減黙った方がいいな俺。今そんなネタぶっこんで良い時でもないしな。
「ッ!? 何を!」
「いくら猫アレルギーだからって殺すのは駄目だよ」
「五月蠅いその手を離して! 急に何すんのよ!?」
「貴方こそ何をしてるの? そのネコはウツキが探してたネコなのに殺そうとするなんておかしいよ?」
「あの女の名前を呼ぶなァ!?」
「おっとと……かなりの力で抑えてたけど。腐っても分家の人間かな」
右手のナイフを左手へ自由落下で落とし、苛立ちをぶつけるように振るわれた鈍色に光るモノが俺を襲う。
俺は身体ごと仰け反りながらネコを抱きかかえて飼い主の女から距離を取った。
「許せない……許せない許せない許せない許せない!? あの女さえいなければ! 私は奪われたのよ!? あるべき場所を! あるべき栄光を! あの女…………桜城ウツキに!?」
「わ、わたし?」
「ハッ! 何、居たの? 桜城ウツキ? ちょうどいいわ! この子と一緒に殺してあげる! そうよそうよ! 最初からこうすれば良かったのよ……」
「貴方……分家の人間だよね。いくら分家の人間といえど殺人は揉み消すことのできない問題――——」
「だから?」
「はい?」
「だから何になるのよ? 私が人を殺したとしてもそれが私にとってのメリットなり得るなら家族総出で私を祝福してくれるわ!」
「————」
絶句した。
選民思想を持つ分家はここまで価値観が壊れてしまっているのかと。
「そのためには正しく殺さないといけませんので。死ね……桜城ウツキィ!」
「ひっ! い、いや――」
ウツキにとって、生まれて初めて人による死を身近に感じたんだろう。顔面蒼白で尻餅をつきながらなんとか生きるために後退りする。
そんな姿を見て、俺は――――、
「——ウツキ、大丈夫」
「——ぇ?」
「な!? 私の突きを……指で止めた!? これは何かの間違……ヒィ!?」
「誰に向かって殺意を向けた?」
ただ純粋に赫怒した。
「うぷッ……ぉえ! そ、そんな……その『闘気』は! ぅう、う、嘘よ!?」
「どうやら私が誰なのか理解したね……一応名乗っておくよ。『八坂家』現当主、八坂ヤマトが娘……八坂来栖音。これからは無いから、これっきり宜しくね」
「う、そよ……嘘嘘嘘嘘ッ! そ、そんな訳ないじゃない!? これは私の幻覚よ……そうよ! これを殺せば私の悪い夢も覚める……ならッ!」
「来栖音ちゃん避けて!?」
はぁ……愚かだな。
「心配してくれてありがとうウツキ。でも大丈夫……避けるまでもない」
「や、刃が通らない!?」
「たかが家庭用の包丁で私に攻撃が通ると思ったの? 拙い包丁捌きで私をどうやって調理するつもりだった?」
「あ……ぁああ!? ああぁああぁ――――ぁ」
「あらら、気絶しちゃった。仕方ないかな」
これでは正当防衛が出来ないが相手が相手だ。自画自賛になってしまうが、あっちは何十にもある分家の内の一つの娘。こっちは神童と謳われている宗家の娘。身分とその身に宿ったスペックが違い過ぎる。
「ふにゃー」
「ネコが無事で良かった。もちろんウツキもね」
「うん……助けてくれてありがとう。でもあの子は……」
おずおずと倒れた女を見たウツキだったが、その肩は恐怖で震えている。
「事が起こってしまってからじゃ遅いけど、ごめんなさい。私たち宗家の管理能力の不備が原因でウツキを怖い目に遭わせちゃったから」
「そんな! 元はと言えばわたしが来栖音ちゃんを付き合わせたのがいけなくて!」
「そっか。じゃあウツキが悪い」
「ッ……うん」
「でも……私も悪いね。一番最初に私が『八坂家』の人間って明かしてたらもっと穏便に事が済んだかもしれないからね」
「来栖音ちゃん……」
「だから私も悪いしウツキもそうして責任を感じなくていいよ」
結局、間接的にとは言えウツキを危険な状態にさせたのは殆ど考えなしに行動した俺の責任だ。
「あ、そうじゃなくて……」
「え?」
「そ、そうけ? とかぶんけ? って何なのかなって思って」
「おふぅ」
「お、おふぅ?」
そうだった……まだウツキは
よくよく考えてみれば直ぐわかるだろ俺! 一般人(仮)のウツキを含め、組織と全く関わりの無い人たちにしてみれば、俺達組織の宗家云々の内容は基本は秘密にされている。精々、少し裕福なお嬢様ぐらいの認識だった筈。
組織の秘密を知ったからには死んでもらう、とはならないが……なーんて説明しよ。ウツキもいずれ組織の事は嫌でも知っていくからウツキから見て俺はなんだろう。先代、は
「————ウツキはまだ知ることはないけど……うん、私が言えることはウツキから見て私が先輩ってことかな」
よし、説明すべきことと言いたいことは言えた。後は
あ、やっべぇ……お母様から頼まれたおつかいの事すっかり忘れてた。ここらで解散かな。
「『先輩』って……どういう――」
「じゃあね。この子は私が持っていくね」
「ま、待っ」
俵担ぎで女を持ち、跳躍で公園外の街路樹へ飛び移る。ネコも一緒に連れて行こうとも思ったがネコはウツキが抱えてるからあのままでいいかな。妙に懐いてるし、あの状態から引き離すのも忍びないしな。
「また会うのを楽しみにしてるよ。じゃあウツキまたね」
ふっ。八坂来栖音はクールに去るぜ。
『…………はぁ』
(オロチ? 起きてたなら声を掛けてよ)
『ちゃんとクソボケ
(クソボケ……何?)
『いんやこっちの話。僕たちの独り言だから気にしないでよー』
(じゃあこれからは何か言ってもシカトするね)
『0か100しかないの?』
最初は不安しかなかったウツキ救済作戦(?)はなんとか滞りなく成功を収めることができた。
「————先輩……かぁ」
成功を収めることが……できた、よな?
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