第71話 不運

 スタートホールで、瑠利は豪快なティーショットを放つ。


 その打球は高い放物線を描き、260ヤード付近でドスンと落下。そこからさらに10ヤードほど転がって動きを止めた。

 推定270ヤードの大飛球。

 それを放ったのは目の前にいる小柄な少女で、その衝撃は凄まじかった。


「すごい」


「なにあれ」


「嘘でしょう。どうしたら、あんなにボールが飛ぶのよ」


「マジかぁ」


「もう、なんで、あんな子がいるの」


「よかった〜、一緒の組じゃなくて」


 と、その反応は様々だが、概ね瑠利を評価している様子。


 けれど、素直にそうしたくても、できない者もいる。


「ふんっ、少しくらいボールが飛ぶからって、いい気にならないでよね」


 そう言って、そっぽを向くのは、瑠利のティーショットを見て呆気に取られていたはずの、華彩秋良だ。


 彼女もまた、この程度で心が折れるようでは、最初から噛みついたりはしない。

 ジュニア時代の経験から、飛距離の出る選手の弱点も知っているのだ。


 ただ、その弱点というのが、繊細な技術。

 もちろんトッププロは飛ぶし、その技術も最高峰。

 

 比べること自体が間違っているともいえるが、瑠利はこれがデビュー戦。

 まだ腕は未熟なはず、との勝手な解釈からの発言である。

 

 とはいえ、そんな偏った自信から、まだ強気な姿勢を続ける彼女。

 それを、彼女の友人である榎本優花里は、諫める気がないようだ。


 その理由は瑠利の打球に圧倒されたというのもあるが、これ以上関わってもメリットは何もない。

 むしろ、すでに迷惑を被っている状況であり、冷静に分析すれば瑠利の存在は異質だった。

 もはや、他人のことを心配している場合ではないだ。



 そんな中、再びアナウンスが流れる。


「続きまして、一組目2人目は鶴都学園・華彩秋良選手。ティーショットを始めてください」


 それを合図に華彩秋良は準備を始めるが、まだ懲りずに瑠利を睨みつけると、「見てなさいよ」と、小声で呟く。


 もう、それが意味をなさないことなど周りは知っているが、当の本人には全く気付く素振りもない。

 

 他の学校と同じように、この場には鶴都学園の生徒もいて、心配して声を掛けるが、華彩秋良は全くの無反応だった。

 すでに彼女は仲間たちの声が届かぬほど、意固地になっていたのだ。


 そして放たれた第一打は、キレイな放物線を描いてフェアウェイの左端で止まる。

 その推定飛距離は220ヤードと本来であれば歓声のあがるレベルであるが、この場においては白けたムードだ。

 周りからは「あれだけ煽っておいて、あれなの?」って感じのイタイ視線。


 だが、本人的には満足なのか、「ふんっ」と得意気にクラブをバックへ放り込む。

 その目は『二打目で化けの皮が剝がれるから、見てなさい』とでも言っているようでもあるが、それは甘いというもの。


 彼女にとって不運であったのは、この場に監督となる者がいなかったことだろう。

 鶴都学園の顧問兼監督は、華彩秋良の心配はいらないと、個人戦のみ出場の選手たちにアドバイスを送るためインコースにいたので、この状況に気づいていなかった。

 そして、一年生に代表の座を奪われた先輩たちもそちらにはいかず、インコースへ。

 結果、同級生のみの応援だったことが災いしたのである。


 ちなみに、同じように春乃坂学園の顧問・東矢章乃も、応援組の一年生二人と一緒にスタートの早い平倉萌花に付き添っていたが、彼女がいたところで意味をなさないので、ここはいいとしよう。

 あとから報告を受けて驚くことになるが、これも仕方のないこと。

 この大会には保護者も何人か同伴しているが、みな遠くから見守っているだけで、状況を把握できていないのである。


 ともかく、時間だけが無情にも過ぎていく。


 そして、再びアナウンスが流れ、次は榎本優花里。


「一組目3人目は菖蒲あやめ学園・榎本優花里選手。ティーショットを始めてください」


 それを合図に榎本優花里はティーショットを放つ。


 すでに冷静さを取り戻していた彼女の打球は、無難にフェヤウェイの真ん中、210ヤード地点でボールは止まった。

 

 その彼女には、見ていた者たちから温かいは拍手が起こる。

 本来なら当たり前の風景であるはずが、周りにいた者たちはすっかり忘れていたようだ。


 そして……。

 

「じゃあ、行ってきま~す」


 と、無邪気そうな笑顔で手を振り、瑠利は歩き出す。

 

 背中には、彼女には大きすぎるのではと思えるようなゴルフバッグ。

 それをガチャガチャさせながら歩く姿は、とても微笑ましい。


 他の二人も同じように歩き出し、これからが長い戦いのスタートだ。


 「「「「「「行ってらっしゃーい」」」」」」


 そう、見送る者たちも声を掛けるが、みな不安気な表情だった。


 というのも、誰とは言わないが、きっと残酷なことになると、みな気づいていたのだ。

 世の中には、関わってはいけないものが、必ず存在する。


 それが瑠利であると知らぬのは、絡んだ本人だけだった。

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