第80話 夢は全国大会

 それは合宿初日のことだった。


 後輩たちに寮の空き部屋を譲り、詩穂の部屋へ泊まることとなった佳奈美と咲緒里は、昔話に花を咲かせていた。


「こうして三人でいるのも、久しぶりね」


「はい、昨年の夏の大会を最後に先輩が引退されてしまって、それ以来ですよね」


「ああ、シホ姉が今年は絶対に全国行くんだって張り切っていて、でも団体戦での成績は振るわず8位で、個人戦でも23位と微妙な感じで終わって以来だね」


「……こらっ、ヤなことを思い出させない」


「「ははは」」


 そんな懐かしい思い出だったが、あれから一年。

 後輩たちは大きく成長した。


「でも、みんな上手くなったよね」


「はい、朝陽さんが入部してくれたおかげで、自分がいかにダメかがよくわかりました」


「ああ、私もそうだ。確かに彼女の才能は底知らずではあるけど、それもあの異常すぎる練習量を見れば、納得するわ。自分がいかに練習していないか、見せつけられたような気がするよ」


「うんうん、あれでカエデもやる気になって、以前よりもずっと進んで練習するようになったからね。ルリちゃんのおかげで、今年は本当の意味でチャンスよ」


「はい、昨年とは違いますね」


「うぐっ……。カナミ! それを言わない」


「「ははは」」


 そう、先輩後輩の間など関係なく、 和やかな会話が続く詩穂の部屋。

 陸斗を挟んで親戚関係にある咲緒里はともかく、佳奈美は詩穂を尊敬していた。

 弱小だった春乃坂学園ゴルフ部を、東海大会とはいえ団体戦で8位まで躍進させたのは、間違いなく彼女の貢献であるからだ。

 ティーチングプロの叔父が経営する練習場でボールを無料で打たせてもらい、時間があれば指導もしてもらえる。

 そんな練習環境を整えてくれたことで、春乃坂学園ゴルフ部は急速に力を付けたのだった。


 そして、今年は優勝を狙える最大のチャンス。


 瑠利の登場で皆が刺激を受け、更なる成長を遂げた。

 詩穂ではないが『今年こそ全国へ』と、全員が目標に掲げているのである。


「まあ、今年こそは春乃坂学園ゴルフ部の名を、全国に轟かせてやりますよ。シホ姉は、安心してみていてください」


「そうです。私とカエデちゃん次第では、優勝も狙えますからね。頑張りますよ」


「うん、二人とも期待しているわ」


「「はい!」」

 

 昨年まではお荷物でしかなく、先輩たちの期待を裏切ってしまった二人。

 だが、今年は十分にやってきた。

 だからこそ、絶対に全国への切符を手にするんだという熱い思いを胸に、三年生の二人は戦っている。


 そして、その一人である佳奈美は3オーバーで前半戦を終えた。


 残るは最後の一人、咲緒里のみ。


 その彼女は主将キャプテンとしての役目を果たすべく、奮闘する。


 夢は全国。


 だが、それを夢で終わらせまいと戦う彼女は、スタートからスーパーショットを連発。

 瑠利やカエデと同じく一番ホールをバーディー発進。

 続く二番以降も正確なショットで崩れる気配を見せずパーを積み重ね、前半を終えてみれば1アンダーの35スコアーと、気を吐いた。



 こうして春乃坂学園ゴルフ部は瑠利の貯金もあり、トータル1オーバーと優勝を狙える好スコアーで前半戦を終える。


 だが……、もちろん彼女たちのスコアーは、情報集めをする有力校へは筒抜けであった。






☆ ☆ ☆


 ――富士アザミ女子サイト――


「報告します。春乃坂学園の前半戦を終えてのスコアーです」


「聞くわ」


「はい、トップスタートの朝陽瑠利が4アンダー。次の夏目カエデは3オーバー。それから佐子田佳奈美も3オーバー。舞木りんがイーブンパー。最後の吉瀬咲緒里は1アンダーです」


「……それ、正確な情報なの?」


「はい、一緒にプレーした者たちから聞き出したので、間違いありません」


「そうですか……。朝陽瑠利だけでなく吉瀬咲緒里までアンダーで終わるって、どうなってるの」


「はい、夏目カエデと同組だった者の話では、やはり朝陽瑠利の存在が大きいとのことでした。こう言っては失礼ですが、夏目カエデは口が軽いそうで、尋ねると色々話してくれるとのことです」


「そ、そう……。だからといって、今更だけど……。でも、スコアーが知れてよかったわ。うちの副将と主将が戻ってきたら、気を引き締めるように伝えなさい。春乃坂学園の子たちがこのまま順調に行くとは思えませんが、万が一のこともあります。いいですね」


「はい、畏まりました」


 春乃坂学園の報告をしに来た部員にそう指示を出したのは、富士アザミ女子学園の監督である勝又かつまた雅弓まゆみ


 彼女の言葉通り春乃坂学園のメンバーが、このままいくとは到底思えない。

 というのも、実戦経験豊富なアザミ女子であるならともかく、これまで弱小だったチームが優勝争いをしたまま後半戦を迎えるのだ。

 最終ホールへ近づくほどに纏わりつくプレッシャーから抗うような経験を積んできたなんてことは無く、いずれは自滅する。


 そして、そう考えているのは、優勝候補筆頭の竜峰学園も同じであった。

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