第7話 コスプレ替え歌大会
おばさんの一人が走り出した。すると、何十人というおばさんが舞台に向かって、我れ先にと一斉に走り始めたのだ。
ドドドドド・・・という地響きが聞こえた。地面が揺れた。
京介と結衣は、おばさんたちと舞台の間に立っていた。おばさんたちが京介と結衣に迫った。おばさんたちから声が飛んだ。
「そこの女の子たち、セーラー服の二人よぉ。邪魔よぉ。どきなさぁい・・・」
京介と結衣は、おばさんたちの突進をかわすことができなかった。気がつくと、おばさんたちに背中を押されて、二人とも舞台に向かって走っていた。おばさんたちのスピードが速くて、横に逃げることができないのだ。
「ちょっ、ちょっと・・・待って・・・」
京介が叫んだが、おばさんたちの突進は止まらない。おばさんたちの先頭を、背中を押された京介と結衣が、おばさんたちと一緒になって突っ走る。すごいスピードだ。京介の眼に舞台がどんどん迫ってきた。
そのとき、京介の眼に舞台の上の板壁に文字が書いてあるのが映った。
『虹の郷 女子トイレ コスプレ替え歌大会』と読めた。
突っ走るおばさんたちに背中を押されながら、京介の絶叫がこだました。
「じょ、女子トイレ、コスプレ替え歌大会ぃぃぃ? それって、い、一体、何なんだぁぁぁ」
眼の前の舞台は地面より1m近く高くなっている。階段を使って地面から上がるようになっているのだ。
すると、セーラー服のコスプレをした女の子が二人、舞台への階段を登り始めた。そこへ、京介と結衣を先頭にしたおばさんの一団が殺到した。たちまち、二人の女の子は階段から吹っ飛ばされて、横にすっ飛んで行った。
京介と結衣とおばさんたちは、そのまま一気に階段を掛け上がった。ドドドドド・・・という大きな音とともに、舞台が地震のように大きく揺れた。
京介と結衣とおばさんが舞台の上の長方形の箱に迫る。
すると、箱のドアが内側に開いた。再び、ピンクの洋式便器が見えた。便器のフタが閉じていて、その上に、さっき見えたセーラー服のコスプレをした女の子が、こちら向きにちょこんと座っていた。その子が地震かと思って、ドアを内側から開いたのだ。
京介と結衣はおばさんたちに押されて、そのまま箱の中に突っ込んでいった。
便器に座っている女の子が驚いて、右足を上に蹴るように持ち上げた。その右足の先が突っ込んできた京介の向こうずねを蹴っ飛ばした。京介が「ウウウッ」と苦悶の声を出す。思わず、身体が女の子の上に倒れ込んだ。その京介の身体に結衣がつまずいた。結衣が前のめりになって、京介の背中に乗っかった。結衣に背中を押されて、京介の頭が女の子の胸に押し込まれた。京介の顔が、ボヨ~ンという柔らかい弾力のあるものにぶつかった。次の瞬間、顔がその弾力ではじき返された。京介の顔が起き上る。女の子が「キャーッ」と声を出して、片手で胸を抑え、片手を振りまわした。その手が痛烈なビンタとなって、京介の頬をひっぱたいた。箱の中にパァァァンというものすごい音が響いた。京介が「ウッ」と苦悶の声を上げて、今度は大きく背中を反らせた。京介の背中に乗っている結衣の身体が後ろに投げ出された。後から突っ込んでくるおばさんたちにぶつかった。おばさんたちが箱の外に吹っ飛ばされた。
箱の外で、おばさんたちの声がした。
「ダメだわ。女子トイレはセーラー服の女の子たちに取られちゃった」
「ええっ、私もう洩れるのに・・・オシッコがしたいわぁ」
「他に女子トイレはないの?」
箱の外は大変な騒ぎだ。
箱の中から結衣が『イギリス村』の方向を指さして
「あっちに女子トイレがありますっ!」
おばさんたちが一斉に『イギリス村』の方を見た。誰かが「向こうよ。向こうに女子トイレがあるわよ」と叫んだ。おばさんたちが再び一団となって、舞台を駆け下りた。おばさんたちの一団が黒い塊となって『イギリス村』の方に駆けていく。ドドドドド・・という音が次第に小さくなって、やがて聞こえなくなった。
京介はやっと箱の中に立ち上がった。眼の前の女の子が眼を白黒させて、京介と結衣を見つめている。
京介が女の子をよく見ると・・・京介や結衣と全く同じセーラー服を着ていた。きっと『匠の村』の同じコスプレショップで買ったのだろう。女の子は若い。まだ、20代の前半だろう。それにかなりの美人だ。整った目鼻に、ほっぺたがほんのり赤くなっている。セミロングの髪を夏らしい水色のシュシュで後ろに束ねていた。おかしなことに胸に大きな名札を付けている。名札にはマジックインキを使った太い字で『槍間 廓代』と手書きされていた。
槍間 廓代?
