第11話 伊勢新九郎宗瑞
京介は龍の背中に思いきりぶつかった。龍がこちらを向く。龍の口の中に、京介は思い切り頭を突っ込んだ。龍の口の中に『たい肥』の猛烈な臭気が広がった。桜川に落ちて水に洗われたぐらいでは『たい肥』の臭いは全く落ちなかったようだ。京介は龍の口の中でセーラー服を思い切り絞った。大量の『たい肥』が龍の口の中に垂れ落ちた。口の中の臭気で、龍が再びゴホン、ゴホンと激しくむせた。たまらず龍が手で京介の身体を掴むと向こうに投げ捨てた。
京介の身体が宙を飛んで、ちょうど運よくベンチに倒れている結衣にぶつかった。そのショックで、結衣がようやく気付いたようだ。眼の前の龍を見て固まっている。すると、
「
龍が振り向いた。しっぽを大きく一閃させた。公園の中に設置してあった水飲み台が、しっぽに当たって地面からはぎ取られて、虚空に飛んでいった。しっぽが宙を大きく旋回して、京介に向かってきた。京介は地面に這いつくばった。その数センチ上をしっぽが横向きに通過した。ゴーと音が鳴った。風が起こった。京介の身体が地面から数センチ浮き上がった。
龍が口を大きく開けた。また火を噴く気だ。京介は地面に突っ伏したままだ。いけない。やられる。京介は眼をつむった。
「鏑木君」
結衣と
閃光が走った。光で一瞬眼がくらんだ。何も見えなくなった・・・
**********
修禅寺は正式には
京介は石畳の上で気づいた。横に結衣と
石畳に倒れていた結衣が「うーん」とうめいた。京介はすぐに結衣を揺り起こした。
「山瀬さん。山瀬さん。大丈夫ですか?」
結衣の眼が開いた。
「あっ、鏑木君。・・・ここは?」
「それが分からないんです。僕もいま気がついたところなんです」
「龍は? 龍はどこ?」
京介は周りを見た。龍はいなかった。
「龍は・・・いないみたいです」
そのとき、
「あっ、山瀬さんと鏑木さん。ご無事だったんですね?」
「私も鏑木君も怪我はしていないみたいよ。
「ええ、私も大丈夫みたいです。・・・ここは? ここはどこですか?」
「それが・・・分からないのよ。私たちも今気がついたところなのよ」
「あれは鐘楼ですね。なんだか、お寺みたいなところですねぇ・・・」
結衣が
「龍に襲われて、もうダメかと思ったけど・・・私がこの黒い箱の金色の三角形を触ったら、私たち、またどこかへ移動しちゃったみたいね。龍はそのまま三島の白滝公園に残されて、私たちだけがどこかへ移動したというわけね。・・・そうだわ。鏑木君。時間は? 日時はあれから変わっていないのかしら?」
京介がスマホを取り出した。操作をしながら首をひねる。
「あれっ、おかしいな? スマホが作動しません」
結衣が難しい顔をした。
「スマホが作動しないって? 私たち、ひょっとしたら、今度は空間だけでなく、時間を飛んだのかも・・・」
そのとき、急に後ろから声が掛かった。
「見慣れないお方じゃが、一体どなたじゃな?」
三人は思わず飛び上がった。振り向くと、黒染めの衣を着て、
僧侶が聞いた。
「貴公らは変わった服装をしておられるようじゃが・・・この鐘楼に何か御用かな?」
あわてて結衣が言った。
「いえ、そうではありません。ちょっと、道に迷ってしまって。・・・あの、ここはどこでしょうか?」
「ははは。面白いお方じゃ。ここは、
僧は笑ったが、眼は笑っていなかった。厳しい眼で京介たちをにらみつけている。横の若侍が刀に右手をかけた。いつでも刀を抜けるようにしているのだ。僧が手で若侍を制した。
テレビの時代劇の撮影にしてはいやに緊迫感のある動作だった。
若侍は見たことがない顔だった。おそらく新人のテレビタレントだろう。緊張した雰囲気を和らげようとして、あわてて結衣が場をとりなした。
「これは失礼いたしました。旅の者ゆえ、お許しください。して、こちらのお武家様のお名前は?」
結衣は若侍を演じているテレビタレントの名前を聞こうとしたのだ。
若侍が口を開いた。しかし、若侍は結衣の思っていることとは全く違うことを口にした。
「わしは韮山の城主、
「
結衣と京介が不思議そうな顔で
「では、こちらのお坊様のお名前は?」
「わしは、
「
また、
一瞬、
「そなたらは変わった着物を着ておるのう。短い袴じゃが、それは南蛮の着物なのか?」
結衣が答える。
「これはセーラー服というものです。この袴はミニスカートと申します。南蛮の服かと言われれば・・・その通りですが・・・」
「せいらあふく・・みにすかあと・・とな?」
「貴公のそのせいらあふくとみにすかあとじゃが・・・その臭いは何とかならんものか? この
「できれば、着替えたいのですが・・・」
すると、
「あいや、待たれい。
「
「さよう。韮山の妖狐はもともとは
「うむ、まさしく、その通りかもしれぬ。でかしたぞ、
そう言うと、
「そなたらには、何か特別な仔細があるようじゃな。よければ、話してみてくれぬか。拙僧でよければ、お役に立てよう。じゃが、今は時間がないのじゃ。まもなく、この鐘楼に妖狐が現れる。わしたちは、その妖狐を倒すためにここに来ておるのじゃ」
結衣が首を
「ようこ?」
今度は
「妖狐は韮山に古くからおる狐じゃ。もともとは韮山に住む
「妖狐は強敵じゃ。わしと
そう言うと、
「御坊、間もなく日が暮れる。こんなに人がおっては、妖狐も出ずらいであろう。この場はこの
「うむ。
そう言うと、
残された結衣が
「
すると、
「あの若侍は、
京介は息をのんだ。今は室町時代だって。そして、あの若侍が後の北条早雲だって・・・
結衣も絶句した。
「ぞれじゃあ、私たちは、現代の三島の白滝公園から、15世紀終盤の室町時代の修禅寺に飛んだわけね。今度は空間だけでなく、時間も移動したというわけね」
「それに、私たち、妖狐とかいう狐の妖怪を退治することになってしまいましたね。私たちがこの時代で生活して、そして、いずれ現代に戻るには、
結衣が
「
「さあ、私も民俗学を研究していますので、古い狐が人を化かすという話が全国各地にあることは知っていますが・・・でも、妖狐なんて言う妖怪は聞いたことがありません」
そのときだ。三人の横の鐘楼にボッと人魂が一つ浮かび上がった。
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