第18話 神獣=神憑り

『それにしても数奇な運命さだめよのう。その佇まい……まるで彼奴らを想起させる』


 背後から聞こえる声は心底上機嫌だ。それもうだろうな。何せ、俺達は言ってしまえば食べようと思っていたケーキが自分からやってきたようなものだ。


 ぶっちゃけてしまうとこの場から逃げる事は不可能だ。

 目の前……というより背後にいる【やく】と名乗った存在は俺達では太刀打ち出来ないレベルの『死』そのもの。

 それは何故か、その答えは『おわまえ』の作中にある。『おわまえ』が発売されてファンのボルテージが上がってきた最中に起きた最初の悲劇……以前にも説明したが、さとちゃんが死んでしまう巻での事。

 ハッキリ言ってしまうと、さとちゃんが殿しんがりを務めて相打ちになった相手がコイツという訳だ。


 と言えばその恐ろしさは伝わるだろうか、いや伝われ。


 以上の点から無理に抗おうとして即効で俺達の体は塵に変貌するのが容易に想像できる……何だこのクソ展開誰が好きなんだよって斜辺23°先生諸悪の根源か……やってられねぇな。


『────これまた変なヤツに遭遇したね。それも厄介なタイプの神獣だよ』


 唐突に脳内から語り掛ける声が伝播した。そうだ、そうだよ。俺にはショタ野郎がいる。


(……打つ手は?)

『んーあるにはある。けど、今の来栖音には荷が重いしヤツを退けるかって言ったら……何とも言えないね』

(その案、やろう)


 即答した。それしか方法が無いのなら採用一択に決まっている。


『はぁ……相変わらず判断が早いよ。もう少し悩んでもらいたいところだったんだけど』

(私がどんな犠牲を払おうとも皆が助かれば私は、いい)

『来栖音は二三四覚達の事になると自己犠牲的になるよね。僕たちはそれが嫌いだよ』

(それは違う)

『?』


 俺が自己犠牲的になるだって? 何を見当違いの事を言ってんだかこのショタ野郎は。

 俺は何時だって目の前の助けたい人を助ける…………そして、


(これから助ける人も助けて自分を救う。だから、私は死ぬつもりなんか決して、無い)

『あぁ、そうか……』


 ────この子はと似てるようで違うんだ。


 何か納得したような、それこそ今まで溜まりに溜まった憑き物が落ちたような、そんな風にショタ野郎から感じた。


(オロチ?)

『————いや、いいさ。やってやろう。ようやく過去の自分と決別したよ。来栖音、今から僕たちも全力で力になるよ』

(……元から全力が良かった)

『コレは気持ちの問題だよ。此処を乗り越えたら以上に僕たちを制御してもらわないと来栖音が今後大変そうだしね』

(……え?)


 やけに爽やかな気分で話してくるショタ野郎に薄ら寒くなったがいつもの事かと納得させた。こんな事よりもやるべき事があるからな。


『来栖音はをやりたいんだろう? 僕たちはぶっつけ本番出たとこ勝負程信じられないモノは無いけど…………何故だろうね。来栖音にはそんな心配をする方が馬鹿馬鹿しくなっちゃう』

(いいからやるよ)

『くふっ……いいよ。いつでも往けるよ、来栖音』


 初めて会った時に比べて掴みどころがなかったショタ野郎――だったけど今さっきの会話から雰囲気が、というより八岐大蛇という存在が大っぴらに、簡単言って感覚が伝わってくる。それに連動するかのように俺の視界がクリアになってくる。さっきの重圧プレッシャーが和紙のように軽く感じる。

 つまり有り体に言ってしまえば――――、


「以心伝心、ですね」

『うむ? 妾の神威に屈しておらぬとは……封印から目覚めて力を出し切れてないのかのう?』

「皆は……良かった。気絶して眠っているだけですか」

『弱者の心配よりも我が身の天命を優先するべきじゃのう。ふむ……手始めに死ね』


 轟ッ!


