2日目

―Ⅱ―

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 お母さんです。


 三十代に入ったばかりです。まだ人生を折り返していません。


 水泳でもなんでも折り返しが大事だと誰かが耳元で囁きます。


 誰もいないはずなのに、声が聞こえるんですよ(こわいなぁ、こわいなぁ)。


 このように最近、騒霊現象が起きます。


 全てはエクトプラズムで説明が可能です。


 騒霊現象が起きる原因としては霊媒体質を持つ人がいることです。


 死者の霊魂が生者である霊媒体質君のエクトプラズムに反応し霊魂が視覚化するなど一種の霊写機(映写機の洒落が効いた言い回しです)の役割を担うのです。


 ということはお母さんは霊媒体質君だったということです。


 でも影響を及ぼされているのはお母さんだけです。


 もう一人目撃者がいないと単なる被害妄想なのです。


 人の五感というのは案外大雑把なのです。


 無意識に見間違えたりもします。


 精神的な影響も五感に多大に及ぼします。


 そこで他者が必要です。


 他者がいて、比べることができなければ人間の理解は深まらないのです。


 だから人は自分以外が必要なのです。


 気づいたら説教臭くなってしまいました。


 トシかな……(泣)。


 気がついたら一番なりたくない人になっていた、ということは良くあることです。


 そのなりたくない人を情けない親で想像したりするかもしれません。その親の言い分は大抵反面教師として見てくれです。


 親が反面教師をするのは無駄です。


 子は親の背中を見て育つと言います。


 それはその通りだと思います。


 良いところか悪いところかの判別がつかないまま子はその背中通り真似をします。


 可愛いですよね。本当に。


 本当に本当に、間違いが多い人生です。


 その間違いを間違っているぞって指摘してくれる相手を大事にしてください。


 もう遅いかもしれませんが。


 最後に一言。校長からあります。


 だから親と五感は信用するな! (←自己啓発本でありそうなタイトルです)。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「おっ、ちゃんと残さず食べてますね」



 ダイニングの机には空の食器がそのまま置いてあります。


 浸け置きを男二人に求めるのは難しいのかもしれません。


 両者とも妙に融通が利かない所があるし、完全に親の背を見た良い例です。


 血ではありません。背を見たからなのです。


 二人の嫌なところばかり反映されてますよよよっ。


 逆に自分の良いところは何でしょうか?


 今となっては知る術がありません。


 だって……訊くのも恥ずかしいじゃないですか。



「今日は何をしましょうか」



 パンは既にトースターが起こすジュール熱の虜になっていますし、チンと珍妙な音が鳴れば勝手に取っていってくれると思います。


 朝のすることは終了しています。


 録り溜めた番組はもう全部観てしまいました。


 目的のない自由が目の前に広がっています。


 それは言葉を代えた懲役のようでした。


 罪なら犯しました。


 人間等しく犯す罪ではなく、お母さん固有の罪です。


 罪は時には人間の重みにもなります。


 軽ければどこかに飛んでいってしまいますが、重いからこの場に居られるということです。


 ちなみにお母さんの体重は身長に対して痩せ型ですよ?


 嘘はついてません。今がそうとは言ってませんから。



「はぁ、走りますか……」



 肉を掴めないくらい細くなってやります。




~~~~




 工事中の所を避けて、公園へと向かいます。


 その間、やたらと猫に会いました。


 いつもはぴゃーと距離を離し、ぐわっとこちらを見てくるのですが、今日は珍しくすり寄ってきました。


 にゃーなんか言って媚びてきます。



「お腹でも空いているのでしょうか?」



 一通り媚び終えて、食べ物を持っていないことに気づいたのかブサイクな声を上げてどこかに行ってしまいました。


 身体が痩せ細っていますし、いつも餌をあげている人の余裕がなくて、野良猫なんて構ってられないのでしょうか?


 今度から缶詰を持って来ることにしましょう。



「公園だ!」



 公園です。


 以上を持ちまして感想と描写を終了とさせていただきます。



「変わってないなぁー」



 この閑古鳥の鳴きっぷりは昔も変わらずです。


 だって、遊具がしょぼいんですもん。


 安全面で言えば良いのでしょうが、危険を冒さねば真の面白さは出せないのです。


 ギャグだって口に出してみないと面白いか分からないでしょう?


 これも危険を冒しているということです。――A.E.D.


 証明ではなく心肺が終了したというわけです。はい。

 ※これも危険を冒すべきの論文の一部です。



「おや?」



 犬公が固まって井戸端会議をしています。


 お母さんレベルになると犬公の性別など一瞬のスキャニングで判別は可能なのです。


 それにしても珍しい光景です。


 放し飼いをしているなんて。



「ぐるるっ……」



 少し近づくと雌犬共が一斉にこちらを振り返りました。


 口元に尋常じゃない量の涎を垂らしながら――



「やーいやい、雌犬盛ってる、雌犬盛ってる」



 お母さんは生物学的には雌なので同性ということで、襲われる心配はないということですね。99.99%安心というわけです。


 だからピッチャー煽り風煽りをしているわけです。番のいない雌共に。



「がぁおんっ!」


「いやーん、未婚女の僻みですーっ」



 同性に牙を向けました。完全なる嫉妬です。


 左手薬指に光る、結婚指輪を目敏く発見したのでしょうか!?


 とにかく逃げるっきゃないです。


 後ろなんて向けません。荒い息なんて聞こえません。


 認識しなければ居ないも同然です。


 とか思いつつも逃げる足は最高速を求め続けました。


 逃げている途中に気がつきました。彼女らも猫と同じで、ただ餓えていただけでは? と。




~~~~




 散々な目に遭いました。


 これも日記の良いネタになると割り切っていいものでしょうか?