京介は首をかしげた。何て読むのだろう。
京介の横では、結衣が茫然と突っ立って、やはり同じように女の子を見つめていた。箱の中は便器に腰かけた女の子と、その横に立っている京介と結衣でぎゅうぎゅう詰めだ。
女の子がそんな京介と結衣を見ながら口を開いた。
「ダンスの方ですね?」
京介と結衣が同時に叫ぶ。
「だ、ダンスぅ?」
女の子が続けて言った。
「音楽が始まったら、私が舞台に玉を巻きますので、それを踏みながら踊ってください」
玉?・・・踏みながら踊る?
京介は首をひねった。一体、何を言ってるのだ?
でも、疑問は長く続かなかった。
女性の大きな声がスピーカーを通して広場いっぱいに響き渡ったのだ。
「皆様、お待たせしましたぁ。それではぁ、これよりぃ、『虹の郷』恒例のお楽しみ行事のぉ『虹の郷 女子トイレ コスプレ替え歌大会』を開催しまぁす。この企画は、ご存じのようにぃ、舞台の上に仮設された女子トイレの個室からぁ、コスプレをした女の子が飛び出してぇ、お得意の替え歌を歌いながら踊るというものですよぉぉ。この舞台は廻り舞台になっていて、この裏側の女子トイレでは、一番目の参加者がもうスタンバイしていまぁす。では、さっそく一番目の参加者に登場していただきましょう。舞台回転、スタートォォ」
観客のものらしい大きな手拍子が湧きおこった。
その手拍子に合わせるように、舞台がガクンと動いた。そして、ゆっくりと回転していった。廻り舞台だ。箱のドアは開いたままなので、箱の中の京介と結衣には、ゆっくりと回転する広場の景色が見えた。やがて観客席が現われて、舞台はガタンと音を立てて止まった。
眼の前の観客席はコスプレをした若い女の子たちでいっぱいだった。色とりどりのコスプレ衣装が、まるでお花畑のようだ。女の子たちが手拍子を叩きながら、キャーキャーと嬌声を振り絞って、耳をつんざくような大歓声を立てている。その若い女の子たちから
京介と結衣は呆然として箱の中から舞台に歩み出た。二人に観客席からさかんに拍手が起きた。あちらこちらから「待ってましたぁ」という声も掛かった。
一体、何が始まるんだ?・・・
舞台の横にマイクが立てられていて、その横に女子アナらしい女性が立っていた。司会者のようだ。女性の声が響いた。
「では、一番の方をご紹介しましょう。一番は
京介は頭の中に文字を並べた。
なんて、名前なんだ!
女子アナの姉ちゃんの声が続いた。
「それでは、
すると、突然、舞台に大きな音楽が鳴り響いた。耳をつんざくような大音響だ。京介も聞いたことがある『高〇三年生』の曲だった。曲が流れると、女の子、つまり
京介は驚いた。あんなところに、マイクが隠してあったなんて!
