第12話 妖狐 衣女
すると、
「あの若侍は、
京介は息をのんだ。今は室町時代だって。そして、あの若侍が後の北条早雲だって・・・
結衣も絶句した。
「ぞれじゃあ、私たちは、現代の三島の白滝公園から、15世紀終盤の室町時代の修禅寺に飛んだわけね。今度は空間だけでなく、時間も移動したというわけね」
「それに、私たち、妖狐とかいう狐の妖怪を退治することになってしまいましたね。私たちがこの時代で生活して、そして、いずれ現代に戻るには、
結衣が
「
「さあ、私も民俗学を研究していますので、古い狐が人を化かすという話が全国各地にあることは知っていますが・・・でも、妖狐なんていう妖怪は聞いたことがありません」
そのときだ。三人の横の鐘楼にボッと人魂が一つ浮かび上がった。
あたりはすっかり暗くなっていた。空には満月が掛かっている。満月の月明かりの中で、鐘楼がくっきりとした黒い影になっていた。その黒い影の前で、オレンジ色の人魂が宙に浮いて、妖しくゆっくりと左右に揺れている。
満月のくっきりとした月影の中、鐘楼の前で妖しく揺れる人魂・・・それは、幻想的で、この世のものとは思えない美しさだった。まるで幽玄の世界だ。
京介も、結衣も、
京介は思わず息をのんだ。口から言葉が出た。
「なんて美しいんだろう!」
すると、人魂が大きく空中でひらがなの『の』の字を描くと、京介の顔の少し手前で静止した。
人魂の輪郭がぼやけた。そして、だんだんと大きく膨らんでいく。・・・京介は口を開けてそれを見つめていた。
やがて、京介の眼の前に、人の形が出来上がった。
京介の前に現れたのは、
女性は橙色の小袖に、赤い帯を締めていた。小袖の袖口が小さくなって、キリリと引き締まっている。さらに
京介は女性の美しさに圧倒された。結衣も
こ、これが妖狐か・・・
京介はごくりと唾を飲み込んだ。
妖狐の口が開いた。美しく澄んだ声が出た。
「わらわの名は
「そ、そもじ?・・・」
すると、
「鏑木さん。『そもじ』というのは、きっと『あなた』ということだと思います。恐らく、妖狐の
京介の口から、振り絞ったような声が出た。
「ぼ、ぼくは・・・鏑木京介だ」
「京介か・・・そもじ、美しい顔をしておるのう。わらわにもっとよく見せい。どりゃ、もそっと近こう寄れい・・・」
京介は
そのときだ。
「あぶない!」
とっさに、結衣が京介に体当たりした。結衣と京介の身体がもんどりうって、地面に倒れる。その上に、
京介はすぐに気が付いた。身体が地面に倒れていた。
京介は倒れたままで周囲をうかがった。眼の前に、結衣と
「山瀬さん、大丈夫ですか?」
そう言って、結衣を見た京介が絶句した。・・・京介の眼の前には、なんと結衣が二人立っていたのだ。
満月の月明かりの中で、京介の眼の前にいる二人の結衣の顔と服装がはっきりと京介の眼に映った。二人はそっくり同じ結衣の顔をしていた。服装も全く同じだ。二人とも、あの『虹の郷』のコスプレショップで買ったセーラー服なのだ。白の半袖のブラウスに、明るい藤色で、膝上丈のミニのプリーツスカートを履いている。
京介が絶句した。
「や、山瀬さんが二人いる・・・」
二人の結衣は、京介の言葉に、お互いの顔を見た。次の瞬間、二人の結衣が飛び離れた。片方の結衣が、もう一人の結衣を指さしながら叫んだ。
「あ、あなた、誰よ? どうして、私と同じ顔と服装をしているのよ?」
言われた結衣が言い返した。
「あなたこそ、私の偽物ね。あなた、妖狐の
「何よ。あなたが
二人の結衣が睨み合った。
「鏑木さん。これとよく似たことが、静岡の民話に記載されています。古狐が、自分の身体に触れた人に化けるという民話なんですが・・・。妖狐の
「で、でも、
「静岡のその民話では、古狐に身体を取られた人物は、すぐに死んでしまうんです・・・」
「えっ、す、すると、山瀬さんは・・・」
「ええ、このままだと死んでしまいます」
「た、大変だ。で、どうすればいいの?」
「それは、はっきりとしたことは分かりませんが・・・身体を乗っ取られた人物が死んでしまう前に、どちらが偽物かをはっきりさせたらいいと思います」
「そ、それはどうやって?・・・二人はまるで同じだよ。しかも、満月が照ってると言っても、この夜だ。二人を見極めるのは難しいよ」
京介の言葉に
「そうか、夜か! 鏑木さん、お手柄ですよ。・・・さっき、
「す、すると、その違いを見つければいいのか・・・」
そのとき、片方の結衣が
「
もう一人の結衣も片方をにらみながら、
「それはこちらのセリフよ。
片方の結衣が睨んだ。
「何よ、偽物のくせに。山瀬結衣はこの私なのよ。あなた、山瀬結衣のすることが何でもできるのなら、やって見せてごらんなさい」
京介は
「
すると、
「鏑木さん、私、鏑木さんの言葉で、いいことを思いつきました」
「えっ、どういうこと?」
「私に任せてください。たぶん、本物の山瀬さんが生きていられる時間は、そう長くないと思います。だから、詳しくご説明している時間はありません。急がないと・・・」
「では、これから、お二人の山瀬さんの、どちらが本物か、判定したいと思います」
二人の結衣が
いったい何をする気なんだろう?・・・
「山瀬さんは、ダンスが大好きで、新聞社の忘年会でいつも、即興のダンスを踊っていました。で、お二人の山瀬さんには、山瀬さんの
今度は二人の結衣がそろって声を上げた。
「お、おならダンスですって・・・」
「そうです。自分のおならを演奏にして、歌を歌うんですよ。歌は替え歌でも何でも構いません。本物の山瀬さんなら、去年の職場の忘年会でも『おならダンス』をみんなの前で披露されているんですから・・・もちろん出来ますよね」
一人の結衣が応える。
「もちろん、できるわよ。『おならダンス』なら任せなさい!」
「こちらの山瀬さんは、『おならダンス』ができますか?」
もうひとりの結衣が、もじもじした
「そ、そりゃ、できるけど・・・」
「じゃあ、決まりですね」
「では、これより、お二人の山瀬さんの『おならダンス』対決を行いま~す。どちらが先にやりますか?」
すると、さっき「もちろん、できるわよ。『おならダンス』なら任せなさい!」と言った結衣が一歩前に出た。
「私からやるわ。あっちは偽物だから、『おならダンス』なんて踊れないはずよ」
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