第70話 ド派手なデビュー

 高岩カントリークラブ1番ホール。

 ここは487ヤードのパー5

 比較的フラットな地形でフェアウェイも広く、見晴らしのいいスタートホールだ。


 けれど、そのティーグランド上。

 ここでは、さっそく揉めていた。


「ちょっと、そこの小さいの。私たちの邪魔をするんじゃないわよ」


「だから、やめなさいってば。ごめんね、アサヒさん」


 顔を合わせる早々、絡んできたのは瑠利と同組で、鶴都かくと学園の一年生・華彩かさい秋良あきら

 赤ピンクっぽい髪色で巻き髪ツインテールの彼女は、瑠利を小さいと言っているだけあり、身長も162センチと平均より上である。


 そして、その彼女を諫めているのは、やはり同組で菖蒲あやめ学園の一年生・榎本えもと優花里ゆかり

 こちらは黒髪のミディアムストレートで、身長が163センチとさらに大きく、大人びた印象の選手だ。

 

 どちらもジュニア時代から競技に参加しており顔なじみでもあったが、団体戦の代表選手に選ばれたことで、酷くプレッシャーを感じているようであった。


 瑠利に絡んできたのも、それが理由であるが、彼女にそれを気にする様子もない。

 

「あ、はい。大丈夫ですよ」


「なによ、あんたが大丈夫でも、私たちはそうじゃないからね」


「もう……、だから、やめなってば」


 そんなやり取りを続ける彼女たち。


 まだスタートもしていないのに、この揉めよう。

 互いの実力だってわかっておらず、ここまで突っかかってくる理由は無いのだが、彼女にだって言い分はある。


「ちょっと、ユカリだってそう思うでしょう。私たちだって団体戦のメンバーなんだから、いいスコアーであがるためにも自分のリズムを壊したくないの。それを、こんな素人と一緒だなんて、変なスコアーになったらどうしてくれるのよ」


「いや、そうかもしれないけど、そんなこと言って彼女のリズムが狂っちゃったら、もっと酷いことになっちゃうじゃない」


 そう榎本優花里に言われたことで、それが間違いだと気づいた様子の華彩秋良。


「えっ……」


「はあ……、やっと理解したみたいね」


 結局のところ、どちらも瑠利を甘く見ているのであるが、それもスタートするまでの事。

 始まってしまえば、もうそれどころではなくなるので、瑠利はニコニコしながら「仲いいな」と、どうでもいいことを考えていたりする。


 ちなみに、瑠利の身長は152センチ。

 最近では陸斗に追いつかれそうで、ヒヤヒヤしているのだが、今はいいとしよう。




「一組目の選手、集まってください」


 そう、アナウンスが流れる。


 バックティーには競技用の簡易テントが建てられていて、そこに競技委員が3人とアナウンスを担当する女性が1人。


 そこへ瑠利たちは、組み合わせ表に書かれた通りの順番で整列。

 注意事項の説明を受けたあと、ここで初めてスコアーカードを手渡されるのだが、それは自分のスコアーカードではない。


「では、華彩選手は朝陽選手のマーカー。榎本選手は華彩選手のマーカー。そして朝陽選手は榎本選手のマーカーです」


「「「はい!」」」


 そうして渡されたのは、それぞれのマーカーをする選手のもの。


 ゴルフ競技ではマーカー制が採用されており、たとえば瑠利は榎本選手のスコアーを記入しなければならない。

 というのも、ゴルフ競技は審判のいないスポーツ。

 もちろん競技委員はいるが、プレーヤーに付いてくるのではなく、決まった地点で待機していて、トラブルがあった場合にその場へ向かいアドバイスをするというものだ。

 そのため、自己申告となるスコアーの記入ミスをなくすためにも、選手同士で確認。

 OBやハザードなど、ルール上のトラブルとなりそうな事案が発生した際は、マーカーが状況を確認しなければならない。

 ただ、普通にプレーしているだけなら問題ないが、初心者となればトラブルだらけ。

 そのたびにプレーを中断して相手選手に関わらなければならなくなるので、自身のプレーに集中できなくなる恐れもあるのだ。


 それを華彩秋良は懸念して瑠利に噛みついていたのであるが、もちろん競技委員への印象は最悪。


 ボールの確認を行い、スタート時間まで待機となった段階で、競技委員の1人が瑠利と華彩秋良に声を掛ける。


「華彩さん、先程から聞いていると、キミの発言は少し目に余る。団体戦の代表になったことで気持ちが昂るのもわかるが、同じようにその子もまた団体戦の選手なのだよ。もしキミの言葉で彼女が萎縮し、実力を発揮できなかったとなれば、私は鶴都学園に失格を言い渡さなければならなくなるのだからね。その点、注意するように」


