息子と交換日記はじめました!

幸泉愚香

1日目

―Ⅰ― 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 さて、久しぶりに筆を取ります。


 お母さんです。


 まだ三十代です。取り柄はそれぐらいです。


 もちろん結婚もしており、夫も健在です。


 もう一度言います。


 お母さんです。


 息子もいます。


 最近、引きこもりがちだけど……


 いろいろあって……


 ……そんな、暗い話は蓄光ペン(暗いと見える塗料のペンです)で書くとして。

 聞いてくださいよっ!


 今日のやるべき事が終わって、普段しない押し入れの掃除に着手したわけですよ。

 するとこれがあったんです!


 何かって?


 交換日記帳ですよ! 見れば分かるでしょう?


 あっ! そっか活字だから見えないのか!


 これは、失敬。てへぺろ。


 これが最近の流行り言葉なんて世も末です。


 お母さんの若かりし頃は……今も若いですよ?


 今より若いって意味ね? おわかり?


 何書こうとしたんだっけ?


 ……そうそう。


 昔はモテたって話ですよね?


 そんなモテモテのヤングお母さんにヤングお父さんは交換日記でアタックしてきたのです。


 この時代でも古風な戦法だと思いませんか?


 きっとこの人は告白するときも、卒業式後に大きな木の下で、これまた大きな花束を持って告白するに違いないと思ったわけですよ。


 これは見るっきゃないと思って、お受けしたわけです。


 それが、この交換日記帳と言うわけですよ。


 前置きが長くなってしまったわけですが。


 息子と交換日記はじめました。


 ……冷やし中華ちゃうよ?


 本気です。もうお母さんを止められません。探さないでください。晩ご飯何が良いですか?


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ふぅ、言いたいことを最後に持ってくる戦法。本当に効くのかな?」