勢いよく舞台に飛び出した
突然、京介と結衣の足元から、パン、パン、パンという激しい音が聞こえた。京介と結衣は驚いて飛び上がった。
「ウワー」
「キャー」
京介と結衣が足を降ろすと、再びパン、パン、パンという音が鳴った。
「な、何よ、これ?」
京介は足元を見た。
「山瀬さん、これ、かんしゃく玉ですよ。踏んだら音がする花火ですよ」
すると、
「♪ 赤いパンティ ひざまでおろぉしぃぃ ♪」
京介の足もとでまたパンと音がして、「うわっ」と京介が飛び上がる。セーラー服の短い藤色のスカートがまくれあがって、京介が履いている赤いパンティが露わになった。結衣の足元でもパンと音がした。結衣が「キャー」と叫んで、前のめりになった。結衣が舞台に倒れまいとして、眼の前にあった京介の腰に手を伸ばした。結衣の両親指がミニスカートの上辺に差し込まれた。親指はミニスカートの下の赤いパンティにまで掛かっている。その姿勢で結衣は斜めになった身体をかろうじて支えた。すると、京介のミニスカートのサイドのホックとファスナーが外れた。ミニスカートと赤いパンティが少しずつ、ずり下がってくる。結衣の斜めになった身体も舞台の床に向かって少しずつ沈んでいく。苦しい姿勢だ。結衣はたまらず、京介のミニスカートから手を放した。結衣の身体がうつぶせのままドンと床に倒れた。床からパンパンパンと大きな音が響いた。結衣の頭の上に京介のミニスカートがはらりと落ちた。赤いパンティは京介のひざのところで止まっている。ミニスカートだけが落ちたのだ。
観客席のウワーンという唸りが一段と大きくなった。どこからか「いいぞぉ~」と声が上がり、拍手が鳴り響いた。観客席のあちらこちらから「ワハハハハ」という甲高い笑い声と手拍子が起こっている。ピーピーと口笛を吹く声も聞こえている。観客席の熱狂と混乱がどんどん大きくなっていくのだ。
観衆の手拍子に乗って、
「♪ ぼぉくのドジョウが まぁるぅ見えよ ♪」
すると、赤いパンティをひざまで降ろされた京介の股間から、ドジョウがポヨヨンと飛び出した。京介のミニスカートは床の結衣の頭の上に落ちているので、観客席からはドジョウが丸見えだ。観客席のあちこちから「キャー」という黄色い声が上がり、続いてドッと拍手と笑い声が湧き上がった。手拍子もますます大きくなる。もう観客席は大歓声と拍手と手拍子の渦だ。司会の姉ちゃんも食い入るように、京介の股間のドジョウを見つめている。
観客の大きな拍手に応えるように、
「♪ あ~ああああ よぉうくぅドジョウぉ見てぇ ♪」
結衣がようやく立ち上がった。結衣の足元で、かんしゃく玉が再びパンと鳴った。驚いた結衣の身体が回転する。結衣はバレリーナのように回転しながら、舞台に落ちているかんしゃく玉を踏まないように片足を上げた。その足が回転して、京介の尻を思い切り蹴り上げた。
「いたぁいぃ」
京介が尻に両手を当て、背中を反らして前に飛び上がった。観客に向けて腰を突き出すような格好だ。観客の眼の前に京介のドジョウが突き出された。ドジョウがボヨヨンと大きく一回上下に揺れた。
観客のあちこちからまたも「ワハハハハ」という大きな笑い声と「キャー」という嬌声が上がる。座席から立ち上がって、手を大きく回している女の子もいる。舞台の手前の女の子三人組は両手を真上にバンザイするように上げて、恍惚とした眼で京介の股間を見つめながら、両手を左右に揺らしている。
「♪ ぼくらぁ ちいちゃいドジョウを 振りながらぁ ♪」
結衣は動くのを止めて、舞台の床にかがみこんだ。かがむことによって、かんしゃく玉を踏まないようにしたのだ。一方、京介の足元では、かんしゃく玉がまたもパンと破裂した。京介が飛び上がって身体を回転させた。ドジョウも一緒に回転して、床にかがんで観客席を見ていた結衣の顔にパチンとぶつかった。
観客がまたもや「ギャハハハハ」と盛り上がる。拍手が湧きおこる。観客席は大爆笑の渦だ。
「♪ ドォジョウくわえてぇ いぃつぅまぁでぇもぉぉ ♪」
