第84話 高い目標
11番ホール・135ヤード・パー3。
ここは距離の短いショート。
ただ、ティーグランドから先は深い谷となっており、越えるためには90ヤードを必要とする。
番手通りにショットできればいいが、谷越えとなると思い通りに打てぬもの。
プレッシャーで身体が固まりザックリなんてよくあることで、インスタートの選手たちのボールを数多く飲み込んだ、精神力の試されるホールだ。
おまけに、その試練を乗り越えても、待っているのはグリーンをコの字に囲うガードバンカー。
グリーン手前は谷があるので開いているが、それ以外は長く伸びたガードバンカー5つが逸れたボールを待ち構える。
となれば、狙うはピン一直線。ボールを曲げずに90ヤード以上打てればいいわけで、むしろ上級者にはサービスホールと言っていいだろう。
ただし、このホールの罠はもう一つ。
グリーンへ無事に乗ったとしても、まだ油断できない。
ここは二段グリーンとなっており、ピンポジは手前。
ただ乗っただけではダメで、上につけたら寄せられないような、とてもイジワルなホールであった。
そこへ、やってきたのは一組目の選手たち。
前のホールでバーディーをとり、このホールでオナー(最初に打つ人)となったのは華彩秋良。
もし彼女が前半の調子のままであったら、ここは非常に危険なホールとなっていたであろう。
けれど、休憩時間にきっちりと切り替えられたことで、本来の調子を取り戻し、気合も十分だった。
芝を一撮みし、肩の高さから落とすことで風を計算。
谷越えのホールは谷底からの風もあるので非常に読みにくいが、今日は風も少なく、あまり影響は無さそうだ。
「8番アイアンで、大丈夫そうね」
華彩秋良は8アイアンを手に数回素振り。
感触を確かめると、ティーグランドに立つ。
表情からは何も読み取れないが、狙っているのは間違いないであろう。
己の集中力の高まりを感じつつ、バシッっと一振り。
それは間違いなくコントロールされたショットで、ピンに向かって一直線に飛球。
あとは距離感だが、ここも完璧だった。
グリーン手前エッジ付近に落ちたボールは2クッションほどした後コロコロと転がり、ピンそば1メートルで停止。
二ホール続けてのバーディーチャンスに、おもわず華彩秋良も小さくガッツポーズ。
「よしっ!」
「すごい、完璧」
「ようやく、アキラらしさが戻ってきたみたいね」
そう反応する榎本優花里は、やはり嬉しそうだ。
前半の様子を思い返せば、後半もどうなるかわからなかった。
それを素直に反省する華彩秋良に、今度は瑠利がチャチャを入れる。
「そ、そうね。迷惑かけたわ」
「あれ、華彩さん、照れてるの?」
「う、うるさい!」
そんな和やかなムードになれるほど、今の彼女たちは集中していた。
続く瑠利、そして榎本優花里も、あっさりとグリーンオン。
二人とも難なくパーをセーブし、華彩秋良はここもバーディーと連続だ。
前半戦のミスを取り返すような、そんな勢いであった。
けれど、そう甘くないのゴルフというもの。
彼女にこのままの勢いを保つだけの実力は、まだない。
連続バーディーの影響からか、徐々にプレッシャーで身体は硬くなり、スイングもブレ始める。
そして、それを辛うじてパーセーブし続けるような、そんな展開だ。
出だしが好調すぎて、無意識に守りへ入ってしまうのである。
それに対し、手堅い攻めを見せるのは、榎本優花里。
連続でパーセーブした次の12番ホール。
ここは右ドックレッグの372ヤード・パー4。
ティーショットは下り傾斜、240ヤード以上飛んでしまえば正面の山に入りOBとなる。
瑠利のように飛距離の出る選手であればショートカットも狙えるが、彼女の場合はコースなりに打つしかない。
そこで、計算通りにフェアウェイをキープし、残り150ヤード・やや上りのセカンドショットを6ウッドで手前から転がし、パーオン。
それを2パットで決めて無理なくパーセーブと、崩れる気配はまるでない。
続く13番ホールは525ヤード・パー5。
ここは高低差のない距離のあるロングで、幅も狭い。
おまけに一打目と二打目付近にはクロスバンカーが待ち構えており、正確なショットが求められる難ホールとなっていた。
事実、インスタート組は、ここでOBを連発。
散々な結果であったが、榎本優花里はここも手堅いゴルフでパーセーブ。
ドライバー、3Wで正確にフェアウェイをキープし、三打目を7アイアンでグリーンへ乗せての2パットだ。
とても一組目でプレーしていいような選手ではなかった。
「ユカリ、めちゃくちゃ上手くなってない?」
「うん、これもルリちゃんのおかげだよ。見てるだけで、すっごく勉強になるもの」
友人の華彩秋良からの問いかけに、彼女はそう答える。
自分より格上の選手と一緒にプレーした際、プレッシャーから萎縮してしまう者もいれば、彼女のようにそれを参考にして目標へと切り替える者もいるのだ。
「そうね……。わたし、いつまでも意地張ってなくてよかったわ。こうして見てれば、わかるもの。明らかに別格よね」
「うん。でも、もうお友達だからね。この先はずっとルリちゃんを追いかけようって、決めているの。アキラだって、そうでしょう」
「ええ、私もよ。あなたと同じで、上を目指すわ」
「じゃあ、一緒に頑張りましょう」
そうして互いに高い目標を掲げ、微笑み合う二人。
これまでは競技を通じて高め合うライバルのような関係であったが、今後は同じ頂を目指す友となる。
「ルリってほんと凄いわよね」
「でも、可愛いよ」
「ま、まあ……、小動物っぽくはあるのよね」
「だから、いいんじゃない」
だが、どうやら瑠利を見ていたい理由は、それだけではないようだった。
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