第7話 父=恐怖(?)

「────ッ!」

「ほう、これを防いでみせるか。来栖音の成長に鼻が高いぞ」

「ありがとう……ございます」


 意識外からの攻撃になりふり構わず迎撃を放つ。反応は出来なかった。無我夢中で迫り来る一太刀に頑張って当てに行ったと言っていい。

 さてさて何故俺がこんな全身全霊で戦っているのか。


 それは今現在、お父様と模擬戦をしているからだ。


 こうなった経緯の話は十数分前に遡る。


 幼稚園での絶望の事件の後、さとちゃんに慰めてもらいながら帰宅した俺は気分晴らしに鍛錬をしようと思い立った。


 ちゃっちゃと運動用の服へ着替えて庭へ行ってみると先客がいた。なんと意外な事にお父様だった。


「ん? おぉ、来栖音か。今日の幼稚園はどうだったか?」

「あ、お父様。これから先楽しめそうな場所になると思います」

「それは良かった。俺としては『八坂家』の家柄など気にせずに気楽に日常生活を楽しんで欲しいことが何よりの願いだからな」


 そんな事をお父様は思っていたのか。なんだ、ただの聖人じゃないか。原作で登場しなかった事が不思議でたまらない。私は不思議でたまらないってね。これ知ってる人いるのか? 


「それで? 何故この庭に来たんだ?」

「空き時間でやる事がありませんので暫し鍛錬をと思いまして」

「そうか、努力をするのはいい事だ。しかし何事も焦っては駄目だぞ。『焦り』というのは周りの事を見えなくするある種の敵だ。時として自身を害する凶器になり得る」

「私は焦っているのですか?」

「無自覚だが心の根底に焦りの念が見えているぞ」

「お父様は感情が読めるのですか?」


 そんなこと読心術できるんだったら組織の仕事よりも普通に別の仕事オススメするぞ。


「あーいや、そういう訳ではないぞ。これは長年の人間観察による賜物だ」

「人間観察?」

「正しくは相手の一挙一動をしっかりと見ることだな。相手の動作を全て観察する事によって相手が次行う動作を予測したり、目を見て相手の心理を把握することができるな」

「そ、それは……」


 果たしてそれは人間が習得可能な範囲なのか?

 あまりにも規格外過ぎてお父様が原作で登場しなかったワケが分かったぞ。この人チートでしょ。斜辺23°先生直々にリストラ宣言された同類だ!


「そうだ来栖音。空き時間でやる事がないと言っていたな。ならば少し俺に時間を使わせてくれるか?」

「大丈夫ですけど……何をするのでしょうか?」

「————俺と戦う」

「…………はい?」


 ————ということがあり、俺は興味本位で前世と今世含めて初の模擬戦をやってみたのであったが、


「——やぁッ!」

「初めて武器を持った者の動きではないな……だが、流石にまだ稚拙なものだ」

「あぐっ」


 これで何度目かわからない攻防を経て戦いは終盤に差し掛かった。


 横薙ぎに払って胴に一撃入れるつもりが難なくお父様にかわされ、深く踏み込み過ぎてお父様の刀の柄の部分が鳩尾へと入る。あまりの痛みに悶絶する。今世初の物理的ダメージが木刀なのか……何故だか釈然としない気持ちになる。


 当然ながら勝者はお父様。俺は痛みを落ち着かせる為、その場にへたり込んだ。


「大丈夫か来栖音? 俺が想定していたよりもかなり動けていたから少し驚いて身体が勝手に反撃してしまった」

「だ、大丈夫です。少し休めば、回復します」

「そうか。しかし、先程言ったが素人ながら非常に良い動きをしていた。これから先稽古を付けて続けていけば中学生に上がるころには俺に匹敵することも大いにあるぞ」

「お父様に……匹敵する?」


 ちなみにだが俺の……というより八坂来栖音の父は過去に全グループの最高位である【十傑姫ヒロインズ】の一人とで戦い、それに勝利している実力者である事が作中で申し訳程度に語られていた。

 つまり、本当に強い。そしてそんな父に、意訳だが「お前、俺みたいに強くなるぞ」と言われたのだ。


 舞い上がらない訳ないだろ! あの一部界隈から「八坂父の経歴が前作主人公みたいに盛り過ぎなのに原作出てこないの一番の謎」と言われている強者に強くなれる可能性があるなんて言われるなんて前世での俺も来栖音としての俺も狂喜乱舞案件(早口)なんだが?


 これはとどのつまり、最悪の未来を回避出来ることがより一層近くなったということなんだよ!


 期待が高まる気持ちを外に放出しないよう頑張って我慢する。絶対変な顔になってそうだけどこの気持ちがバレることの方が恥ずかしいので考えないことにした。


「(あまり感情を表に出さない来栖音だが……今笑った、か? まるでこの先戦うことに愉悦しているかのようだ。…………あぁ成程、そうか、そうだったのか。やはりを引いているだけあって来栖音も此方側戦闘狂ということなのか)……来栖音。これから週に二回、此処で稽古を付けてあげよう」

「本当に? お父様も忙しいのに私の為に鍛錬してくれるの?」

「勿論だ。俺は娘の為ならどれ程多い組織の仕事など部下に押し付けて来栖音を優先する。俺は来栖音が強くなって成長が実感できる事を死闘が出来る事を何より楽しみにしているからな」

「うん……うん?」


 なーんか変な副音声ルビが入ってたような気が……まあ気の所為か。


「さて、気付けばこんな時間夕方だ。今日は俺との戦いだけでなく幼稚園もあったからな。疲れただろう?」

「今宵はいい夢が見れそうです」

「それは何よりだ。では家内に戻るとするか」

「そうです……ぁ」

「おっと。来栖音、大丈夫か? しんどいなら俺が運んでやろう」


 口では何と言おうが身体は正直……止めよう。余計に気持ち悪くなった。


 鉛のように重く感じる俺の身体を割れ物を扱うように繊細に運ぶお父様。うーん紳士。俺が女子だったらファザコン確定演出だったわ。


「ありがとうございます、お父様」

「いやなに、これぐらい親の務めとして当然な事だ。来栖音は嫁に出さないし婿が来たら頭かち割るが将来子供と触れ合う機会もあるだろうから来栖音も覚えといて損はないだろう」

「はい、そうです……ん?」

「? どうした来栖音。新種の生命体と偶然ばったり出会ったような顔をしているぞ」

「どんな顔ですか」

「そんな顔だぞ」


 おかしい。確実に今お父様らしからぬ聞き逃せない単語が何個かあったぞ。


「お父様、今なんて言いました?」

「よし来栖音。今日の夕餉は何だろうか気になるな」


 清々しいまでの話題逸らし。お父様が言うつもりがないなら仕方ない、諦めよう。

 諦めるから今日あった事を包み隠さずにお母様へ話してあげよう。お父様と模擬戦をして攻撃を喰らった事とかね。


 案の定というべきか、後日お父様から苦言を呈された。悪いのはお父様だからね、オレ、ワルクナイヨ?

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