 でも、犬に追いかけられたって書くの恥ずかしいです(羞恥)。


 やはり息子には頼れるところを見せたい訳です。それが偽りだったとしても。


 偽りはその偽りを本当にしてしまえば解決する話です。


 でも、やっぱりそれは嘘をつくことと変わりがなくて、バレてしまうと騙されたと思われてしまいます。


 人間関係は難解です。


 東大の受験でもこんな難題は出題されません。


 きっと一生かけて見つけ出していくものだと思います。


 だから今は継ぎ接ぎの関係で許してほしいです。


 なんたって、まだ人生の折り返しすらしていないんですから。



 ――ガタッ



「ん?」



 電話のところで、何かが落ちる音がしました。


 行ってみると、交換日記帳でした。


 さては、息子が慌てて置いていきましたね。



 『お母さんどこに居るの? 出てきてよ!! お父さんも居ないんだ。それどころか町の人達も! 電気もガスもつくのにテレビには誰も映らないし。二ヶ月前から急に居なくなって、ご飯だけが出てくるようになって。昨日初めてこの日記帳を見つけて……居るんだよね? どこかには……一体どうなってしまったの、この世界は……

会いたいよ……誰でも良いから……話したい』



「よーし、今日の夕ご飯は気合い入れるぞー」



 今日はお母さんの十八番である卵でとじて作るシリーズのオムライスです。


 我が家では肉は鶏肉とウインナーで野菜はタマネギとピーマンです。


 ミックスベジタブルは使いません。おいしくないからです。


 肉類は大きめにカットして野菜類はみじん切りに、それらをバターと一緒にフライパンで炒めます。


 そこにケチャップを加えた後にご飯を加えてほぐします。


 ご飯がまんべんなくケチャップ色に染まったら、塩こしょうを加えます。そしてこのチキンライスは一旦皿に移し替えます。


 今度は卵部分を作ります。フライパンにサラダ油を入れて……溶き卵を……入れて、かき混ぜながらある程度固まるまで待って……ご飯を入れて、後は手首を使って、えいえいって……


 あれ? うまくいきません。


 何百回もやって得意と明言しているのに……これじゃあ嘘つきです。


 嘘はもうつかないと決めたはずです。それさえも破るんですか、私は……



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「違う! こんなことしている場合じゃない!」



 私の可愛い息子が会いたがっているのに、頼ってきているのに。なぜその願いを叶えてあげられないんだ。


 ずっと聞きたかった言葉を目の前にしているのに、何で今になって……



「遅いよっ……」



 ――誰がこんなに遅くさせたんだ。冷静な部分が訴えかける。


 ――私だ。これは私に向けた言葉だ。反省するための二度と同じ失敗をしないための教訓。



 その教訓も今となっては何の役にも立たなくなった。


 この人と人との摩擦がなくなった世界でのルールは何だろうか。


 人が居るからこそ生まれた法律やルールは、人の消失と共に消え失せた。


 自分用の日記を取り出す。


 交換日記を書く前から……人類が見えなくなったときから書き続けたものだ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 記録を残します。


 やっと本物の母親になろうとして、その記録をつけようとしたこの日記に克明に記そうと思います。


 なので語調も優しい母親風です。風が取れるように精進したいと思います。


 それでは、これをリアルタイムで書く前の情報から。


 町中探して、結局人はどこにも居ませんでした。


 動物や虫、微生物は存在しているようです。


 ただ人だけが居なくなりました。


 しかし他の人が居ないとあり得ないことが起きています。


 車の位置など毎日若干変わっているような気がします。


 スーパーの食品も気づけば減ったり増えたりしていました。


 今度、一日中張り込んで調べてみることにします。


 後、作ったご飯がいつの間にか無くなっていました。


 はて? この食べ残し具合はどこかで見たことがあります。


 この皿を毎日洗っていたような気がします。


 もしかして……生きている?


 まだ、やり直せる?




####




 今日は、ほぼ毎回位置の変わる車を一日中見張ることにしましょう。


 時間なら無限にあるのです。だからやるのです。


 おっ――おおおお!!


 う、薄くなっていってます!


 透視能力に目覚めたのでしょうか!? (企画ものの冒頭でありそうです)。


 そんな調子で今度は完全に車が消えて無くなりました。


 位置が変わっているってことは、どこかに移動したってことでしょうか?


 探してみましょう。


 一日中探して無くてあきらめて戻ってきたところで発見しました。


 消える前の位置と若干ズレた位置に戻ってきてます。


 これが指す意味は何でしょうか?



