第83話 一年生たちの状況

 後半戦一ホール目のティーショットで、フェアウェイをキープした三人。

 次に待つのは打ち上げの第二打だ。


 ライは左足上がり。

 距離感を合わせるのが難しいショットになるが、ポイントは、ボールが高く上がり過ぎるということ。

 そのため、右のつま先をややクローズに構え、バックスイングで身体が右に流れないようにキープ。

 逆に左のつま先を少し開くことで、スイング中の腰の回転がしやすくなる。

 そして問題なのは重心の位置。

 比較的長めのクラブなら傾斜と平行に構えることで高弾道の球が出やすく飛距離もそれなりに出せるが、ショートアイアンでは逆に球が上がり過ぎて予想以上に飛距離は落ちる。

 それを回避するためにも、傾斜に逆らい左足に体重を乗せ、打ち込むようなスイングをすることでロフトが立ち、高さも押さえられるが、難しいのはどのクラブをその境とするかだ。

 スイングは個人によって差があるため、他人の意見など参考にならない。

 となれば、コースで何度も練習して確認するしか方法はなく、経験の少ない学生には難しいショットとなるが……。


 残りを100ヤード前後とした瑠利と華彩秋良はともかく、まだ130ヤード以上残っている榎本優花里の手には6番と7番のアイアンが握られていた。


「6だと少し大きいけど、7じゃ届くかどうか……」


 このホールのピン位置は、ほぼ真ん中センター

 グリーン幅は縦に30ヤードあり、6番アイアンならピン奥につける感じだ。

 ただ、このグリーンは奥からの傾斜がきつく、寄せるのが難しい。


「でも、奥に行くくらいなら」


 それが彼女の判断だった。


 榎本優花里の二打目は予定通りグリーンの手前、エッジから5ヤードほどの位置でボールは止まる。

 強い受けグリーンであれば、手前からの寄せはそう難しくない。


「うん、あそこからなら寄せやすいし、上出来ね」

  

 と、まずまずの結果に、彼女の口から安堵の声が漏れる。


 すると、それを見ていた華彩秋良は、残り110ヤードを9番アイアンで打ち、ほぼ完ぺきな内容だ。まだグリーン面は見えていないが、本人も手ごたえは掴んでいた。


「よしっ! まだまだ挽回できるわ」


 と、クラブをバックにしまい、小さくガッツポーズ。

 そして次の瑠利を見ると、彼女はもう打っていた。


 その手にあるのはPW。


 嘘みたいに高く上がった打球は急降下し、グリーン奥にドスン。

 彼女たちの目には見えていないが、そこからバックスピンが掛かってコロコロと戻ってくる。その傾斜もあってピンを過ぎ、まだ転がって、結局グリーンの前目につけたような結果となった。


「う~ん、距離を合わせるのが難しいな」


 その様子から、スピンの掛かり過ぎにも気づいているのだろう。

 PWで鋭角に打ち込んだことから高スピンの打球となり、予想以上のスピン量となったのだ。


「しっぱいしっぱい」


 とはいえ、結果はグリーンの前目に乗っているのだから、問題なし。


 結局、瑠利はここを2パットのパーと、危なげないスタートとなった。

 そして、二打目を手前に外した榎本優花里も、難なく寄せてのパー。

 最後にピン手前二メートルにつけた華彩秋良は、上りのラインを強めに攻めてのバーディーと、前半戦と違い好発進となったのである。



☆ ☆ ☆



 場面は変わって、ここはクラブハウス休憩室の一部に陣取った、春乃坂学園の一行。

 そこには顧問の東矢章乃や保護者代わりに付いてきた夏目詩穂、更には選手として競技に参加していない早嶋優良と西原紗英の姿があった。


「そろそろ平倉さんと濱吉さんが戻ってくるころね」


「はい、インの方が少し遅れていますが、二人は四組目と五組目なので、もうすぐだと思います」


 詩穂は組み合わせ表を見ながら、章乃の問いにそう答える。

 妹のカエデはすでに休憩を済ませ、10番ティーに向かっている頃だ。

 それと比べれば少し遅れているが、まだまだ許容範囲。

 なんせ、インコース組の前半には、団体戦の控えメンバーが集まっているのである。

 どうしたって実力の劣るメンバー構成となってしまうため、プレーにも時間が掛かってしまうのだ。


 けれど、そんな中でも有力者は存在する。


 それが竜峰学園一年生・菊田杏奈だ。


 彼女は瑠利をライバル視しており、この大会でも意気込んでいたが、当然のごとくインスタート。

 ただ、メンバーには春乃坂学園の濱吉陽菜乃がいて、気合も十分だった。


 しかし……、相手などなりはしない。

 

 そもそも菊田杏奈は伝統ある竜峰学園で、一年生ながら控えに選ばれているのである。

 濱吉も善戦していたが、相手が悪かった。


「「私たちで迎えに行ってきます」」


 そうして18番グリーンへ向かった早嶋優良と西原紗英であるが、戻ってきた平倉萌花と濱吉陽菜乃の様子は、全くの対照的だった。


「もう、最悪。カエデ先輩の言葉の意味がわかったわ」


「えっ、なんて言ってたの?」


「精神疲労が尋常じゃないって」


「あはは、そうかもね」


 そんな軽口を叩く平倉萌花であるが、実際の所、その言葉通りヘトヘトだ。

 早嶋優良が差し出したスポーツ飲料をごくごく飲み干すと、「お腹空いたから、早く戻ろう」と彼女を急かし、休憩室へ着くとすぐに朝買ってきたパンにかじりつく。


「おいしい」


「そりゃ、菓子パンだもの」


 呆れた様子で眺める優良は、彼女が急いで食べて咽ないようにと、水筒からお茶を入れて差し出すのだった。



 

 一方、次の組の濱吉陽菜乃は……。


「なんか、菊田さんって子に、目の敵にされたんだけど、なんで?」


 と、待ていた西原紗英に尋ねていた。

 けれど、もちろん彼女が知るはずもない。


「さあ……。でも、なんとなくルリちゃん関係な気がする」


「うん、私もそう思う。終わったら問い詰めよっか」


「いいね。でも、ほどほどにしましょう。ルリって、やっぱ凄かったから」


「ふ~ん、やっぱそうなんだ。でも、菊田って子も凄かったよ。前半ハーフを36のパープレーでって、早く戻って報告しなきゃ。行きましょう」


 そう元気よく駆け出す濱吉陽菜乃は、まだまだ余力のありそうな様子。


 菊田杏奈にロックオンされた彼女は、レベル上位者に引っ張られて実力以上の力を発揮。

 前半戦を終えて44スコアーと、驚異的な成長を見せたのである。


 ちなみに、平倉萌花のスコアーは47と、まずまず。


 総じてみんな頑張ったといえよう。


 

 

 

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