 競技委員にそう言われてしまえば、華彩秋良も態度を改めなければならない。

 自分の態度が悪いせいでチームが失格なんて、団体戦では最悪な結果である。


「はい、申し訳ありませんでした」


「うん、わかればよろしい。朝陽さん、キミもそれでいいね」


「はい、問題ありません」


 と、競技委員が仲裁に入ったことで、とりあえずは揉め事も納まったかに見えたが……。


「だから言ったのに……」


「ごめん、ユカリ」


 榎本優花里にはそう謝ったのに、その瞳は瑠利をキッと睨みつける。


「おやおや、どうやら反省の色がうかがえないようですね」


 それをしっかりと見届けた競技委員は、榎本優花里にも話しかける。


「すみませんが、プレー後に榎本さんにもお話を伺わなければならないようです。何か揉め事がありましたら、私・波崎なみさき清二せいじにお話ください」


「はい、わかりました。よろしくお願いいたします」


 そんなことで波乱の幕開けとなった、一組目。




 すでに1番ティーグランドの周りには、二組目と三組目。更には代表選手に選ばれなかった、各学校のゴルフ部員たちがプレーを見ようと集まりだしていた。


 代表選手でない者たちはコースへの立ち入りを許されていないが、スタートホールのティーグランドと、最終ホールのグリーンからは見ることが出来る。

 ここでスタートしていく選手たちのプレーを確認し、団体戦のメンバーたちへ情報を伝えるわけだが、今回は異例の事態となっていた。


「噓でしょう。なんで、こんなトップスタートから竜峰が」


「あっちには富士アザミ女子もいるわ。どうして?」


 そう噂にあがる二校は、どちらも静岡県を代表する強豪校。

 普段であれば、もっと遅くから現れるはずなのに、まさかである。

 

 そこへタイミングの悪いカエデが声を掛ける。

 彼女は三組目のスタートだったため、先程の会話も聞いていたのだ。


「ルリっ! 最初なんだから、ど派手なやつ頼んだわよ! それで、みんなを見返してやんな」


「は〜い。任せてください。おもいっきし、いきますね」


 それが本気であると、この場にいるどれほどの人が気づいたであろう。

 竜峰とアザミ女子、そして先程の競技委員・波崎清二は気づいたようで、少し緊張が走る。

 ただ、他の者たちからしてみれば、小柄な彼女が頑張ったところで、所詮は知れていた。


 だからこそ、その衝撃はデカイのだ。


「それでは、一組目のスタートです。まず1人目は、春乃坂学園高校・朝陽瑠利選手。ティーショットを始めて下さい」


 アナウンスが流れ、ついに瑠利のデビュー戦が始まった。


 まずはティーアップ。そして、振り向き競技委員と同伴選手に「お願いします」と頭を下げ、いよいよだ。


 軽く素振りをして、いつものルーティーンへと入り、そして……。


 ブンッ、バシッ。


 重い打撃音と共に、瑠利の振り抜いた打球は空高く飛んでいき、その飛距離はキャリーで250ヤードを越え、270ヤード地点で止まった。


 シーンと静まり返る、1番ティーグランド。


 女子ゴルファーのドライバー平均飛距離が200ヤードと言われており、それを70ヤードも上回るのだから無理もない。


「うん、いつも通りね」


 カエデのその言葉で、急にざわざわと騒がしくなるティーグランド。


 というか、むしろ驚かない方が、どうかしている。


 そして、一緒にプレーする二人は……。


「何よ、アレ」


「もしかして、私……。とんでもない子と組まされたの……」


 と、衝撃で震えていた。

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