 黒々と視界総てを埋め尽くす強大なナニカが、地面を巨大なシャベルで抉り取るかのように目前に迫る。

 人間、ましてや子供という生物が受けるには回避不能で防御不能。到底【ヒト】という種族には不釣り合いな攻撃を前に俺は少し安堵していた。「ああ、良かった。コイツは至ってなかったのか」ってな。

 どういうことか説明したいが今は取り敢えず、


「お父様の一撃の方が、数段上です」

『…………何じゃと? 妾の氣を見切った?』

「あれなら余裕で避けれます」

『ほう……そんな強がりはいつまで続くのやら。妾に攻撃する武器すら震えて出せないではないか』

「残念ですが私は今得物を所持していないので……素手でお相手しますね」

『————たかが一撃躱した程度で活きを良くするでない……捌き終わる頃には跡形も無くなってしまうぞ』


 初撃ファーストアタックとは比にならない数のナニカが俺の辺り一帯を覆い尽くすように取り囲む。ちょっと軽口叩いたらこれってコイツの頭のプリン、絶対プッチンし過ぎて逆さにしただけで下に落ちるだろ。

 数えるのも億劫になるナニカが一気に俺へと強襲する…………が、


「——————」


 瞬間、大地を断割するような轟音が周囲を支配した。

 被害規模を考えろよコイツ。今の現世を滅ぼすつもりかよ……。してなかったらちょっと危なかったわ。


『何故? 何故無傷でいられる……人間風情がまともに受けたら塵の一つも残らない筈!?』

「只人が受けるなら、お生憎様。私はあんな虚仮威こけおどし通用しない」

『————楽に逝けると思うなァ!』


 今までの余裕綽々な態度とは打って変わった【厄】の怒声に俺は思わず顔をほころばしてしまう。だって今の台詞めっちゃ三下が言う台詞過ぎるんだよ。

 俺を笑かしに来てるとしか思えない言動に緊張が緩んでしまったのも束の間、やられっぱなしは性に合わないからこっちもこっちで反撃をさせてもらおうか。

 さっきと同じような、若干威力が上がったっぽそうなナニカだったが俺は既にこれに対する突破口を見つけている。それは……、


「コレ――意外と逃げ道多いですね」

『な、にィ……ッグォ!?』


 パッと見たら絶望の状況だがよく周囲を見渡してみると所々に人間一人分が通れそうな隙間がある。それを弾幕避けの要領で通り抜ければ、【厄】の懐へ痛恨の一撃クリティカルヒットが簡単に行える。

 殴った感触としてはかなり好感触だったのでダメージはかなり大きいと思うけど……お?


『き、さま……何を、その身に……一体その身に、何を!?』

「降ろす? どういうことですか?」

『惚けるな! 貴様の一撃を喰らって確信しているぞ……アレは人の身なんぞに行える威力でないぞ!? …………いや待て。貴様の髪色、その目! 見覚えがある…………ッ!? も、もしや! 妾を此処に封じた八坂の――――』

「今更何に気付いたのか知りません。さとちゃんやヒカリとエイを、を害そうとした罰を受けてください!」


 罰を受けろ! そして二度と俺の、というよりさとちゃんの前に現れんじゃねぇ!


『こんな小娘如きに……妾がおくれを取るなど、ってはならん!』

「はあぁぁあぁあ!」


 過去最高速で俺を滅ぼさんと迫るナニカだが心の奥底で「君なら大丈夫」と俺に語り掛けるが居た……ような気がする。不思議と悪い気はしなかった。寧ろ心地良く、護ってくれてるように感じた。

 俺は右腕を突き上げながら【厄】が居る方向へナニカを気にせず突っ込んだ。


『あ、り……えん』

「ハァ……ハァ。もう、しんどいですね」


 を制御する力が限界を迎え、蓄積された精神疲労が俺を襲う。これでまだ倒しきれなかったらピンチだったけど。

 俺の意識が遠のく寸前に見えたのは灰のようにバラバラに崩れていく【厄】と、


「————アンタまでみたいにならないで。その姿を見ると虫唾が走る、ほんっとに」


 どことなくうんざりしたような声が、聞こえた。


 

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