第82話 後半戦の開始

 前半戦を4アンダーと好スコアーで折り返した瑠利は、15分程度の休憩をはさみ、インコースへ向かう。


 休憩時間にはスタミナ回復のためにバナナ2本を平らげ、満足げな様子。

 前半戦に、やたらと絡んできた鶴都学園の華彩秋良とも和解。

 もともと気にしてはいなかったが、これで気持ちよくプレーができるというものだ。


 休憩明けには同じ組でプレーする榎本優花里も迎えに来て、三人で仲良く10番ティーへ歩いて行く。


 そこで彼女たちを待っていたのは、スタートから気に掛けてくれている競技委員の波崎清二だった。


「いや~、すっかり打ち解けたみたいじゃないか。これで、キミたちから話を聞く必要もなくなった。後半戦も頑張るんだよ」


「「「はい! ありがとうございます」」」


 そうして声を揃えて挨拶すれば、波崎も嬉しそうな笑みを見せる。


 これまで迷惑を掛けていただけに、その反応は新鮮だった。


「「「じゃあ、行ってきま~す」」」


 と、三人で元気よく手を振り、いざ出陣。


 波崎も、そんな彼女たちに手を振り返し、去り行く姿を見ながら小声で呟く。

 

「ふふふ、朝陽瑠利さんですか。これは楽しみな子が出てきましたね。佳斗君も、いいお弟子さんを持ったものです」


 その言葉が瑠利に届くことは無かったが、すでに注目を集め始めていることもまた事実。


 この大会の取材を行う新聞社やゴルフ雑誌の記者たちは、話題に敏感。

 神川佳斗の弟子が出場しているという情報は、もう掴んでいた。


「まあ、帰ってきたら違う意味で大変でしょうけどね」


 そんなことは露とも知らぬ瑠利は、10番ティーに立ち「後半もお願いします」と、同組の二人に頭を下げるのだった。





 そうして始まった後半戦。


 10番ホールは342ヤードのパー4。

 ティーグランドからグリーンまで高低差10ヤード程度の上りが続く、難しいホールだ。

 相変わらず220ヤード地点にはクロスバンカーが控えており、距離の短さを障害物でカバー。難易度アップの原因となっている。


 狙うは、フェアウェイの一点。

 曲げたらクロスバンカーの餌食である。


 そこで瑠利は、迷わずドライバーを選択。

 クロスバンカーなどお構いなしに、越えていく。


 コース設定がプロ仕様ではなく高校生の予選会レベルなので、彼女のように飛距離の出る選手には、何の障害にもならないのだ。


 けれど、同組の二人には大きなプレッシャーとなる。

 フェアウェイの幅は20ヤードほどと狭く、繊細なコントロールを求められるが、果たして。


 二番手となった榎本優花里は、無難にバンカーの手前。

 彼女の飛距離では、頑張ってもバンカーまで届くかどうかだ。


 ただ、三番手の華彩秋良の飛距離は、丁度入るくらいであるが……。

 

「ふんっ、あんなのどうってことないわよ。見てなさい」


 何故かコースに向かってそう呟くと、華彩秋良はティーショットを放つ。

 これまでと違い、迷いなく振り抜いた彼女のショットは、打球をグイグイ押し上げ飛距離を伸ばす。

 そして狭いフェアウェイに落下したボールはコロコロと転がり、まさかのバンカー越え寸前。上りであるにもかかわらず、推定距離230ヤードのビックドライブだった。


「あら、越えなかったのね。まあいいわ」


 なんてことを言ってのける華彩秋良に、瑠利も大興奮。


「すごいです、華彩さん」


「ふんっ、あんたに言われても嫌味にしか聞こえないわよ」


「あはは、そうかも」


「でも、私だって飛ばせるってわかったでしょう」


「はい!」


 相変わらずのツンデレ気質な華彩だが、もはやわだかまりはない様子。

 口調は変わらずとも、目元はニッコリと笑っていた。


 それを榎本優花里は、微笑ましそうに見つめている。

 華彩秋良は友人でありライバルだが、流石に前半戦は酷かった。

 ルール上、選手同士でアドバイスとなるような行為は禁止されているため、自分と違って切り替えのできなかった彼女を心配していたが、どうやらそれも必要なさそうだ。

 

「不思議な子ね、ルリって」


「えっ?」


「ううん、なんでもないよ」


「ふ~ん」


「何よ、アキラ」


「別に……」


「もうっ」


 

 瑠利を取り巻く環境の変化。

 それが、この後の快進撃へと繋がっていく。 

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