****



 ――意味、理由、答え。



 ①車が意思を持って瞬間移動している。


 ――人類が居なくなり、代わりに心を持たぬ物が世界を支配。その前運動。



 ②動かしているのは人。ただし車は未来製。


 ――瞬間移動できる車を未来から持ってきて、人が居なくなった理由がある過去の世界を変えようとしている。なんてSF。



 ③動かしているのは人。人が乗っている間は他から知覚できない。


 ――元の場所の近くに戻ってきた理由を納得させる。



 ④幻覚を見せられている。


 ――今まで通りの世界なのに、自分の目がおかしくなってこう感じてしまっている。この場合自分ではそれを知る術はない。



 ⑤そもそもこれが真実。


 ――初めから人は居なかった。他人とは寂しさに狂って作り出した虚像。それを肯定するなら自分を傷つけようとしてきた他人とは一体どういう存在だろうか。数ある事象の中で偶然生まれた癌細胞、バグのような存在だろうか。



****



 ううっ、この中に正解はあるんでしょうか……?


 若干趣味が入っているのはご愛嬌です。


 一番まともな、③を前提に考えてみますか。



****



 ――人は確かに居る。


 作ったご飯がなくなったこと、減り続ける食品、そしてこれ。



 ――他者を認識できなくなった。


 人類全員、透明人間になったのなら、お約束として着ている服も消えるのはおかしい。だから“着ている”服も人の一部として消えていると考えるしかない。その派生で人が“乗っている”車も身体の一部と判定され消えているという考え。


 時々起こる停電も人がその機器をメンテナンスして、その時だけ身体の一部となり、供給がストップしてしまったのだろうか。


 その人がいるからこそライフラインは繋がったまま。こんな世界で唯一、人の温もりを感じられる所だろうか。


 思いつく中で一番正しいと言えるが、起因は見当もつかない。



****



 とりあえず人が居るのなら、ご飯を作らなくちゃいけません。


 それだけで少しは生きようと思えてくるものです。


 ふと――そんな考えで、同じ状況なのにそれでも食べ物をいつも通りに運んでくれる人が居るのでしょうか?


 エゴを重視し過ぎた捻くれた考えですが、それでも人間もまだまだ捨てたもんじゃないと思えます。その人は逆に減り続ける食品を見て、今日も誰かが生きていると、生存確認しあってまたそれを活力にしているんだと思います。


 お母さんもだんだん分かってきました。


 その通ずる所に家族というものがあるんだと思います。


 他人が必要だから、助けられる以上に助けるために自分以外が必要だから――


 だとするなら、この世界は悪夢です。


 人との繋がりが希薄になり、直接人に触れ合うことができない、ただし間接的には可能。


 笑っちゃいます。


 どこかで聞いたことがある話のようです。


 部屋から出てこない引きこもりの子供に、それでもご飯は毎日作っておいてあげて、繋がりはその部分だけで、顔も合わさず、会話もなく、綺麗になった皿だけが唯一の生存確認で――


 ビックリするくらい前の生活とは変わらない、ような気がします。


 寧ろこんな世界になって改めて感じました。


 ――息子と直接の繋がりなんてなかった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 日記を閉じた。


 ……ある部分は消すとして、これを息子に見せよう。


 そして情報交換だ。


 息子にも同じことをして貰い、同じような結果となれば、錯覚、幻覚でもない事実となる。


 ――絶望を確認することになるけど。


 でもこれが、絶望の中で一番マシだと思うしかない。


 過ぎたことは決して変えることができないから。それが痛いほど分かっている。



「ぐちゃぐちゃ」



 オムライスとはどうやっても言えない物がフライパンの上にある。


 炒飯なら、なんとか見えるだろうか。


 生存確認及び生存運動のためにオムライス風炒飯作りに着手した。



「いただきます」



 人が見えていたときのルールに従い、無音に言葉をあてがった。


 密度の薄い部屋をその言葉が一瞬で埋め尽くした。


 虚しい。人が居ないと言葉ですら意味が無くなる。必要な言葉は自分を甘やかすための甘言のみ。もはや他者に理解される形態をも問わない。独自で独白に特化した記号が流通するだろう。



「☆」


 ×△○√。☆=★。


 □×? □○? □△?


「□×……?」


 ◎×¢£%#&*@§☆◆▲▽▼※〒→←↑↓〓����������∈∋□■△⊆⊇~SANCTUARY~×¢£%#&*@§99.99%。


 あ�������(泣)↓


 会�������い�������た‰♯�����♭い∨¬⇒⇔よ……誰#&*@§☆で�����も良%#&*▲▽い��������������������������か‰♯♭♪ら……話☀☁☹☼☽ ☾ ♀ ♁ ♂ ♨ ✆ ✇ ✈ ✉ ✌ ✍❤〠〶☄☎☏☠☢☣☥☨☯♧♩♪♫♬♭♮♯⦿∞し♠♡♢♣♤♥♦たい―――――。


「ZZZZ……ZZZZ……(泣)」


 ????????????????


 ――?


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