 いろいろな自己啓発本を読み過ぎて、こんがらがってる気がしないわけでもないです。


 でも油性で書いてしまいました。


 思い出本ですし、破るの厳禁。


 お母さん達の思い出ゾーンは袋とじにしました。


 とじるのは得意です。卵料理は大体とじるわけですし、毎日やっております。


 袋とじは我ながら良いアイデアだと思います。


 思春期は隠れた物を見ることに興奮を覚えると、どっかの本で見ました。


 これは、開けざるを得ないです。


 お母さんならすぐに開けます。


 それで、怒られた記憶があります。


 ベットの下にあったヤツです。デッサン用でしょうか。



「ま、まさかそれが原因で……」



 あり得なくもないです。


 除菌率の除菌できない%レベルの問題ですが。


 絶対とは言えない悲しい社会なのです。


 苦情が来ないようにこう表記します。



 『息子のエロ本を見つけて、剰え袋とじを開けたのが原因で引きこもったわけではない率99.99%』



 これでいいです。


 来たときのために、電話の線は抜いておきましょう。


 これで、気兼ねなく買い物に行けます。


 でも、その前にこの日記を安置しにいきましょう。


 場所は固定電話を置く台の電話帳を入れるスペースにでも置いておきましょう。


 今じゃ使わなくなった黄色い防弾機能付きの本は捨てておきましょう。



「あとはどんな本が置いてあったっけ……」



 家庭の医学。――読むだけでプラシーボ効果的に病気が直ったことがあります。最強。

 ドラクゑⅢの攻略本。――そして伝説へ。

 ケポモン全国図鑑。――見るだけで一日が過ぎ去ります。

 陵辱女子学園シリーズ。――ため息が出るくらいの文学書です。綺○光。

 外道の女。――読みやすいSMです。団○六

 私の聖域~SANCTUARY~。――初メイクラブを書いた赤歴史です。何故ここにある。


 この強烈なラインナップに純情な思い出とこれからを同居させないといけません。


 寺で買った『肩こり腰痛エクトプラズムによく効くお札』でも貼りましょうか。介の字貼りで。


 最近のお札は複合を取り入れているなんてビックリしました。


 カードゲームも単色より複合の方が喜ばれます。


 個性も多ければ多いほど喜ばれますが、潰される可能性も比例して上がってきます。


 学校の教室で例えましょう。


 教室の広さが受け入れることのできる許容範囲です。


 これを仲良く分けるには、全員同じ大きさにならなければいけません。


 一人が大きく取ると、他の人のスペースを侵略することになります。


 これは、された本人からすれば攻撃だと思います。


 そして攻撃されたのだから防衛するのが自然です。


 これを防衛本能といいます。


 我が国でも自衛権があり、守るという意味で武器を持ち合わせています。


 こちらは、体のいい武器を持つことに対しての言い訳にも聞こえますが。


 人の持つ領土は国とは違い資源目的ではなくて、他人との距離を適切に測るための装置的な役割を持っています。


 この人は危なくないか自分の近くに置いても大丈夫か、と半ば入国審査みたいなことを行います。


 そうやって友好を広めていきます。



「それが……うまくなかったんですよね……」



 仕方ないと思う反面、もっとできたんじゃないかとも思います。


 過去は振り返ることができても帰ることはできません。


 確定的で、だからこそ安心することができます。


 揺るがない幸せや思い出がそこに宿り続けているのですから、懐古に浸ってしまうのです。



「さて」



 今日も元気よく、買い物に行きましょうか。



~~~~



 いつもの道が絶賛通行止め中なので遠回りしているのですが。


 迷いました。


 マッピング機能が備わってないお母さんです。


 型落ちしまくっているので仕方がないです。


 ギリギリ平成になれなかった昭和モデルですからね。


 他の昭和製とは訳が違います。


 そういえば、新しい元号って結局何になったのでしょう?


 見れなかったので知りません。



「着きました」



 絶賛省エネ中のスーパーです。


 中がすごく薄暗くて夜にはとてもじゃないけど行けません。


 そして品揃えは悪いです。


 たまに補給されてはいるんですが、いつも閉店間際の品数です。


 そこで日持ちがしそうな物をいくつか買います。


 最近はセルフ会計なのでバーコード読み取りから自分でしなければいけません。


 昔スーパーのパートでレジ打ちをしていたときのことを思い出します。


 随分楽になったものです。


 その代わり人との会話がなくなって寂しいような気もします。


 やはり会話は必要です。気が滅入ってしまいます。



「さて、帰りましょうか」



 最近独り言が増えたような気がします。


 他人を気にしなくなったせいでしょうか。


 それとも……歳……でしょうか。


 お母さんのお父さんも歳を取るとよく独り言を言っていました。



「あわわわ」



 小じわとシミと白髪はないはずなのに、……先に内部を攻め入られちゃってますぅ!?


 スキンケアじゃなくて内部に効く薬を多くしなければいけません。


 あああ、そんなのもう、無理です。


「ららららーっ」


 こうなったらとことん現実逃避します。


 悪いことだってしてやります。


 車道に車が走っていないことを確認せずに、真ん中を歩いてやります。


 昭和製の地球に優しい車みたいな顔して歩いてやります。


 車なので二段階右折なんてしてやりません。



「れれれれーらーっ」



 カーステレオもガンガンに鳴らします。


 昭和製なので昭和の曲しか流しません。流せますが流しません。


 平成生まれにしなかった様々な要因に対する皮肉です。



~~~~



 無事、事故なく家に帰って来られました。


 さっそく下ごしらえしている最中なのですが。



「カレーのルーじゃなくて、シチューのルーを買ってきてしまいました!」



 最悪です。


 カレーとシチューの具は似ているようで違います。


 平和(オリジナル元号です)入っての最大のミスです。


 こうなったら、シチューにカレー粉を入れまくって、カレー風シチューにするしかありません。


 選択肢は複数あるようで、実は一つしかありません。


 同じ人間なら、どれだけ可能性があろうとも大体同じ選択肢を取るからです。


 お母さんの生き方がこの選択肢を半ば自動的に選ばしたのです。



「おりゃー」



 すごい、すごい。カレーっぽくなってます。


 カレー風シチュー(広島風お好み焼きと言うと怒られることを一例に最大限の配慮を施して譲歩した名前です)完成です。


 後は夕飯時になるまで待つだけですね。


 そういえば交換日記は見てくれたのでしょうか。


 確認してみましょう。



「おーっ、すごい。返事が返ってきてます!」



 『お母さん大丈夫!?』



 なんだか頭がおかしい扱いされてませんか?


 自覚はあります。大変にあります。


 しかし後には引けません。


 急に文体を変えると総叩きに合います。その必要性も問題提起されたりもします。


 この世の中にあるもの全てに意味はないのです。意味があるのはほんの一部です。


 この状況だって特に意味があるものとはとても思えません。


 しかし、お母さんは冒頭のおちゃらけたままでいなければ、人間のイデオロギーに対する許容範囲から逸脱してしまいます。


 こんな状況だからこそ、そんな他人の目も必要なのです。



「まあ、返事は明日にしましょう」



 とにかくお腹を空かせてるはずなので盛り付けましょう。



~~~~



 最近、一人で食べることに慣れはじめました。


 息子は部屋に引きこもり。


 お父さんはお会社にお引きこもり。


 ラップの減る量が半端じゃないです。


 でもしっかりと食卓には三人分並べております。


 疑似家族団欒。



「ぐすんっ」



 これは泣いてるわけじゃないんだからね。


 遅効性のあるタマネギの汁成分が今になって効き始めたんだからね。



「…………」



 一人だとあまり箸が進みません。


 カレー風シチューのせいではありません。



「お腹痛い……」



 なんだかもう散々です。


 全てが嫌になってしまいそうです。


 取り敢えず嫌なことがあったら食べて寝るという、お母さんのお父さんが残した太る教訓を胸に今日という日を閉めさせていただきます。



「お父さん元気かなぁ」



 やっぱりちょっとセンチメンタルなのです。


 ブルーデーです。


 青い日です。


 特に深い意味はありません。


 浅い表層の憂鬱な気分を青と形容して、そんな日であると繋げただけです。


 でもずっと続いています。


 そんな日が。


 だから日常を表す空のスカイブルーが相応しいのかもしれません。

 スカイブルーデー。


 空色の日。


 鳥は相変わらずその空を飛んでいます。


 だから空を見れば、地上も日常が続いていると錯覚してしまいます。


 空だけを見続けていたいです。


 思い出だけでは、人は生きていけないのかもしれません。

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