京介のドジョウに驚いた結衣が後ろにひっくり返る。結衣の背中で、かんしゃく玉がパンパンパンと激しく鳴った。結衣が「ひぃぃぃ」と叫んで上半身を舞台の上に起こした。京介の回転は続いている。京介の身体とドジョウがぐるりとさらに一回転すると、今度は結衣の叫んだ口の中にドジョウがスポツと入ってしまった。結衣が「うぐぅ」とくぐもった声を上げて、口からドジョウを吐き出した。そして、再び背中から舞台に倒れ込んだ。またも、結衣の背中で、かんしゃく玉がパンパンパンと激しく鳴った。結衣が再び「ひぃぃぃ」と叫んで上半身を起こす。すると、京介の身体とドジョウがまたも回転してきて、またしても結衣の叫んだ口の中にドジョウがすっぽりと入ってしまった。今度は結衣が口を閉じた。京介の口から悲鳴が上がる。
「ひぃぃぃぃ。い、痛いぃぃぃ。噛まないでぇぇ」
京介と結衣はそのまま二人並んで背中から舞台に倒れてしまった。
観客席の興奮は最高潮だ。割れんばかりの拍手と歓声。もう観客席はやんやの大喝采だ・・・
司会の姉ちゃんの声が聞こえた。
「すばらしい替え歌とダンスでしたぁ。一番は
すると、また観客席から大きな手拍子が起こり・・・廻り舞台が回転しだして・・・ポーズを取った
京介は廻る舞台の上で思った。
そうか。舞台の上には女子トイレの個室が二つあって、板壁で仕切られているのだ。そして、誰かが替え歌を歌ってる間、次の参加者が板壁の裏にある女子トイレの個室に入って、準備をしているのだ。そして、替え歌が終わると、舞台を回転させて、次の参加者が女子トイレの個室から現われるという仕組みなのだ。
舞台が廻って、京介たちが観客の反対側になったときだ。
向こうの『イギリス村』の方から、ドドドドド・・・という爆音が聞こえてきた。京介は立ち上がって音の方を見た。あの女子トイレを探している、おばさんたちの一団がこちらに向かってきていた。おばさんたちの声が聞こえてきた。
「あっ、セーラー服の女の子たちが女子トイレの個室を出ているわよ」
「今なら女子トイレが空いてるわ」
「急げぇぇぇ。今度こそ女子トイレを使うのよぉぉ」
おばさんたちは、『イギリス村』でも女子トイレを見つけることができなかったようだ。
おばさんたちの一団が黒い塊となって、舞台に駆け上がった。結衣と
京介は赤いパンティをひざまで降ろして・・ドジョウをむき出しにして・・おばさんたちに背中を押されて・・おばさんたちの先頭を突っ走った。パンティがひざに止まったままなので、足を大きく開くことができない。おばさんたちに背中を押されているので、どうしてもせわしない小走りになった。京介が足を小刻みに動かすたびに、ドジョウも小刻みに揺れた。
京介の眼に、女子トイレがみるみる大きくなってくる。
ドジョウを揺らした京介とおばさんたちが、そのまま女子トイレにぶつかった。ガーンという大きな音がした。あまりの勢いに女子トイレの壁と屋根が粉々になって消し飛んだ。ピンクの便器だけが残っている。さらに、京介とおばさんたちは女子トイレの後ろにあった、仕切りの板壁にぶつかった。ドッガーンというものすごい音がした。板壁の一部が木っ端みじんに吹っ飛んだ。板壁に大きな穴が空いた。穴からコスプレの女の子がいっぱいの観客席が見えた。ドジョウを揺らした京介とおばさんたちは、その穴をくぐって舞台に走り出た。
今度は京介の眼に観客席がぐんぐん迫ってくる。舞台の横では次の参加者が替え歌を歌い始めた。
「♪ ドジョウぉが出た出たぁ。ドジョウぉが出たぁ、あ、ヨイヨイ ♪」
その歌を聞きながら、ドジョウを揺らした京介とおばさんたちは、そのまま舞台を突っ切って観客席にドドドドドド・・・となだれ込んでいった。
もう、ハチャメチャだ。
(著者註)
本文中の替え歌は以下を参考にしています。
『高校三年生』 作詞:丘灯至夫、作曲:遠藤実。
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