第2話 愚痴

 ごきげんよう。

 はじめましてだろうか?

 それとも他の私の手記も見た人だろうか?

 ちょっとした意味のない暇つぶしに利用してくれたなら幸いだ。

 今回は殿下から課題を貰ってしまってね。

『我が国』についてだ。

 正直なところ、誰とも知れない相手に『我が国』のことを伝えようという殿下のお心がわからない。それを後押ししてしまわれる陛下のお心も私のような下賤な者には読み取りかねるのだが、学びが足りぬのだと反省しようと思う。

 我が国は世界の端と呼ばれる迷宮領を管理するそれなりの大国である。

 迷宮領は代々当代国王の兄弟か叔父甥などの近親者が責任を負う。現在の大公様は陛下の叔父上なので、次の大公には第二皇子殿下が着任なされることが決まっている。まぁ、問題が多々あるのだが。

 つまり、我が国は異界であろうが、他国であろうがもしくは過去未来であろうが忌憚なく内情の一部を晒す国風を持つということになる。

 国の末端に属する者としては危機感を抱いて欲しいと望むのだが、苦言を述べるほどには忠心はいまだ育っていない。

 我が国には『失われた三十年』という言葉が有り、私の世代から下がその多大なる皺寄せ影響を受けることが確定しているため、少々ばかり忠誠度が低いのである。

 この話題を語るのは丁度良い『我が国の話』になると思う。

 いささか、愚痴が混じりかねない事を許してほしい。

 そう、人の不幸は甘いという言葉もある。おそらくあなたには関わらない遠い場所の話なのだから。

 楽しめなければ、そう。破棄してくれたまえ。厄祓いは大事だと思うよ。

 私の国は一夫多妻制を王族貴族のみに許している。

 王となる者は血統を認められなければならないので血統が失われぬようにという対策のためだと言われている。

 実際、王族やそれに近しい四公はそれぞれに高い魔力や身体能力を誇る。

 私?

 私は四公のひとつの麾下にある末端伯爵家、まぁいわゆる中間管理職的家柄だね。

 嗜み程度には武術も学んではいるけれど、どちらかといえば規則正しい書類仕事をしている方が好きな人間だ。

 それでも妻は複数持てる権利はあるので本音をいえば三人くらい妻は娶りたいところなんだが、うまくいくかはわからない。

 そう、この問題が失われた三十年にかかってくる問題なのだ。

 現国王陛下にはお子が殿下方お二人しかおられない。

 ちなみに殿下方のお母上は同じ。同母兄弟であられる。

 そして、愛妾も陛下は囲ってらっしゃらない。実に潔癖なほどに。

 元々一夫一婦制の庶民たちには純愛などと評判がよく、芝居や吟遊詩人の語る歌になるなどまぁ他の女人がまじれば陛下の評判はおそらく下がるだろう。

 貴族家からの評判はすでにすこぶる悪いのだが。だからと言って庶民評判もまるっきり無視するわけにはいかないし、王こそが最高権力者である。

 その王が他に目を向けることを良しとなさっていないのだ。

 はじめ、周囲の貴族たちは陛下が第二妃、第三妃を娶るだろう。男爵家の娘が王妃としての責を担い切るのは無謀だと見守っていたらしい。実に考えが甘かったわけである。そして、ここから『失われた三十年』ははじまる。

 当時の適齢期の貴族男女は、生まれるであろう次世代に関わる子らを望んで婚儀を結ぶ訳だが、ここでまだ婚儀を結んでいなかった家に不幸が起こる。

 陛下が第二妃以降を娶らないという不幸が。

 そして庶民達には純愛が好評。

 確かに王族貴族には複数の妻を持つ権利はあり、陛下も別に他者の婚姻は祝福するのみの姿勢ではある。

 しかし、陛下の妃より、多く娶るということはあまり外聞がよろしくないという暗黙の了解が存在する我が国において令嬢達が嫁ぐことができなくなり、自分たちは自分たちの王(つまり先代)の妃より少なければよいと主張する老貴族に嫁ぐか、豪商の愛人として囲われるかという道しか残されなくなった。

 陛下の純愛を認めたがゆえに私たちの世代から下が苦労することが確定したのである。

 そんな事情もあり、私には腹違いの妹が一人いるっきりである。(母は私を産んだ後、「もう出産はしない」と父に言い渡したらしい)

 本来なら妻達で役割分担をして夫を、家を支えてきたのだ。家政領地内政は夫人の手腕とも言われているくらいには。

 一般的な伯爵家であれば、社交を担う夫人。内政を担う夫人、育児を担う夫人がよくある形と言える。余力のある家であれば、研究家な愛妾を抱えることも少なくない。

 基本的にそれらは八割政略であるし、互いの理解がある為、そこに本命が混じっても通常は問題なく回るものらしい。私が物心ついた頃にはすでに周囲は一夫一婦制主流だったのでらしいしか言えないし、その状況に不満しかないのでね。

 妻を娶れないがゆえの人手不足はそこにいる人財で賄うことになる。つまり私は少々早めに家の仕事に手をつける事を望まれたということである。祖父母世代からの手伝いが私が当主になった時にもあるかと言えば期待できないのだから。

 そして、なぜ『失われた三十年』かと言えば皇太子殿下も純愛とほ……おっしゃって他の妃や愛妾を囲わぬと公言してしまわれたからである。

 婚儀の席、神殿で神への宣誓として。

 王家が妃お一人では複数の妻を娶ると周囲からの目が痛いことになる。同時に貴族令嬢にとっても嫁げなくなれば就職口が少ないので困ったことになる。

 貴族令嬢に開かれた就職口は行儀見習いとしての他家のメイドや侍女、後は家庭教師であるが、家庭教師は一度人妻になってからでなければ就職窓口すらないとなる。

 私の妹も少々行く末を心配していたのだが、(当家従家の三男に告ってフラれている幼女)思い詰めた挙句第二皇子の愛人になると拳をふりあげていた。もちろん、はしたないと注意は入れた。

 第二皇子、いや迷宮領大公が複数妃を持たれるなら少し遅くはなるが複数夫人を娶れるかもしれない?

 私としては過労死はごめんである。分担できぬ仕事量であれば妻となってくれる令嬢の負担も多いという事だしね。

 ああ、そろそろ容量値。

 どうか

 あなたの明日に佳きことが待ちますように。


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