第5話 母=恐怖

「くーちゃん! 朝ご飯食べないの?」

「あ、お母様、おはようございます。少し鍛錬をしておりました」

「この間くーちゃんが『二三四家』に行った次の日から始めてたけど……何かくーちゃんに心変わりでもあった?」

「そんな所ですね」

「まぁ! それは喜ばしいことよ! 今からでも遅くないわね……料理人にもっと朝食豪勢にして貰えるよう頼んでくるわ!」


 お赤飯よ! と、我がことのように喜びながら走り去っていくお母様を背景に俺はあの日以降、生活習慣を変えることにした。お赤飯のツッコミはスルーすることにした。俺はボケ派なんだ。慣れないことを多岐にわたってツッコミし続けると俺が死んで(ボケれなくて)しまうからな。


 まずは朝だが早朝の五時に起きる事を徹底した。そこから二時間ミッチリと基礎能力を底上げする運動をする。具体的には走り込みや柔軟運動といった軽いものを家の庭でやる感じだな。

『八坂家』の庭も『二三四家』と同じでかなり広く、体を動かすにはもってこいの場所だ。


 日常生活でも能力を鍛える為に俺は目隠しをする事にした。なんで急に目隠しするんだよ? と、思うかもしれないがこれには八坂来栖音のが鍵になっている。


 原作での八坂来栖音は何故自身の目を隠して生活していたのか明らかな言及がされなかった。その為数々の考察が飛び交っていた。

 それで一番有力だったのが「自分自身の目に苦手意識がある説」だった。

 理由としては『おわまえ』シリーズ第二巻の日常パートの一幕だ。

 覚が来栖音に対して「くすちゃんはアイマスク付けたままよくわたしたちを判別できるよね〜?」という読者も思った疑問に対して「私が分かることができるのはさとちゃん達だけですよ」と一見してみるとキマシタワーが建つシーンだがそのセリフを来栖音が寂しそうに言う描写がされているのだ。

 この事から考察班は「過去に目のことで来栖音が大きな失敗をして、それによって自分の目を見たくないほど嫌いor苦手になってしまったのでは?」という説を立てたのだ。


 改めて思うが八坂来栖音というキャラクターは色々と謎が多い。

 お嬢様である『八坂家』の出身である事と目隠しをしていて、場合によっては強キャラになる事以外何一つ分からないのだ。

 外伝キャラクターの中で唯一心理描写が無いのも謎だし内に潜む強大な力の概要も不明。本格的な暴走が起きる前に殺されていたから仕方ないが。


 そして何より、のだ。


 八坂来栖音についての疑問は尽きないが来栖音自身の考察をするんじゃなくてもっと別の事を考えよう。


「来栖音、おはよう。朝から精が出るな」

「お父様……おはようございます」


 鍛錬を終えてシャワーを浴びようと浴室に向かう道中、お父様から挨拶をされたのでそれに習って俺も返した。

 あぁ、それと俺は原作での八坂来栖音と同じ話し方をするようにした。言わば軽いロールプレーだな。


「朝から鍛えるのはいい事だが無理をして身体を壊さないようにな」

「ご心配ありがとうございます、お父様。私は今から湯浴みをしてくるので居間にいるお母様に伝えてください」

「分かった。ではまた後でな」


 お父様と別れて浴室に着いた俺は服を脱ぎながら鏡を見た。

 そこに映っているのは将来は美人になるであろう童女──八坂来栖音だ。


 パープルブルーの髪というあまり見ないビジュアルをした彼女(というか俺)だが、シャワーを浴びるのでアイマスクに隠されたまなこが遂にお披露目される。

 なんと金色の目の持ち主でした! いやまぁ俺は産まれてしばらくした時から知ってたけど。あとは覚も知ってるか。

 そんな瞳の持ち主はここで疑問が生じる。


 それは「何故来栖音はトラウマレベルの嫌悪感を持っているのか」というものだ。


 俺からして見ればこの金色の瞳は魅力的だし、ファンとしてもアイマスクを外した方が人気が出そうでもあった筈だ。


 俺はシャワーヘッドから流れ出る水を被りながら鍛錬の疲れを癒していると、


「くーちゃん! タオル出してなかったから服の上に置いておくわ!」

「あ、ありがとうございますおかあ……さま?」


 あれ、おかしくないか? 俺は確かシャワーを浴び始めたのは僅か二分前とかだ。その間までの時間に普通娘がタオル出してないことに気づいて用意が出来るのか?


 そもそもお父様は方向的にトイレに向かったはずだから仮に伝えたとしても家の広さ的に俺がしばらく浴びてから伝わる計算だ。


 なのに……なのに、だ。


 まだ季節は暖かいと言うのに何故だか肌寒く感じた。シャワーの浴びすぎだな、うん。きっとそうだよ! …………シャワー浴びて五分も経ってないけど。


「あ、あの……お母様? 何故私がシャワーを浴びてると思ったのですか?」


 一応聞いておこう。これでお父様から聞いたと返ってくれば問題ないじゃないか。


「? 娘の行動を読んでおくのが親ってモノでしょ?」


 ……問題しかないじゃないか。一番ヤバイパターン返しといっても過言じゃないぞ、ソレ。


「それ多分親の役割じゃないですよ? お母様、メンタリストも裸足で逃げ出すレベルの所業をしてる自覚ありますか?」

「んー……分かんない!」

「……………………はい、そうですね」


 母は(娘に対しての愛情が)強しじゃないんだよ。娘の事になるとIQが下がる癖止めてよ、お母様。

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